知は力?

 アメリカの公教育史上、最も有名な取り組みだと言われている事例をポール氏は紹介しています。全員が黒人かヒスパニックで、ほぼ全員が低所得層の家庭の子どもでした。彼らが4年生の時、イエール大学を卒業した、並はずれて陽気でひょろりと背の高い25歳の白人デイヴィット・レヴィンは、「ぼくの新しい学校に入るなら、きみたちを公立学校の典型的な学業不振の生徒から、大学進学を目指す学者の卵に変身させてみせる」と約束して、子どもたちとその親たちを説得したのです。その学校は、キップ(KIPP)アカデミーのミドル・スクールです。このKIPPは、「知は力なり」プログラムの略です。

 この学校で、子どもたちは8年生で卒業するまでの4年間、高エネルギー、高密度の授業の続く長い1日と、入念に作られた態度矯正、行動変容プログラムを組み合わせたスタイルの学校生活で、レヴィンがその都度その場で考え出しているように見えることもたびたびあったそうです。そのレヴィンのやり方は効果をあげ、しかもそれがすぐに目に見える形で表れました。8年生の全市統一学力テストで、KIPPアカデミーの生徒たちは地区内では最高、ニューヨーク市でも5番の成績をあげたのです。この得点は当時、入学時に成績を問わない貧困地区の学校としては前代未聞で、ニューヨーク・タイムズ紙の1面にKIPPについての記事が載り、CBSのドキュメンタリー「60ミニッツ」でもマイク・ウォレスが取り上げました。この番組を見ていたGAPの創業者であるドリス&ドナルド・フィッシャーは、多額の寄付を決意したため、このKIPPは全国組織へと拡大していきます。

 全国展開の結果、ここ10年のあいだに各地に100を超えるKIPP方式の特別認可学校(チャーター・スクール)ができ、よかれ悪しかれ、KIPPはチャータースクールや教員の労働組合、共通テスト、学習への貧困の影響などにかんする国内議論の中心でありつづけています。

 レヴィンが取り組んだ生徒たちは「2003年のクラス」と呼ばれました。それは、彼らは2003年に大学に入学するはずの年で、その年を目指して、学校の廊下には大学の校旗が並び、大学のグッズが飾られ、階段の吹き抜けには、「大学の山を登りきれ!」という横断幕が掲げられ、大学への進学に向けて煽っていました。ですから、ニューヨーク市で5番目の成績を取った時に、レヴィンは「よし、僕たちの最初のクラスはニューヨーク市で5番目の成績だった!」と思ったそうです。「そのうえ、90%の生徒を私立か教区の高校に入れ、これで問題は何もないはずだ!」と思ったのです。しかし、問題はあったのです。2003年のクラスのほぼ全員が高校を卒業し、ほとんどが大学に進学しました。しかし、そこで山は急に険しくなったといいます。高校卒業の6年後、4年制大学の課程を修了した者は21%、8名にとどまったのです。

 このクラスを経験した一人が、こんなことを振り返っています。最初に学校に着いた時には、独特の儀式や規則やエネルギーに圧倒され、大いに戸惑っています。「カルチャーショックでしたよ。こんな学校は見たことがなかった。」と話しています。ここでの独特の儀式や規則とはどのようなものだったのでしょうか?それが、子どもたちにどのような効果をもたらしたのでしょうか?その力は、その後どのような力になっていったのでしょうか?