よい関係

 子どもにとっての「愛着関係」の重要性はよく取り上げられることですが、私は、その捉え方に若干の食い違いがあるように思います。それは、一つは実験の結果からの分析により、どの点を重視するかということにあると思います。以前のブログでも私は「愛着障害」について何日にもわたって書いたのですが、その主な研究は、ジョン・ボウルビイとメアリー・エインズワースが発展させてものです。しかし、それは1950年代から1960年代にかけての研究で、戦後の爪痕がまだまだ残っており、また、経済成長の中で、多子社会で生まれた子どもたちは、ある意味で親から関心を持たれなかった、または、関心を持つ余裕がなかった親のもとの子どもたちが多い時代でした。ですから、私は、今の時代においてもう少しこの理論を発展させるべきだと思っています。また、では、愛着形成のできていない子どもは、あきらめないといけないかということです。ただ、事実だけを研究するだけでなく、直接子どもと接している私たちとしては、何したらよいかという方向性の研究も大切だからです。

 1870年代になると、サンフランシスコの心理学者アリシア・リーバーマンがその研究をつないでいきます。彼は、エインズワースの指導の下、乳児の相手をする母親を撮ったビデオテープを見て解析したり、母親のどのような行動がアタッチメントの安定を促すかを観察したりして長い時間を過ごします。その中から、彼は「人格の発達」を表わしたエゲランドとスル―フの研究を高く評価をしていますが、二つの重要なアイディアが抜け落ちていると指摘しています。

 その一つは、研究の対象にした地域性があるのではないかといいます。多くの親にとってその地区では、子どもとの安定した愛着関係を結ぶのは非常に難しいという事実への認識が欠けているというのです。彼は、「よくあるのは、母親の人生を取り巻く環境が、本人のもともと持っている対処能力ではとても太刀打ちできないケースです。」と言っています。その地区のある母親の言葉を引用しています。「ひどく貧しかったり、絶えず先々への不安があったりして打ちのめされているとしたら、そんなときに安定した関係を育む環境を作ろうだなんて、スーパーマンでなきゃ無理」と言っています。さらに、母親自身の過去の愛着関係の欠如が子育てをより困難にしている可能性もあります。このことはその他の研究でも明らかになっていることだそうですが、あたらしい母親が子どものころに不安定な愛着関係を経験している場合には、自分の子どものために安定した育児環境を整えるのが飛躍的に難しくなるのです。

 もうひとつの点は、過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実の研究が十分に強調されていないことであると言います。彼は、不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だというのです。この二つの指摘は、私にとっては非常に重要です。研究対象が限定された地区で行われたことの偏りは、研究対象が限定された時代での研究の偏りを示唆しています。また、最近どの園に行っても、悩みは保護者への支援です。どのように保護者と子どもとの関係を望ましいものにしていくかということです。親子の関係の距離感は、難しいものです。

 では、それをリーバーマンは、どのように提案しているのでしょうか?

よい関係” への10件のコメント

  1. 子どもへの接し方について不安に思っておられる方は多いのかもしれませんね。また、自分の子育てはこれで本当にいいのだろうか、これまでの子育てで何か間違ったことをしていたのではないかと思い悩む人も少なくないのかもしれません。その人自身はこれで大丈夫だと思っていても、子どもからするとそうではないということもありそうですね。そんな場合にそれについてアドバイスや声をかけてくれる人もなかなか今はいなのかもしれません。「不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だというのです」とありました。これは、安心する研究結果ですね。ですが、不安定な愛着関係を生む接し方をしているということを本人が気がつかないといけないという大きな壁もあるのかもしれません。そんな時に、周りの人はどのように関わっていけばいいのでしょうか。話がブログの内容と合っているのか分かりませんが、そんなことを考えたりもします。

  2. 先日『子どもの権利条約絵事典』の著者の一人ジャーナリストの木附さんのお話を聴くことができました。同条約の第12条意見表明権とアタッチメントのお話でした。「アタッチメント」を乳幼児期に限定してしまった日本の現状を嘆いていました。アタッチメント理論の提唱者ジョン・ボウルビイはそうした限定をしておらず、むしろ小学校以降のアタッチメントの重要性を強調されておりました。愛着形成阻害要因としては、住んでいる地域の貧困、「母親自身の過去の愛着関係の欠如」としてあげられるのでしょうが、やはり「愛情豊かで思慮深い大人」と出会う機会があったら「愛着関係」の形成し直しが行われる可能性が大だと思われます。その子が育つ家庭以外に「育ち直し」「生き直し」の場があればどんなにいいか。子どもの自然な育ちを保障するのが地域社会だと改めて気づいたところです。それからやり直しを促すのは人だけではありません。古典といわれる書にも人生の意味を問い直すヒントがたくさんあります。こうした大人、地域社会、古典等々もアタッチメント要素として大きな役割を担っているのでしょう。

  3. 愛着関係について、ある大学教授がとにかく身体的な接触を持つことが大事なんだと言っておられ、いつでも守ってくれるという見守られていることを確信できることも愛着なのでは?と聞いたところ、ボウルビィの言っている愛着とはそういうことではないと割と強く意見されたことを思い出しました。例えそうだとしても、ある時代の理論をそのまま正しいものとして語っていくだけというのは違和感を覚えます。過去の理論をもとに、現代の社会に当てはめてみて合わないところは修正し次につないでいくというのが研究のあり方ではないかと思います。背景を無視した理論というのはなかなかやっかいなものだと感じているところです。

  4. リーバーマンの二つの指摘は理にかなっていて、とても重要なことですね。地域性も重要ですが特に二つ目の指摘は愛着障害を抱えてしまった子に対して希望を持てますね。ただ難しいところはただでさえ子どもそれぞれに様々な個性があり、子ども一人一人へのケアが多少ながらも異なるのに幼児期に親からの虐待・ネグレクトにより、愛着障害を抱えている子は虐待の種類、度合いなどによってさらに個人差が出て、ケアの内容、幅が異なってくるところですね。
    母親自身の幼い頃の母親との悪い意味での愛着関係を自分自身の子との愛着関係に伝承してしまうのは避けられないことなのでしょうか。虐待を親からの愛情表現と勘違いしてしまっているというケースを聞いたことがあります。リーバーマンの二つ目の指摘が悪い愛着関係の伝承をも未然に防ぐことにも繋がるよう養子縁組の方々や里親、養育者に求められるものは絶大であり、重大ですね。
    子育て支援も担う保育園として、保護者への支援で悩まれている園がとても多いのですね。ブログにも書かれている通り、親子関係の距離感は難しいですね。それをリーバーマンはどのように提案しているのか、楽しみです!

  5. 最後に「親子の関係の距離感は、難しいものです」とありました。そんな思いをひしひしと感じています。親子だからこそ甘えられる部分もあり、親子だからこそ遠慮せずにズバズバと言える部分もあり、親子だからこそ言わなくてもわかる部分もあるかと思います。この近すぎる関係のもとであるがゆえに、小さな出来事でも刺激されたり、雰囲気の変化に敏感に反応することができてしまいますね。社会的には、そこは隔離された場所でもあると言ってもいいのではと感じるほど、独特で不思議な小さな社会のような雰囲気です。そんな場所なため、自分と子どもとの愛着関係に歪みが出ても対処する手だてが見つけられないことで「最近どの園に行っても、悩みは保護者への支援です」という状況になっているのでしょうか。親子間の距離について、もっと学ばなければいけません。

  6. 愛着関係のことを考えた時に親と子どもの関係を想像しますが、より深いところにいくと親の育ち方や、環境からも大きく左右してくることに気づかされます。地域性でもだいぶ育ちが変わるのですね。地域によって結果が変わってしまいますね。後半の「不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安心した関係を生む接し方に変えることは可能だというのです」という考えは少なくとも不安定な地域性の人たちには心強い結果でしょうね。ただ、戦後と今ではだいぶ環境が変わってきていることがわかります。様々な物の捉え方、考え方が生まれている中で愛着関係の考え方も変化しているでしょうね。今と昔の違いから現代の見合った研究に少しずつシフトしていく必要があるようにも感じますね。

  7.  愛着関係に関しては藤森先生の講演やブログから詳しく学ばせていただきましたが、逆に言えば、それまでの愛着関係というのは、どういうふうに考えられていたのか?という部分に関して言えば、分からない部分が多くあります。1950年から1960年の多子社会で育った子どもは親から関心を持たれなかった、または、関心を持つ余裕がなかった親のもとの子どもたちが多い時代というのは、驚きです。確かに乳幼児期に愛着形成を結ぶことができなかった子どもに対しての議論はとても重要です。現実的に愛着形成が難しい地域というのが実際にあるというのは、母親自身が幼い頃にも同じような経験をしてきているとなると、その母親が大人になり、子どもを産むと負の連鎖ではないですが、それこそ地域が安定した子育てができる環境を整える必要があります。そんな中で保育園としての役割というのは大きな存在になっていくと思います。

  8. 親子の関係の距離の難しさは身をもって感じているところです。

    「人格の発達」において、地域性と、過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実の研究が十分に強調されていないことが大切とのことですが、その地域性も最近よく感じます。

    実際、保育園という小さな社会においてもそこに集まる保育士、子ども、保護者でそれぞれの色があり、それがその地域までに広がると、もうまったく違うもののようにまで感じます。

    よい関係を気づくために、親子の関係の距離感をしっかりと学んでいきたいと思います。

  9. 子どもは成長をしていくなかで、周りに起こる環境から影響を受けることは多いと思います。その一つはやはり母親でしょうし、その母親の今までの人生なども子どもにとっては関係してきますね。また、その時代、社会の状況、地域性なども無縁ではないと思います。今の社会、過保護であったり、過干渉であったり、虐待のようなものだけではなくなっている時代です。ある意味、豊かになったからこそ、違う距離感も求められている時代になっているのではないでしょうか。いろんなことが研究によって発見されているなか、それを活用していくことも必要ですね。とりわけ、保育園という現場において、こういったことも発信していけるように私自身もっと勉強していかなければ行けないと思います。

  10. 愛着関係が不安定な要素は〝母親自身の過去の愛着関係の欠如〟〝地域性〟〝時代〟など多くのことが挙げられるんですね。
    ですが、〝不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だ〟ということで、子育てをする多くの保護者にとって明るく照らしてくれるような研究結果ですね。
    藤森先生がおっしゃっている通り、戦後と今では社会も変わっていますので、親子の関係のあり方も変わっているのでしょう。
    そこに照らし合わせて、研究を進めていくことが求められますね。

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