子ども時代の経験

 プレスクールに3,4歳から通園した子たちは、小学校に入学した当初は、自力で勉強した子に比べて学力は高かったものの、3年生くらいになるとほとんど差がなくなってくることから、このプロジェクトは失敗かのように思われていました。しかし、ヘックマンは、もっと深く調べ始め、1960年代と1970年代の調査結果で未分野のデータがあることを知ります。これは、小学校の教員による「学力」ではなく、「生活態度」と「社会性の発達」を評価したものでした。

 「生活態度」とは、それぞれの生徒がどのくらい頻繁に罵り言葉を吐くか、嘘をつくか、盗むか、欠席や遅刻をするかを見たものでした。「社会性の発達」は、クラスメートや教員との人間関係にどの程度関心があるかを評価したものでした。これらにヘックマンは、「非認知的スキル」と名付けました。それは、IQなどの認知的スキルとは完全に別物だと考えたからです。そして、この非認知スキルについて3年かけて慎重に分析しました。すると、プレスクールが生徒たちに与えた恩恵の三分の二はこうした非認知的な要素(例えば、好奇心、自制心、社会性など)であると確信するに至ったのです。この研究は、非常に有名なもので、様々な分野に影響を与えていますが、「成功する子 失敗する子」のジャーナリストである著者ポール・タフ氏は、彼とは違う取材から知ることになるのです。

 子どものころの経験は大人になったときにどう影響するのでしょうか?人間に関する最大の疑問のひとつであり、数えきれないほどの小説、伝記、回想録のテーマでもあります。数世紀にわたり哲学や心理学の論文の主題となってきたものでもあるのです。成長の過程は予測がつくことも、機械的にすら見えることもあります。反対に、恣意的であてにできないこともあります。子ども時代の経験によって決められた運命から抜け出せないような人々もいれば、過酷なはじまりを奇跡に近い形で乗り越えた人々もいます。

 しかし、最近になるまで、科学というツールを使って子ども時代の謎に迫る試みは真剣に行われてこなかったとポール氏は言います。この試みとは、実験や分析を通して、幼いころの経験が成人してからの行動にどうつながるかを追う試みです。現在、日本でも「幼児教育は人生の基礎を培う」と言いながら、大人になってからのどのような力が、幼児期におけるどのような力と関係してくるのか、というような具体的なものは示されていないのです。それがいま、あたらしい世代の研究者たちの尽力によって変わろうとしているようです。

彼らの背後には、極端かもしれないと断って、シンプルな前提があるとポール氏は言います。今までこの問題が解けなかったのは、まちがった場所で答えを探していたからだと言います。子どもたち、とくに貧しい子どもたちの可能性を広げたいのなら、子ども時代へのアプローチを改め、基本的な疑問に立ち返る必要があるといます。親が子どもに与える影響はどんなものか。人間の能力、スキルはどう発達するのか。性格はどのように形成されるのか。というような疑問です。

乳幼児期における子どもの遊びや生活は、将来、大人になった時に意味を持ってきます。それは、早期教育と言われるものに比べて、その効果は持続的です。しかし、そのころにならないと気がつかないことが多いのです。ポール氏の取材を見てみましょう。