ドイツ報告2014-4

 今日は、ミュンヘン学校局の局長さんであるグレッチェさんに夕食の招待を受けました。その時の話題で、昨日の保育者不足の話で、足りない保育者は1000人にも上っているという話です。そこで、葉書を二枚貰いましたが、1枚は、保育者の資格がありながら、退職した人とか、働いていない人向けに「450ユーロの仕事」という保育の仕事を「月450ユーロ(約6万円)で働きませんか?」という誘いの葉書です。doitusaikoyouしかし、退職後といってもドイツでは67歳定年なので、この写真のようにずいぶんと高齢の職員ですね。日本のように、体力勝負のような保育をしているところで働くのは大変でしょうね。

 もう1枚は、学生向けで、保育者の資格を取ろうとして学んでいる人に向けて、同じように「月450ユーロ(約6万円)で働きませんか?」という誘いの葉書です。doitugakuseikoyouこの葉書への反応は、100件くらいあったそうです。1日にどのくらいの時間働くかわかりませんが、ある効果はあるようです。

 ドイツにおける保育について今回、印象的なのが、「オープン保育」と呼ばれる保育です。25日の午前中に見学した園と、今日の午前中に見学した園では、「オープン保育」を行っていると謳っている園でした。25日に見学した園では、まず、こんなメッセージカードを頂きました。そこには、「人生という名のじゅうたんは、出会いという糸で織られている」と書かれてありました。この言葉を日本語に訳したのは、日本人の保護者だそうです。このメッセージのように、この園の園長先生は、10年前に私の園に来たことがある方でした。それ以後、日本が好きになったという話です。

 「オープン保育」という保育にはっきりした定義はありませんが、私たちが目指している保育にとても近いものを感じました。その名の由来は、「子どもたちの遊び空間を開放するとともに、子どもたちの心を開放していく」ということからつけられています。大まかに言うと、「自主性を育てること」に重点を置いています。子どもたちは自分で選んだことにしっかりと責任を持ち、自立、自律を遊びの中から学んでいくというものです。保育者は、子どもたちが自分で判断し、行動することを促していきます。何かしたいと思った時には、子どもたちが話し合いをして、何がしたいのかを先生にアプローチします。25日の園では、3~6歳児までの異年齢児25人が3グループある75名定員の園です。
jumokukonseputo
 この園のコンセプトは、大きな樹木に表されています。地面の下は、保護者による育児をあらわし、まずここがしっかりすることで、しっかり根を張ることができ、そののちの育ちが太い幹になっていくということを表わしています。そして、その幹を支えるのが保育者なのです。そして、枝葉は、子どもたちが経験するであろう様々な体験、遊び、生活などの広がりを表わします。そして、それは、バイエルン(陶冶プログラム)における領域を表わしています。

一番左端においてあるのが「バイエルン」。どの園にも置いてあります。

一番左端においてあるのが「バイエルン」。どの園にも置いてあります。


 子どもたちは地中から地上に芽を出します。それは、保護者という土の中から、広い世界へ出ていくという意味での保育のスタートです。そして、子ども集団という社会から、まずパートナーを子どもたちが自由に選びます。そして、子ども自ら子ども集団に参画し、保育に参画することで民主主義を学んでいきます。その際、異文化の中で、個々に社会性、個別性を考慮します。(この園では、外国人、移民家庭は90%以上在園しています。)そして、違いを受け入れるために、お互いを観察し、共有し、話し合いをしていきます。

 こうやって、枝を伸ばしていきながら、次第に幹は太く高くなっていくのです。
2014.6.25sosyoku

ドイツ報告2014-4” への10件のコメント

  1. 素敵な葉書です。写真やキャッチコピーが良くても本質が伴っていなければ意味がないのかもしれないなと最近、思うようにもなりました。今の世の中には素敵なコピーが溢れていますが、現実はどうなんだろうと思ってしまうこともあります。ですが、このドイツの葉書でも感じるように、保育という仕事に興味を持てるようなデザインはいいなと思いました。あまり堅く考えずに興味を持ってもらうということも大切な部分なのかもしれませんね。葉書の写真のように楽しさや喜び、子どもたちのわくわくがたくさん詰まった保育をしていきたいです。「オープン保育」という言葉がありました。これはバイエルンという基礎があり、その上で各園の独自の取り組みの一つにオープン保育というものを行なっている園があるということでしょうか。自主性を大切にしていて、「保育者は、子どもたちが自分で判断し、行動することを促していきます」ともありました。子どもたちに判断を任せ、行動してもらうための関わりと、子どもたちを保育者の思うように動かしたり、「自分たちでしなさい」と脅しのように声をかけることは自主性を大切にしているというより、大人の自己満足のような気がします。そんなことにならないためには子どもたちが自ら判断し、行動できるために何が必要なのかということを丁寧に考え、ゆっくり長い目で子どもたちを見ていきたいと改めて思いました。

  2. ミュンヘン学校局局長のグレッチェさんに夕食の招待を受けられて良かったですね。昨年は、確か、そうした機会がなかった、というようにお伺いしていましたから。そして、「保育者不足」解消方法としてのポストカード、これ自体はまぁあり得るかと思ったのですが、具体的に「KITAで450ユーロの仕事を」と表示されている、特に「450ユーロ」と給与表示が明確なことに驚かされました。月額6万円なら、保育者養成校の学生さんにとっては学習と実益を兼ねられた良い仕事だと思います。「オープン保育」という概念は始めて聞きました。「オープン保育園」はGTで学生さん向けに開催していますが・・・。それにしても、ミュンヘン市はいろいろな試みを行っていますね。「保護者という土の中から、広い世界へ出ていくという意味での保育のスタート」としての「オープン保育」、新たな可能性の地平を広げていくような試みですね。流石、ミュンヘン、と感心します。これも定点観測していなければ見いだせない発見ですね。

  3. 以前から「バイエルンは分厚い」とは聞いていましたが、思ってた以上に厚いですね。日本訳があれば、読んでみたいです。また、遊び空間や子どもたちの心を開放していく「オープン保育」。閉ざされたり、不必要な隔離をしたり、他を拒んでいたら決して得られない、開放的だからこそできる経験がそこにはあるのですね。オープンな環境は、そこに社会を築き上げる上で多様性を認めることが必要ですし、そういった状況下に身を置くことでありのままの自分が、受け入れられる安心感があるように思います。以前の、感染症の話でもあったように、園を完全な隔離状態にすることは不可能であり、オープンであることで、進行を拡大させない利点があると同じく、閉ざされた場所での良くない習慣というのは、その特徴の進行を広め、気づいた時には修復不可能な状況になっているということもあるかもしれません。多種多様な視点や思考が存在することによって、個々を活かす仕組みが機能している感じがあります。オープンは、新しい未来の扉を開くことでもあるのですね。

  4. 写真の樹木、素晴らしいです。新宿せいが保育園のお楽しみ会を初めて見た時のことを思い出しました。各年齢の発達について説明がなされ、こういう姿からこういう演目になったのだということがわかる構成になっていました。きれいな装飾が施され、保護者だけでなく、見に来た人にも配られたしおりの中にも、発達について細やかな説明が掲載されていました。ここにいる保護者はもしかしたらどこかの保育者よりも発達や子どものことについて、詳しい知識をもっているのではないかと感じた程でした。
    子どもの自主性は保育園だけでどうこうすることは難しい。やはり、保護者の存在、協力、理解があってこそです。父親保育の時に、参加されたお父さんの中から「私は子どもがあまり好きではなかったが、この保育園のお陰で好きになった」といった言葉が挙がりました。自分達の理念や、保育への想い、一緒に子どもを大切に育てていきましょうという共通認識などを伝えていく方法の一つとして、園の装飾などにも意味をもたせることの大切さを感じました。保護者やそこで働く保育者、見学者、さらには子ども達へのアプローチとしての工夫が、その樹木に表れているようです。

  5. こんな楽しそうな葉書が来たら、思わず様子を見に行ってしまいますよね。
    「オープン保育」というと「オープンキャンパス」など自由に参加していいという意味で考えてしまいそうですが、ドイツでの「オープン保育」は「子どもたちの遊び空間を開放するとともに、子どもたちの心を開放していく」といった意味を持っているのですね。
    子供の成長を木であらわされているのもとても面白く感じます。あくまでベースは保護者という土の中からで、広い世界へ出ていくという意味での保育のスタートを保育者がその幹を支える。ドイツが目指す保育の形がよく見える気がします。

  6. 絵はがきを作って保育士を募集するのはおもしろいアイデアですね。保育士不足というほどの状況ではない我が市ですが、保育士を目指す学生がこのような形で保育園に関わる仕組みをつくることは意味があることかもしれません。そしてコンセプトとして示されている樹木、これはいろんな場面で聞くことのある表現ですが、保護者の役割を明確に示しているのがいいですね。保育園としてどのようにしていく、ということだけでなく、保育園として保護者はどういう役割であるのかを示すことは、保護者と共にと宣言していることになると思います。当然のことではあるのですが、このようにはっきりと打ち出すことも必要なのかもしれません。

  7. 1000人とはまたかなり上がってきましたね。しかし、こんなポストカードがあることで堅苦しさを忘れ、少し働きたくなるような印象を与えてくれますね。確かに日本であると大変かもしれませんがドイツであれば年配の方でも無理のない程度にできるのでしょうか。学生の方はバイト感覚でしょうか。そこで自分が保育者としてやっていくことができるのかと向き合える時間にもなりそうですね。ここでまた見守る保育に通じる「オープン保育」という言葉が出てきました。「子どもたちの遊び空間を開放するとともに、子どもたちの心を開放していく」と言い方は違えど子どもにとってなにが最善かを考えたときにやはりこういった考えが生まれるのですね。確かに心を開放することで小さい世界から外の世界に行ける感覚になります。そこで初めて自主性が生まれてくるように思うのでまず、その段階の手助けをしっかりとしていかなくてはならないなと感じます。その内容に対しての例えが樹木というのはまた非常におもしろいように感じます。去年、うちの保育園で成長展を行った際に学童さんが似たような感じで木を元に子どものアイディア、成長を表現していた物を思い出しました。木がバイエルンにおける領域を表しているというのはなんだか感動しますね。

  8. 実際に視察させていただいて、この「オープン保育」はとても魅力的に思えました。「子どもたちの遊び空間を開放するとともに、子どもたちの心を開放していく」正にその通りに保育が行われていたと同時に大人である保育者もある意味オープンに感じました。正にその通りの保育と書きましたが実際にはそれ程驚きはありませんでした。言葉でオープン保育とその内容を聞いたときは魅力的に感じたものの、実際には驚きが少なかった。それは今回のブログを読んで納得しました。それは日々私たちが日本で実践してきた保育と似た点が多かったからなのですね。私は見守る保育を実践している園以外の園をほとんど知りません。そのためか私の中での保育の質のスタンダードが見守る保育となっているからでしょう。一度驚きが少なかったことから自分の感性に不安を抱きましたが今では驚きが少なかったことを嬉しく思えます。

  9. まず、見学先の園長先生が10年前に藤森先生の保育園に来たことがあるというのに、驚きました…。
    更に驚くことは、実践されていることが、新宿せいが保育園と似ていることです。オープン保育園、そして、見学先の保育園のテーマが大きな樹木。これは新宿せいが学童クラブで展示してあったものと、ほとんど形も趣旨も似ています。違いを敷いて言うならば、小学生でない部分ですね。乳幼児施設と言うのは一体、子どもにとって、そして親にとってどういう存在なのか。私たちは分かっていても、それを表現したり、保護者に対しての説明など、難しい部分があります。日本にも保育指針という、中身は違いますがバイエルンに似たような物があります。いかにそれを分かりやすく、表現し、保護者に伝えるかが大切です。

  10. 「大きな樹木」の写真はとても良いですね。いろんな思いや考えがその樹木に込められているというのがよく分かります。保護者が根を張る土台を作り、幹は保育者が支え、子どもたちは広い世界に向かってどんどん伸びていくというのは保育園としての子どもたちにまっすぐな姿勢が見えるように思います。また、子どもたちをこの樹のように捉えるからこそ、「オープン保育」が求められていくのだと思います。広い世界の中で過ごす子どもたちには当然、自分で判断しなければいけないことや責任を持つことが必要とされていきます。だからこそ、子ども社会の中で様々な経験が求められる。そう捉えると自ずと「オープン保育」の行い方になっていったのだと思います。いろんな取り組みのなかに深い意図があるのを受けました。
    この樹や絵はがきのことを受け、意志を表明することは必要だなと思います。今回の絵はがきでもそうですが、一つ決めたことを外に示すことで、少しでも影響は出るように思います。まずは「行動」これはいろんなことをする上でとても大切なことだと思いました。

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