無視

 神経科学の世界では、ミーニーをはじめとした神経学者たちの発見は、大騒ぎになりました。母ラットがなめたり毛づくろいをしたりすることで与える影響は子ラットのホルモンや脳内化学物質の範囲にとどまらないことが立証されたからです。もっとはるかに深い領域、遺伝発現の制御にまで影響が及ぶのです。生まれて間もないころの子ラットへの毛づくろいは、DNAの制御配列への化学物質の結合に影響するのです。毛づくろいによって、ストレスホルモンを処理する場所、つまり海馬をコントロールする分節に「スイッチが入る」ことがわかったのです。

 少なくともラットでは、ほんの小さな親の行動がDNAに対して持続的な効果をもたらすことが実証されたのです。それが、人間にも起こるのかということを、ミーニーのチームは人間の自殺者の脳細胞を使った実験を行い、検証しました。子どものころに冷遇され、虐待された自殺者から採取した細胞と、そうした経験のない自殺者から採取した細胞を比較し、海馬で起こるストレス反応に関係するDNAを検査しました。しかし、この実験では、確かにラットと同様な場所にメチル化の痕跡が見つかったものの、その効果は正反対だったのです。

 この自殺者の研究は非常に興味深いものであったのですが、人間のストレス処理機能に親子関係の影響が及ぶことを決定づけるものではありませんでしたが、その後の研究に多くの刺激を与え、もっと堅固な証拠も見つかりはじめているようです。

 ニューヨーク大学の心理学者クランシー・ブレアは、環境上のリスクが大きいのは、母親が無関心だったり、無反応であったりした場合だけだということを発見しました。母親の反応の感度が高ければ、環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼ消えてなくなることがわかったのです。言い換えれば、質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージを和らげる、強力な緩衝材として働くのです。次第に、私たちのやるべきことが見えてきます。子どもにとっては、親が勿論重要なのですが、それに代わる養育者でも十分とそれに代わることができます。しかし、それは、質の高い育児でなければ、幼いころに受けた逆境によるストレスからのダメージを除くことはできないのです。

 これらの研究、主たるデータとして3種類あります。ひとつは、幼児からの累積されたリスクの値です。このリスクには、様々なことが考えられます。近所の騒音、家庭内の軋轢、それらをすべて考慮します。次に、アロスタティックの負荷の測定値です。これは、血圧、尿内のストレスホルモンおればる、肥満度などを含んだものです。そして、母親の反応の度合いです。この度合いを測るために、母親に関する質問への子どもの回答と、母子で一緒にジェンガというおもちゃで遊んでもらい、研究者が観察した結果を総合したものです。この三種の関係性を、以前紹介した「サイモン」でワーキングメモリの実験をしたエヴァンスが、20年近く中学生を対象に研究を続けてきました。

 その結果、ほぼ予想通りの発見でした。環境上のリスクの値が高いほどアロスタティックの負荷の値も高かったのです。しかし、母親が子どもに特別な関心が寄せられていた場合には、家の中が過密であるとか、困窮しているとか、家庭内に騒動があるなどといった環境からくるストレス要因は、すべてないも同然の結果だったのです。簡単に言うと、ジェンガのゲームの最中に母親が子どもの感情の動きに敏感だったら、子どもが人生で直面する苦境がアロスタティック負荷に影響を及ぼすことはほとんどないのです。

 では、暴力を受けて育った子どもと、無視されたりやる気を挫かれたりした子どもとどちらの方が人生において苦労するのでしょぅか?また、特別な家庭教師や個人指導を山ほど受けさせるようなスーパーママの子どもは普通に愛されて育っただけの子どもよりもずっと人生を楽に送ることができるのでしょうか?

無視” への9件のコメント

  1. 私は、わが子の子育てについて、私の母親から叱責されることがありました。曰はく「育て方が甘い!」と。まぁ、当の私は「はい、はい、わかりました」と頷いてそれでおしまい。また同じように、わが母から甘いと言われる子育てをし続けてきました。そして、今では、そのわが子が私の母の一番のお気に入り、となりました。甘やかして育てたとは思いませんが、子どもの思いに寄り添うことが傍からは甘やかしているとみられることがあるのですね。私たちの家族は決して貧しくはないのですが、貧富には関係なく、わが子の思いを優先させてきました。これからもおそらくそうなると思います。逆境に弱くなるのでは、と心配になる向きが無きにしも非ずですが、おそらく逆境に耐えられ、乗り越えられるエネルギーを「甘やかし」の中から獲得しているのだと思っています。今回のブログで証明されたラットの実験の紹介はなかなかおもしろかったです。「母親が子どもに特別な関心が寄せられていた場合」による検証結果はより重要ですね。今回も参考になりました。

  2. ラットの行動がDNAにまで影響を及ぼすというのは驚きました。ラットではありますが、DNAというと変わらないものというイメージがあるので、余計に驚いてしまいました。無関心や無反応を自分がされると思うと、とても悲しいですし、辛い気持ちになります。あ〜想像しただけでも辛いです。何をやっても自分の方は向いてもらえない感覚は本当に辛いと思います。大人でもこれは同じですね。「ドジだな〜」なんて言われながらでもいいので、こちらを見ていてほしいですね。「質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージを和らげる、強力な緩衝材として働くのです」とありました。私たちの重要性を感じるとともに、「質の高い」という部分を忘れてはいけないなと思いました。子ども一人ひとりが大人を求める時があります。それはそれぞれの子どもによって分かりやすかったり、ちょっと分かりにくかったりするのかもしれません。そんな子どもが求めている姿にしっかり応えれることから大人に対する信用だったり、自分を大切に思う、周りを大切に思う気持ちになっていくのかもしれませんね。最後の文章もまた明日へ向けてこうかな?それともこうなのかな?と、自分なりにいろいろ考えて過すきっかけを頂けるようでもあります。ん〜理由も考えるとなかなか難しいそうです。

  3. 自殺者の脳細胞を使った実験結果ではストレス処理機能において親子関係の影響が及ぶことを決定づけるものではなかったのですね。ラットと人間、同じ生き物でも親子関係が及ばす影響が異なるところが面白いところですね。
    母親の反応感度が高いと環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼないも同然であり、アロスタティック負荷に影響を及ぼすことはほとんどないのですね。母親でなくても質の高い育児によって養育者が代わりを為せることが最近のブログで明らかになりましたがやはり1番身近な存在の肉親が最も重要なことに変わりはありませんね。しかし共働きが増えている中、子どもと関われる時間が少ない。次に身近な存在は祖父母。こちらも現代では核家族化の進行により関われる時間が少ない。今日のブログにある通り養育者として私たちのやるべきことが見えてきますね。質の高い保育はもちろんとして育児相談等を傾聴したりと保護者の方々にも寄り添っていくことが大切なように思えました。
    暴力を受けて育った子ども(身体的虐待)と無視されたりやる気を挫かれたりした子ども(精神的虐待)とどちらの方が人生において苦労するのか?またまた興味深い疑問です。今日のブログのタイトルは「無視」だから… なんて考えてしまっています。

  4. ミーニーをはじめとした神経学者たちの研究が、「人間のストレス処理機能に親子関係の影響が及ぶことを決定づけるものではありませんでした」ということでしたが、この研究に刺激を受け、新たな証拠が出始めているという事実には、感動を覚えます。例え望んだ結果ではなくても、そこから何かしらの成果を得るというような、挫折や失敗を「うまくいかないということを確認した成功」と表現をしたエジソンの言葉が思い浮かびました。また、質の高い育児にまず必要なのは、「関心」であることが読み取れます。子どもが成功しようが、挫折や失敗をしようが両方に意味があるこを理解していれば、どんなことでも子どもに対しての関心が向けられるのではと感じました。しかし、暴力や無視をされて育ってきた人というのは、また違ってくるのかもしれません。暴力を受ければ、体・精神・神経に影響がでて苦しむだろうし、無視されれば、生きる意欲が失われそうです。どちらが、より苦労するのでしょう…。

  5. 無関心や無反応ということから頭に浮かんだのが「見守る」ということが誤解されるときの話です。子どもたちをただ見ているだけと言われることもありますが、それって無関心や無反応と近い意味があるんじゃないかと思います。でも私たちが行っていることは全く違っています。関心は高いですし、子どもたちが働きかけてきたときはきちんと対応をします。これはごくごく当たり前のことであらためて言うようなことではないのですが、無関心や無反応であるはずはないですよね。子どもたちに「ちゃんと見ているよ」と感じてもらうこと、負の状態に陥ったときにはいつでも助けてくれると感じてもらうこと、そういったことが基礎にある「見守る」ことこそ大事なんだと示されているように思えてきました。

  6. 人間の場合は子どもに対する反応が関係してくるのですね。今回もわかりやすくすっと頭の中に入ってきました。ジエンガの実験から母親が子どもに対して特別な関心が寄せられた場合、家の中が過密であるとか、困窮しているとか、家庭内の騒動があるなどといった環境はほとんどストレス要因はないものと同然ということは意外でした。一見密に接し過ぎることは逆効果かなという印象でしたがそうでないようですね。しっかりと関わることの大事さを教えてもらっています。更に、質の高い育児がやはり大事なのですね。私たちのやるべきことが見えてきます。という言葉から様々なことを勝手に想像します。子どもと関わる仕事は必ずといっていいほど一緒に遊ぶことが多いです。そんな中で子どもに対しての反応をいつもより少しオーバーにしてあげることも必要なのかなとも感じます。やはり子どもに寄り添うことの大事さを感じますね。最後の問いに対しては非常に悩むところですね。次回も楽しみです。

  7. まず質の高い育児と聞いて、どう考えるかが重要になってきます。おそらく大半の人は早期教育を連想し、子どもに幼い頃から英語、算数、体育教室などをやらせるでしょうね。それらが好きな子どもだと良いかもしれませんが、そうでない真逆の子どもにしたらストレスしか感じないでしょうね。そうなると質の高い育児とは・・・という壁に直面すると思います。ただ今回のブログもそうですが、母親が子どもの感情、行動、様々なことに敏感に感じてあげ、受容してあげることのように思います。それはブログ書かれているように、親だけでなく、養育者、保育士も同じです。どういった子育てが幸せにできるか?正直、未来を予測するのは難しいですが、過去を見れば自然と答えは見えてくると思います。現代社会で問題となっていること、考えれば多くあると思います。それはどうして起きてしまったのか・・・。過去の子育て、教育を見直せば出てくると思います。

  8. ラットと言えども、人間と同じ動物。毛づくろいにDNAへの影響があると分かった時、人も同じと考えるのは気持ちがわかります。しかし、実験結果が正反対の結果を示した時のその結果をどう活かすか。その柔軟性が、新しいことの発見のカギなのではないかと思います。

    実際にその後、他の研究者が、親子の関係により、環境の要因が子どもに与える影響をなくすことができるという発見につながるすごさを感じました。

    ブログで得た知識を、私もまた新たな発見につなげられるよう頑張っていきたいと思います。

  9. ラットにおける毛づくろいやなめまわすという愛情表現がDNAにまで影響がでるというのはとても驚きました。そして、それと同時に子どもたちと向き合うにあたってそれほどの影響が出ているのかもしれないと考えさせられます。また、今回の内容でもう一つ考えさせられたのが「高度な育児」です。一見、高度というと今の人は英語教室や体操教室、なかには塾といったようなところを初めに出てくるでしょうが、そういった目に見えて成果がでるところではなく、いかに心通わせるというか、反応の感度をいかに高くおけるかというところなんですね。それがストレスに対処するための能力を持たせることになる。最近、この内容になってから「教育」というものを考えさせられます。教育の中心は「人格形成」であるにも関わらず、その内容に関して、あまりにも「教科ややり方」ばかりが先行し、目の前の子どもの対応というのが二の次になっているようにおもいます。これらの研究から見えてくるものは、人が人らしく、人間社会の中で生きるための力をどう作るかであり、そこには「教科や方法論」ではなく、人とのつながりや真心といった部分が本来もっと重視されるべきなのではないかと改めて思います。

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