ドイツ報告2014-5

 ドイツと日本を比較してみる時に、当然文化の違いを感じることがあります。しかし、今回は私の園のベテラン男性保育士と一緒だったのですが、彼の感想としては、日本の他の多くの園よりも、ドイツのすべての園の方が私の園と同じであるという印象を受けたという話をしました。しかも、私としては、特にドイツを研究して保育を構築したわけでなく、ドイツを訪れて、ドイツの保育に影響を受けて保育を考えたわけでもないのに、説明を聞いていると、全く同じように保育を説明するのを聞いていると不思議な気がします。

 保育に対する考え方は共通する部分は多いのですが、制度とか、行政のあり方はずいぶんと違います。その時に、今後、日本がドイツのようになっていくのか、ドイツが日本のようになっていくのかを考えることがあります。例えば、保育時間です。私の園は、7時30分から20時30分までの開園ですが、ドイツでは、どんなに遅くても17時から17時15分までの開園です。今後、日本でも職場が考慮して乳幼児を持った保護者は育児時間などが充実され、17時までの開園ですむようになるのか、逆にドイツでも、働いている保護者が多くなり、閉演時間が次第に遅くなっていくのでしょうか?

 また、書類などですが、ドイツではどの園でも様々ではありますが、子どもの成長の記録であるポートフォリオというものが個人別に作られています。2014potoforioずいぶんと丁寧に、個人別にすべての年齢の子どものために作られているので、ドイツでは、保育者は子どもが帰る時に一緒に園を出るということを聞いていたので、この書類はいつ作成しているのかを聞いてみました。すると、保育中に書くということでした。ドイツでは、子どもは自分たちだけで遊び、何か用があるときにだけ保育者のところに来るために、保育中に書類が作れるのでしょう。しかも、ほとんどあとで読むことがない保育日誌のようなものはありませんから、数か月ごとにか、書くだけであれば、ポートフォリオの方がその後も、保護者も読むのでいいような気がします。ただ、これは、保護者がいつでも見るための物であって、保護者には渡さないそうです。もらえるとわかれば、途中で見ない保護者もいるのかもしれません。ドイツでは、基本的に保育者が作る書類は、ほぼそれだけのようですが、今後、日本でもそうなっていくのか、ドイツでも書類が増えてくのでしょうか?

 今日、面白いことを聞きました。昨日のブログで、保育者不足の理由に、激務になっているためということに対して、子どもと一緒に帰れるのに、どこが激務なのかというコメントがありましたという話をベルガーさんにしたところ、こう答えました。保育者の数が少なくなると、どうしてもみんな一斉に、保育者から指示するような保育になってしまい、それが嫌で、そのような保育は激務と感じてしまうということでした。子どもと一緒に、生き生きと、子どもたちが自立し、自律していく姿を見守ることが本来の保育であり、心地いいことなのに、保育者が少ないと、指示したり、怒ったり、注意したりする毎日は、辛いものだということなのでしょう。
2014hoikusitue
 また、ドイツでは園不足で、毎年何園も新設されているそうで、そのために場所の確保が難しい中、どの園でも園庭が広く取られていました。それは、ミュンヘンでは、園庭の広さがすべての子ども一人当たり最低5㎡だそうで、しかも、それは、本当の最低であって、ほとんどそれを上回る広さを持っているということでした。ちなみに、日本では3歳以上児に対して一人当たり3.3㎡です。今後都市化が進むと、ドイツのようになるのか、日本のようになるのか気になるところです。。
2014doituentei

ドイツ報告2014-5” への10件のコメント

  1. 日本がドイツのようになっていくのか、ドイツが日本のようになっていくのかとありましたが、ドイツが日本のようになってしまう可能性もあるということを全く考えていなかった自分に気がつきました。乳幼児を育てている親の帰宅時間などを職場が考慮する所もあるようですが、同僚より先に帰ってしまうことでの後ろめたさというものが邪魔をしてしまうこともあるのかもしれません。日本全体の雰囲気が子育てに理解を示す方向になればいいのですが。ドイツの個人別の書類もおもしろいです。子どもの事を書いているならば、保護者と共に子どもの成長を感じられるような書類や記録の形になれば書く方も見る方にも意味のあるものになりそうですね。「保育者から指示を出すような保育は激務」という言葉に本当にそうだなとしみじみ思いました。大人の指示に従わせようとしても子どもはそうはいきません。そうなると指示に従わせようとする大人にはどんどんストレスが溜まっていってしまいますね。それは確かに、激務ですね。

  2. 特段ドイツ贔屓ではないのですが、「ドイツが日本のようになっていくのか」と問われれば、ナイン、と答えたくなります。保育者養成課程や「バイエルン陶冶プラン」というカリキュラムの存在、そしてこれまでミュンヘン施設研修報告により私たちが知り得た情報から判断すると、どんな基準で保育者が養成されているのか俄かに理解しにくい我が国の養成システム、そして保育所保育指針や幼稚園教育要領という立派なガイドラインはあっても「あれはお上が考えたもの」とか「おれが保育所保育指針だ」と言ってのける施設長さんたち、そして子どもを主体として考えることができずに、保育雑誌や研修に頼り切って保育を先生主導でしてしまい、結局「激務」の状況を作ってしまう日本の就学前施設の在り様、そうした情況にドイツの施設が今後なっていく?どうしても考えにくいところではあります。記録について、どういう意味があるのかわからなくなるような連絡帳を書いている時間があるのなら、ポートフォリを作成する方が子ども理解のためには何倍何十倍も役立つような気がします。

  3. ドイツでは「保育者の数が少なくなると、どうしてもみんな一斉に、保育者から指示するような保育になってしまい、それが嫌で、そのような保育は激務と感じてしまう」ということですが、日本において、その激務をあたかも当たり前かのように日常として過ごしているところは少なくないように感じます。従来から、日本人は働きすぎだと言われてきているという話を聞いたことがあります。それも、自分で選択して、自ら働くことが好きで、それを望んで楽しそうにしているのであればいいと思うのですが、どうやらそうとも言えない背景が「ブッラク企業」や「過労死」等の単語からも見え隠れしています。このような現状からも、“ワークライフバランス”という言葉があがっていますが、このバランスは日本でも、ドイツでも課題のようですね。どちらが、どちらに似てくるのかは想像できませんが、子どもが主体的であることは忘れてはいけないことですね。保育者不足を乗り越え、一見、効率的であるかのように見える「一斉に、保育者から指示する」現状を改善し、非効率的な部分を見直していくことで、“生活と仕事の調和”を目指す社会になればと感じます。

  4. 保育や教育のことを、時代と照らし合わせながらも、「そもそもなぜ子ども達は」と、目の前の子ども達の姿から、また、発達の様々な側面から、深遠な考察を経て、実践を繰り返し、環境を構築していく。その中で辿り着けるものに共通することがとても多いことは、なんだか不思議ながらも、納得をする気持ちになります。世界中の子ども達の声が藤森先生には聴こえているかのようです。
    今後都市化が進む中で、ドイツのようになるのか、日本のようになるのか、とても気になるところです。僕は、ドイツのようになっていく、言い換えれば、閉演時間は早くなり、書類関係の仕事ははどんどん少なくなっていくと感じています。
    理想論のようですが、その理由は、物事はどんどんよくなっていく方向に進んでいるからです。
    日本も数十年前までは戦争の名の元に、人が人を傷つけることが許されていました。今は時代もよくなり、大きく見た時には、平和な世の中であると言えます。戦争の時代から比較すれば、今は断然によくなっている。
    今、日本の多くの保育園は、もうこのままではダメです、このやり方では子ども達の為にも、働く人の為にも何もいいことはありません、ということを肌で実感しているところなのかもしれません。乗り越えるべき時期なのかもしれません。この時期、時代に焦点を合わせず、今までの事を続けることに執着するならば、文字通り時代に乗り遅れて、取り残されていってしまうと思います。もっと大きく見た時には、そういった保育園は、このタイミングで無くなってしまうべきなのかもしれません。
    もしかしたら、一度はドイツも今の日本のような現状を体験することになるかもしれません。また、ならないかもしれません。なぜなら日本がこのやり方ではうまくいかないという悪い見本を示しているからです。ドイツのような柔軟な国は、日本を反面教師と捉え、悪い見本を十分に活かしていくだろうと思います。
    それにしても、ドイツの保育者、先生方はとても素直で、子ども達に対して本当に気持ちの良い姿勢をお持ちの方が方が多いように感じます。一斉に保育者から指示するような保育が嫌なことが激務に感じる理由と知り、驚きました。ドイツの方々の子どもに対する見方や、価値観、これが何よりのドイツの宝であると思います。一斉保育をよしとする日本の保育園、保育者もまた、その姿から多くのことを学ぶ必要があると思います。

    子どもと一緒に、生き生きと、子どもたちが自立し、自律していく姿を見守ることが本来の保育と考える国に、都市化の波が迫ってきています。日本と変わらないような状況になっていく中で、子どもを主体とした、どのような政策や方針が打ち出されていくのか。これからもドイツの状況から目が離せません。

  5. いつでも保護者が見ることのできる子どもの成長記録の「ポートフォリオ」。ドイツの書類といえば、これくらいということですが、いつでも見れるということに対して、少し警戒してしまうのは、私だけでしょうか。
    今回のブログでは、今後、日本がドイツの様になっていくのか、またドイツが日本の様になっていくのか。そこには、保護者がどう子どものことを考えるかという所が大きく影響してくる気がします。より良い保育、「ドイツの形や見守る保育の形を目指す」そのためには、保育者も「子どもと一緒に、生き生きと、子どもたちが自立し、自律していく姿を見守ることが本来の保育」と保護者に伝えていくことも必要になってくると思います。

  6. ドイツが日本のようになるのか、それとも日本がドイツのようになるのか、もしくはどちらもそのままなのか。これはかなり考えさせられることです。大人主導の保育を激務と感じるドイツとそこから変わることに対して抵抗がある日本とでは非常に大きな違いがあると思うので、互いにそのままのような気はしています。でも発想の転換が起こり、いろんなことがうまくかみ合えば日本がドイツに似てくる部分はあると思っています。ドイツを参考にしたわけではないのにドイツの保育の考え方と非常に近い藤森先生の思考を考えると、日本における保育の問題は見るべきところを見ることができていない根本的な問題であって、表面上の細かなことではないのではと思ってしまいます。乳幼児教育の重要性について、まだ視点が定まっていないんでしょうね。

  7. 「ポートフォリオ」を保育中にできる時間があり、またそれが書類の一つと考えられるシステムは日本も見習うべきところであると思います。個人的には日本がそうなってほしいと思っています。楽になるからラッキーというのではなく、そちらの仕事が重荷になることで負担が大きくなり、保育に支障をきたすというのは本当に子どもにとっては良いことなのかというのをいつも思ってしまいます。誰もが思っていることかもしれませんが。また激務という話も面白いですね。人出が少ないと指示したり、怒ってしまったり、ということを激務と指すのであれば、日本は気づかずうちに激務をこなしていますね。やはり、子どもに対して、保育者がイキイキとすることで子どもにいい影響を与えることから仕事量のバランスは大事ですね。日本とドイツ状況は同じかもしれませんが日本がドイツに似ていってほしい気がします。

  8. 日本とドイツで「激務」という言葉の捉え方の違いに驚きました。ブログにあるドイツは保育者の数が少なくなると、どうしてもみんな一斉に、保育者から指示するような保育になってしまい、それが嫌で、そのような保育は激務と感じてしまうに対しておそらく日本では大半が残業を示すのでしょうね。日本がドイツのようになるのか、ドイツが日本のようになるのかとありましたが、前者でなければいけませんね。そのために何ができるか。日本がドイツのようになるにはどうしていくべきなのか。駆け出しの身分である私には大き過ぎて考えても何も出てきませんが、藤森先生のお話やブログであったり、今後出会うであろう様々な人、環境、保育等から学びを深め、追求していけたらと思いました。
    ドイツに行くまではミュンヘンは日本で言う東京だと思っていたので東京での保育と照らし合わせて見ていこうと考えていましたが、行く施設のほとんどが広大な園庭があり、良い意味で期待を、裏切られました。その園庭を見ただけで大人である私もワクワクしてしまいました。また、遊具もとても面白そうでしたが、これだけ広大だと遊具以外からも様々な遊びを発見、発展していけるのだろうなと感じました。

  9. 実は我が子が通っている保育園では「ポートフォリオ」を取り入れています。内容としては毎月の個人目標などが書かれており、あとは園で過ごしている写真を載せてあります。それに対して、保護者からコメントを書いてひと月分が完成となります。一緒に書類を作っていくという感じですね。しかしドイツのようにいつでも見れなので、毎月じっくりと読んでいます。書類に関して言えば、ドイツの書類のなさに羨ましいですね。どうも日本は書類が多くの保育者を苦しめているように思います。また、そもそも書類を書く事で日々の保育が厚くなるのか?というと、案外そうでもないように思います。おそらく日本の激務の部分は書類があると思いますが、それに対してのドイツでの激務が、子どもを保育者が指示をする一斉保育が激務と感じているようですね。今の日本とは全くの逆です。書類に対してもそうですし、ドイツの保育者一人一人の意識というのが、とても高く感じます。子どもにとって、どのような保育が合っているのか?今回のドイツ報告は私たちが学んできたことの復習のような報告です。

  10. 「保育者の数が少なくなると、どうしてもみんな一斉に、保育者から指示するような保育になってしまい、それが嫌で、そのような保育は激務と感じてしまうということでした。」この言葉を聞いていると、やはり考えていかないとなと反省します。ドイツで言われる激務が日本では当たり前に行われているということを日本の保育士がどれほど知っているのかと感じてしまいます。「子どもと一緒に、生き生きと、子どもたちが自立し、自律していく姿を見守ることが本来の保育であり、心地いいことなのに・・・」というのは日本でも目指されていることであるのに、同じ目標に向かっているにもかかわらず、日本の環境が変化しないことにまだまだ変わっていく必要があるというのを痛感します。
    日本がドイツのようになる、ということを考えると、なおのこと、ドイツの保育士の方々の意識の高さを感じます。それだけにもっと意識を高くもって保育をしていかなければ行かないと思いますし、ドイツぐらい、子どもの目指すところを明確にもって働かなければならない」と思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です