子どもに見合った大きさの逆境

 ポールは、幼い息子に対して、慰めたり、ハグをしたり、話しかけたりして安心させることをしました。それは、そうすることによって、最終的な幸福と成功に、他の何をするよりも大きな違いを生むはずだとポールはさまざまな研究者の取材から予測をしたからです。しかし、息子が大きくなるにつれ、大多数の親たち同様ポールも気づいたのですが、愛情やハグ以上のものが必要になりました。それは、規律、規則、限度などです。はっきりノーという人間が要るのです。そして、何よりも必要だったのが、子どもに見合った大きさの逆境、転んでも一人で、助けなしで、起き上がる機会なのです。

 ポールと彼の妻にしてみれば、これは、ハグをしたり、慰めたりすることと違って、はるかに難しく、自然にはできないことだったのです。しかし、ポール自身が直面したのは、それはほんの始まりでした。子どもにすべてを与えたい、子どもをすべての害悪から守りたいという衝動と、ほんとうに成功者になってほしいならまずは失敗させる必要があるという知識との葛藤です。もっと正確にいえば、失敗を何とかすることを学ばせる必要があると思うのです。失敗をどう扱い、失敗からどう学ぶかを知ることの重要性は自分が書いたこの本の多くの章の共通のテーマなのです。

 チェスのコーチのエリザベスは、それを教える専門家でした。彼女は生徒たちがたくさん失敗するのを当たり前のこととしていました。どんなプレーヤーでもそうなのです。彼女の仕事は生徒たちが失敗するのを防ぐことではないのです。それぞれの失敗から学ぶ方法、自分の失敗をまばたきもせずまっすぐに見つめる方法、自分がしくじった理由と真正面から向き合う方法を教えることだったのです。それができれば次の時にはもっとうまくいきます。それは、スティーブ・ジョブズがアップルに復帰した時のように。

 この悩みは、多くの私立学校の教員や親や卒業生らが一番心配していたのも、まさにこの問題だったのです。つまり、子どもたちが逆境から過度に守られているせいで、失敗を克服したり、失敗から学んだりする能力を伸ばせずにいることなのです。それは、まさに、現代社会の豊かさゆえの不安でもあるのです。ポールは、こう書いています。「能力主義の追求という、アメリカがたどってきた道筋の中で何かがうまくいかなくなってしまったという感覚。若い人々がアメリカで最高の高等教育機関を卒業しながら、素晴らしい卒業証書と研ぎ澄まされた受験テクニックのほかには世の中で道を切り開いていけるだけのものを持っていないという現実。」

 昨今ではアメリカ最良の大学を卒業した起業家というのは減っているそうです。急進的な改革者も、アーティストも、誰も彼もが減っているといいます。例外は、投資銀行家と経営コンサルタントだといいます。ニューヨーク・タイムズ紙の最近の報告によれば、2010年のプリンストン大学の新卒者の36%が金融業界に就職し、26%がプリンストン大学が突出して強い職種、つまり経営コンサルティングの世界に入っているようです。言いかえれば、クラスの半分以上が投資かコンサルティングの世界に入るということです。2008年に金融業界が崩壊しかけた後のこのご時世にとポールは言っています。

 このことは、アメリカでもっとも頭のいい部類の若者の多くが、言ってみれば、個人の満足度や社会貢献度が高いことで有名なわけでもない職種に送り込まれているということです。この現象は、リバーデールの大勢の教員がポールに語った現象とつながっているのです。