KIPPの卒業生に中で、大学で粘れたのは、必ずしもトップの成績を取っていた生徒ではなく、楽観的だったり、柔軟であったり、人付き合いにおいて敏感だったりといった、何か他の才能や技術を持った生徒たちだったのです。悪い成績を取ってもすぐに立ち直り、次回はもっと頑張ろうと決意できる生徒たちでした。親とのけんかや不幸な別れから立ち直ることのできる生徒、講義の後に特別に手を貸してくれるように教授を説得できる生徒、映画でも見に出かけたい衝動を抑えて家で勉強のできる生徒でした。
もちろん、こうした性質そのものは、それだけで学位を取るのに十分な条件にはなりません。しかし、家族からの援助をあてにできない若者のように、裕福な学友たちが享受しているセーフティネットを一切持たない若者にとっては、こうした気質は大学を卒業するために欠くことのできない要素だったのです。
このような気質をヘックマンは「非認知能力」と名付けましたが、レヴィンは「性格の強み」と名付けます。レヴィンがKIPPを共同創立者と始めたとき、学力と同時によい気質を育てる授業をしようと目池苦に意識してきてはいました。壁に貼ったスローガンには、「コツコツ勉強」「人にやさしく」「近道はない」と書かれ、分数や代数だけでなくチームワークや共感や粘り強さを教えられるような褒賞と罰点のシステムを作り出しました。彼らが来ていたTシャツには「ひとつの学校、ひとつの使命、ふたつのスキル 学業と気質」というロゴが入っていました。
ところが、レヴァンと共同創始者は大学を出たばかりで、まだ何も知らない教師でした。そこで、モデルとしたのは、それまで会ったことのある革新的な教育者たちでした。それは、それまで確立されたシステムがなく、それどころか議論もほとんどされていなかったので、KIPPでの話し合いは一から始めるしかなかったのです。どういう価値観や行動を、なぜ、どうやって育てるのか、教員と理事で毎年改めて出し合いました。
KIPPの最初の卒業生が高校生活を送っていたころ、レヴィンは投資管理の仕事をしていた兄から、ペンシルベニア大学の心理学者マーティン・セリグマン著の「オプティミストはなぜ成功するか」という本をもらいます。この著書はマーティンの研究分野であるポジティブ心理学の基礎をなすテキストとして出版されたものです。そこには、楽観主義とは生得的な気質ではなく、習得できる技術であると説いています。悲観的な成人でも、子どもでも訓練しだいでもっと希望を持てるようになり、そうなればより幸福に、健康になって、物事がうまく運ぶことも増えるというのです。そして、多くの人々にとって鬱は病気ではなく、心理学者たちが信じるように「失敗の原因についての悲観的な思い込みを心に抱いているとき」に起きる単なる「ひどい落ち込み」であると述べています。鬱状態を避け、生活を改善したいなら、「説明スタイル」を変え、よいこと、もしくは悪いことが自分の身に起こった理由について自分自身のためにより良いストーリーを作り出す必要があるというのが彼の助言です。
セリグマンは、「三つのP」と呼ばれる傾向がひどい落ち込みを招くと言っています。「不快な出来事を永続的(パーマネント)なもの」と解釈すること、「個人的(パーソナル)なもの」と解釈する、「全面的(パーベイシブ)なもの」と解釈する傾向があると言います。そうでなく、よくない出来事については「特定なもの」であり、「限られたもの」であり、「短期間のもの」であると解釈することにより、失敗のただなかにあっても気を取り直してもう一度やろうと思える可能性が強いというのです。
レヴィンは、この本から何を気づいたのでしょうか。