初心者の身軽さ

 ジョブスは、成功の人生を送ってきたわけではなかったのです。彼の30歳の誕生日の直後にアップルから、つまり自分で作った会社から解雇されたのです。このときのことを、彼はこう語っています。「大人になってからの人生の中心だったものを失ったのです。それはもう大変なショックでした。」さらに、「私は公然たる敗者でした。」というほど、かなりのショックだったようです。

 しかし、あとになって、この劇的な大失敗の経験によって自分と自分の仕事に新しい方向が与えられたことが分かったといいます。それはのちの最大の成功につながるのです。転機にあったピクサーを買収し、結婚し、心機一転してアップルに復帰します。その時の気持ちを、彼のスピーチの中の言葉を借りれば、「成功者であることの重圧が、初心者であることの身軽さに、すなわち、すべてについて確信のない状態に戻ったのです。」この「初心者であることの身軽さ」にポールは共感し、自分が大学を中退した時に求めていたものと同じことに気がつきます。

 ポールは、大学を中退したのち、数か月間、自転車に乗って、いろいろなこところへ旅をします。そして、数ヵ月後にもう一度大学に挑戦します。しかし、ここでも3つの学期を過ごした後、やめてしまい、ハーバーズ・マガジンのインターンになります。そして、学士号を取得しないまま、迷いながら雑誌編集者として、ジャーナリストとしてのキャリアを開始します。その後20年もの間大学の寮で悩んだのと同じいくつかの疑問と格闘し続けたと振り返っています。「上手にできることをするべきか、好きなことをするべきか?」「思いきって賭けてみるべきか、安全策をとるべきか?」これは、誰でも人生のターニングポイントでは悩むことです。そして、その時の選択がその後の人生に大きく影響していくことを、私ぐらいの年齢になると振り返ることがあります。

 ポールは、思い切った奇妙な冒険をすることになります。「大学を辞めて24年度後のある秋の朝、気が付くとまたもや安全策も講じないまま高名な企業、ニューヨーク・タイムズ社を辞めようとしていた。今回、私が始めた奇妙な冒険は、国の半分を横断する自転車旅行ではなかった。本を書くことだった。それがこの本だ。」

 このような人生を送ってきてポールはこう考えます。それは、自分については「多かれ少なかれなるようになった」と思います。しかし、この本を書きながら彼の人生に大きな変化が起きます。それは、この本を書き始めたころに彼に息子が生まれます。そして、本を出版するころには、息子は3歳になっています。その3年間は、神経科学者たちが子どもの発達に決定的な意味を持つとする期間とぴったり一致するのです。ですから、当然自分の子育てとかぶり、親であることを考えることになるのです。

 まず、息子が生まれた当時、「知能至上主義」の影響下にあって、不安を感じている多くの親たち同様、彼も心配になります。「もし、脳の力を育成する教育用のカードを使わなかったせいで、あるいは分娩室でモーツアルトのCDをかけることや、その後も幼稚園の入学テストで満点を取るまでモーツアルトを浴びせ続けることを怠ったせいで、息子が成功者になれなかったらどうしよう。」と心配になります。しかし、幸いなことに、彼は、この本を書くために様々な人から話を聞き、新しい知見を聞くことができたのです。それによって、息子への幼児教育について確信を持つことになるのです。