子どもの内的世界

 以前のブログで紹介したジャレド・ダイヤモンド氏の伝統的育児の中で、間違った国家主義の西洋化の中での育児方法が指摘されていました。その中で、親へのアドバイスとして、「子どもが泣いた時に抱き上げたり、なぐさめたりして“甘やかす”のはやめなさい!」という育児法が推奨されたことがあったと書かれてあります。これは、1950年代くらいに児童発育の分野では主流だった「行動主義」によるものです。

 行動主義とは、子どもの発達は機械的に進むという考え方です。科学的な解明が進むと陥りやすい考え方です。子どもの内的世界はたいして深くなく、乳幼児が母親を慕うのは、栄養や快適さを求める生物としての必要性からで、それ以上の意味はないと考えるのです。

 しかし、トロント大学の研究者メアリー・エインズワースは、1960年代から1970年代にかけての一連の研究で、生後1か月ほどのあいだ、泣いた時に親からすぐにしっかりとした反応を受けた乳児は、1歳になるころには、泣いても無視された子どもよりも自立心が強く積極的になったのです。そして、それは就学前の時期にも同様な傾向が続いたのです。つまり、幼児期に感情面での要求に対して親が敏感に応えた子どもは自立心旺盛に育ったのです。それは、イギリスの精神分析医のジョン・ボウルビイとの主張により、「アタッチメント」と呼ばれました。

 しかし当時、幼少期の愛着関係が生涯にわたる影響を生むというエインズワースの主張は、一つの理論にすぎませんでした。その後、様々な人によって、この愛着の研究がされていきます。その集大成ともいうべき名著が、「人格の発達」です。この本は、幼少期の母子関係の長期効果に関する包括的に評価したものです。その発見によると、アタッチメントの分野は決定的な運命ではないとしています。しかし、多くの子どものケースで、“慣れない状況”やその他のテストでわかる満1歳時点での愛着関係が、その後の人生を広範囲にわたって予測できる指標になっていることは確かなようです。アタッチメントの安定した子どもたちは、人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能でした。就学前も友達とうまく遊ぶことができ、児童期にも親密な友人関係を築くことができ、思春期の複雑な人間関係もより上手に切り抜けることができるのです。

 これらの研究結果は、ミーニーがモントリオールでラットを使って行った研究の結果と非常に似ていることは容易にわかります。どちらのケースでも、子どもが生後間もないうちに親として特定の役割を果たした母親が一定の割合で存在していました。そして、母ラットが子ラットになめたり毛づくろいをしたりすること、人間の場合には、幼児のサインに敏感に反応することなどが、子どもたちのあげる成果に対して強力で永続する効果をおよぼしている点が共通しているのです。人間でもラットでも乳児のうちに適切な世話を受けた者は、のちに、より好奇心や自立心や自制心を持ち、障害にもうまく対処できるようになるのです。

 そして、幼少期の育児における母親からの注意深いケアが、ストレスから身を守るためのレジリエンスを育んでいくのです。人生において普通に起こりうる困難な事態に直面した時、何年もあとになってからも、オープンフィールドテストや、幼稚園での我の強い子どもとのけんかなどからわかるように、人間もラットも同様に自分なりの主張を行動に移し、自信をもって前に進むことが出来たのです。