大学卒業

 アメリカでの大学卒業率が各国に比べて低下してきていることからいろいろと教育について考えると、さまざまなことが見えてくるようです。じつは、実際に大卒率が減っているのではなく、微妙に増えており、ただ、他国に比べてその伸び率が少ないということなのです。しかも、その伸びの多くは、大学を卒業した親がいる裕福な生徒の学士号取得率は1990年から2000年のあいだに、61%から68%に増えているのに対して、最も不利な状況にある若いアメリカ人、低所得層のうちでも下位25%の家庭に育ち、親も大学を出ていない子どもたちの間の取得率は11.1%から9.5%に減っているのです。

 これは、アメリカが階級格差社会であることを示す指標がまた一つ増えただけといいます。しかし、単にそれだけで片づけられないものがあるようです。アメリカでは、最近にいたるまで、教育政策の関係者は大学の門戸を広げることだけに力を注いできました。高校を卒業して、大学に入学する若者の数をいかに増やすか。とくに不利な状況にある若者の入学をいかに増やすかに力を注いできたのです。しかし、ここ何年かで、大学入学にはそう大きな問題がないことがわかってきました。限定や不平等の問題があるのは、入学ではなく、卒業の方だったのです。OECD加盟国中(34か国)、大学入学率ではアメリカは8位ですが、卒業率は、下からイタリアに次いで2番目なのです。

 では最近、大学を卒業することにあまり意味がなくなったかというとそうではなさそうです。経済学者は、「学歴間経済格差」というそうですが、学士号を持ったアメリカ人は、高校の卒業証書しか持たないアメリカ人と比べると、収入が83%増しだそうです。これは、先進国の中では最も高い数値です。ですから、アメリカでは大学を卒業することに大きな意味があるのです。では、なぜ、多くのアメリカの学生が大学を中退するのでしょうか?

 アメリカ国内で最も有名な認知決定論者にマレーという人がいます。彼は、重要なのはIQであり、それは人生のかなり早い段階で決まるという考え方である知能至上主義者です。教育とは、スキルを身につけさせるものではなく、人々を選り分け、高いIQを持ったものに潜在能力をフルに生かす機会を与えるものであるという考え方を持っています。そのマレーは、アメリカの高等教育の本当の危機は、大学教育を受けられる若者が少なすぎることにあるのではなく、多すぎることにあると論じています。アメリカ人はもともと「教育にロマンティシズムを求める」傾向があり、このため学ぶ能力の足りないだけの学生まで大学に押し込もうとすることに問題があるとしています。高校の進路指導にあたる教員や大学の入学許可にかかわる職員が「希望的観測、湾曲表現、善意の平等主義の霧」という本の中で、道を見失い、IQの低い低所得層の学生に知的な負担の多すぎる大学教育を勧めてしまっているため、そうした学生が学業に必要とされる知性を持っていないと自覚した時に退学するのだというのです。

 しかし、大学の元学長であり経済学者でもあるボーエンとマクファーソンら3人がデータをよくよく観察してみると、低所得層の学生が大学を選ぶときに、無理をして背伸びしているわけではないことがわかったのです。それどころか、実際には彼らの多くが自分の評点平均や共通テストの結果よりずっと低いスコアで入れる大学を選んでいるのです。この現象をボーエンは「アンダーマッチング」と名付けますが、裕福な学生の間にはあまり見られない現象だそうです。では、何が大学中退の原因なのでしょうか?