性格の強み

KIPPの卒業生に中で、大学で粘れたのは、必ずしもトップの成績を取っていた生徒ではなく、楽観的だったり、柔軟であったり、人付き合いにおいて敏感だったりといった、何か他の才能や技術を持った生徒たちだったのです。悪い成績を取ってもすぐに立ち直り、次回はもっと頑張ろうと決意できる生徒たちでした。親とのけんかや不幸な別れから立ち直ることのできる生徒、講義の後に特別に手を貸してくれるように教授を説得できる生徒、映画でも見に出かけたい衝動を抑えて家で勉強のできる生徒でした。

もちろん、こうした性質そのものは、それだけで学位を取るのに十分な条件にはなりません。しかし、家族からの援助をあてにできない若者のように、裕福な学友たちが享受しているセーフティネットを一切持たない若者にとっては、こうした気質は大学を卒業するために欠くことのできない要素だったのです。

このような気質をヘックマンは「非認知能力」と名付けましたが、レヴィンは「性格の強み」と名付けます。レヴィンがKIPPを共同創立者と始めたとき、学力と同時によい気質を育てる授業をしようと目池苦に意識してきてはいました。壁に貼ったスローガンには、「コツコツ勉強」「人にやさしく」「近道はない」と書かれ、分数や代数だけでなくチームワークや共感や粘り強さを教えられるような褒賞と罰点のシステムを作り出しました。彼らが来ていたTシャツには「ひとつの学校、ひとつの使命、ふたつのスキル 学業と気質」というロゴが入っていました。

ところが、レヴァンと共同創始者は大学を出たばかりで、まだ何も知らない教師でした。そこで、モデルとしたのは、それまで会ったことのある革新的な教育者たちでした。それは、それまで確立されたシステムがなく、それどころか議論もほとんどされていなかったので、KIPPでの話し合いは一から始めるしかなかったのです。どういう価値観や行動を、なぜ、どうやって育てるのか、教員と理事で毎年改めて出し合いました。

KIPPの最初の卒業生が高校生活を送っていたころ、レヴィンは投資管理の仕事をしていた兄から、ペンシルベニア大学の心理学者マーティン・セリグマン著の「オプティミストはなぜ成功するか」という本をもらいます。この著書はマーティンの研究分野であるポジティブ心理学の基礎をなすテキストとして出版されたものです。そこには、楽観主義とは生得的な気質ではなく、習得できる技術であると説いています。悲観的な成人でも、子どもでも訓練しだいでもっと希望を持てるようになり、そうなればより幸福に、健康になって、物事がうまく運ぶことも増えるというのです。そして、多くの人々にとって鬱は病気ではなく、心理学者たちが信じるように「失敗の原因についての悲観的な思い込みを心に抱いているとき」に起きる単なる「ひどい落ち込み」であると述べています。鬱状態を避け、生活を改善したいなら、「説明スタイル」を変え、よいこと、もしくは悪いことが自分の身に起こった理由について自分自身のためにより良いストーリーを作り出す必要があるというのが彼の助言です。

セリグマンは、「三つのP」と呼ばれる傾向がひどい落ち込みを招くと言っています。「不快な出来事を永続的(パーマネント)なもの」と解釈すること、「個人的(パーソナル)なもの」と解釈する、「全面的(パーベイシブ)なもの」と解釈する傾向があると言います。そうでなく、よくない出来事については「特定なもの」であり、「限られたもの」であり、「短期間のもの」であると解釈することにより、失敗のただなかにあっても気を取り直してもう一度やろうと思える可能性が強いというのです。

レヴィンは、この本から何を気づいたのでしょうか。

熱意

KIPPの学校での取り組みは、独特の儀式や規則やエネルギーに満ち溢れていました。最初のクラスの入学したヴァンスは、「宿題はやってもやらなくてもいいものだと思っていた。」ところが、KIPPでは強制でした。7年生の時に、クラス全員が遠足に行っている間、宿題をやっていないヴァンスは終わらせるように残されました。このやり方とヴァンスが思っていた考え方の相違について、KIPPの教員との間で長い闘いが繰り広げられてそうです。

それでもKIPPの教員が熱意をもって彼やクラスメートを教えているのは明らかでしたので、やがてヴァンスも熱意で答えるようになりました。「もう一つの家族みたいなものだった。」とヴァンスは語り、「最後にはそんな感じになったんですよ。家族みたいに」

クラスの他の生徒と同じようにヴァンスも数学が得意で、全市統一テストで高得点を取り、8年生の時に9年生の課程を終えたほどでした。しかし、高校にあがり、向上心のたぎる溶鉱炉のようなKIPPのクラスから離れると熱意を失ってしまったのです。「KIPPにいたときにあった意欲がなくなった。」ということで、ヴァンスは努力をしなくなり、成績表は、ミドル・スクールの頃にはAやBが並んでいたのですが、高校ではCで埋まるようになりました。「今になって振り返ると、KIPPのおかげで学業への準備ができたけれど、感情面、心理面の順位ができていなかったと思う。」とヴァンスは語っています。「自分がやっていることをみんなが知っているような、家族みたいに密な集団から、放っておかれることの多い高校に行きました。宿題をやっていっても、だれもチェックしません。となると、高校生活のことは全部一人でやれるように成長するしかなかった。おれたちには、その準備ができていなかったんです。」

ヴァンスは、高校を出た後、ある4年制の公立大学に入り、コンピューター情報システムを学ぼうとしましたが、その科目を退屈に感じるようになります。そこで、専攻をカジノ・ゲーム管理に変えました。その後、学長とそりが合わずに退学し、少しのあいだ靴屋で働いてから別の州立大学に入りました。歴史を専攻するつもりでしたが、間もなく学費が底をつき、こんどは完全にやめることになってしまいました。ここ数年は、コールセンターで働いているそうですが、「たくさんの可能性があった。それをもっとなんとかするべきだったかもしれません。」と後悔することもあるそうです。

このようなKIPP最初の卒業生が大学生活で苦戦している様子を見て、レヴィンは心を痛めます。毎月のように、また一人というように大学を辞めた話が耳に入ります。そこで、レヴィンは、データを集め、どこを変えればよかったのだろう?何が足りなかったのだろうか?と考えます。それは、もちろん、KIPPでの取り組みは、将来とまでいかないまでも、大学でうまくやっていくのに必要なものをすべて与えることが目的だったからです。

このように大学を中退してしまう子たちは、最初のクラスの子たちだけでなく、2年目も、3年目も多く聞くようになりました。そこで、レヴィンは興味深い事実に気がつきました。大学で粘れるのは必ずしもKIPPでトップの成績を取っていた生徒たちではありませんでした。最近のブログを読んでいると、何となくわかると思いますが、レヴィンは、どのような力が必要だと思ったのでしょうか。

知は力?

 アメリカの公教育史上、最も有名な取り組みだと言われている事例をポール氏は紹介しています。全員が黒人かヒスパニックで、ほぼ全員が低所得層の家庭の子どもでした。彼らが4年生の時、イエール大学を卒業した、並はずれて陽気でひょろりと背の高い25歳の白人デイヴィット・レヴィンは、「ぼくの新しい学校に入るなら、きみたちを公立学校の典型的な学業不振の生徒から、大学進学を目指す学者の卵に変身させてみせる」と約束して、子どもたちとその親たちを説得したのです。その学校は、キップ(KIPP)アカデミーのミドル・スクールです。このKIPPは、「知は力なり」プログラムの略です。

 この学校で、子どもたちは8年生で卒業するまでの4年間、高エネルギー、高密度の授業の続く長い1日と、入念に作られた態度矯正、行動変容プログラムを組み合わせたスタイルの学校生活で、レヴィンがその都度その場で考え出しているように見えることもたびたびあったそうです。そのレヴィンのやり方は効果をあげ、しかもそれがすぐに目に見える形で表れました。8年生の全市統一学力テストで、KIPPアカデミーの生徒たちは地区内では最高、ニューヨーク市でも5番の成績をあげたのです。この得点は当時、入学時に成績を問わない貧困地区の学校としては前代未聞で、ニューヨーク・タイムズ紙の1面にKIPPについての記事が載り、CBSのドキュメンタリー「60ミニッツ」でもマイク・ウォレスが取り上げました。この番組を見ていたGAPの創業者であるドリス&ドナルド・フィッシャーは、多額の寄付を決意したため、このKIPPは全国組織へと拡大していきます。

 全国展開の結果、ここ10年のあいだに各地に100を超えるKIPP方式の特別認可学校(チャーター・スクール)ができ、よかれ悪しかれ、KIPPはチャータースクールや教員の労働組合、共通テスト、学習への貧困の影響などにかんする国内議論の中心でありつづけています。

 レヴィンが取り組んだ生徒たちは「2003年のクラス」と呼ばれました。それは、彼らは2003年に大学に入学するはずの年で、その年を目指して、学校の廊下には大学の校旗が並び、大学のグッズが飾られ、階段の吹き抜けには、「大学の山を登りきれ!」という横断幕が掲げられ、大学への進学に向けて煽っていました。ですから、ニューヨーク市で5番目の成績を取った時に、レヴィンは「よし、僕たちの最初のクラスはニューヨーク市で5番目の成績だった!」と思ったそうです。「そのうえ、90%の生徒を私立か教区の高校に入れ、これで問題は何もないはずだ!」と思ったのです。しかし、問題はあったのです。2003年のクラスのほぼ全員が高校を卒業し、ほとんどが大学に進学しました。しかし、そこで山は急に険しくなったといいます。高校卒業の6年後、4年制大学の課程を修了した者は21%、8名にとどまったのです。

 このクラスを経験した一人が、こんなことを振り返っています。最初に学校に着いた時には、独特の儀式や規則やエネルギーに圧倒され、大いに戸惑っています。「カルチャーショックでしたよ。こんな学校は見たことがなかった。」と話しています。ここでの独特の儀式や規則とはどのようなものだったのでしょうか?それが、子どもたちにどのような効果をもたらしたのでしょうか?その力は、その後どのような力になっていったのでしょうか?

支援方法

愛着といわれる養育者と子どもとの関係は、ラットの場合は、なめたり毛づくろい和したりすることですが、人間において同様な効果は、触ったり、抱っこしたりというよりは、幼児のサインに敏感に反応することであるということがわかっています。ということは、求めてきたときに反応してあげるということなのです。どうも、ラットの行動を間違えている人がいるようで、私の娘に孫ができたときに、保健所から指導に来て、「愛着形成のために、母親なんだから、ともかくいつも抱っこしてあげなさい!」と言われたそうです。

 しかし、ただ抱っこすればいいというわけではないとしても、不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だとリーバーマンは言います。そうした助けを差し出す最善の方法を探し出すことが、よりよい愛着関係への支援であるということから親子心理療法と呼ばれる治療法を開発しました。この方法は、親子の関係を強化することで子どもの行動を改善しようとする姿勢は、現在アメリカ中に取り入れられ、様々な支援方法を生んでいると言います。例えば、里親と幼い子どものための介入プログラムのひとつであるABCでは、幼児の発する信号に注意深く、温かく、落ち着いて反応するよう里親に促すように指導します。10回ほど家庭訪問をして指導しただけで、子どもたちが安定したアタッチメントを示す割合が高くなったそうです。

 ひと世代前の支援技法は、幼少期の言語スキルが必要だとして、主に子どもの語彙を増やすことを親に勧めていました。しかしながら、この方法は現実には無理がありました。それは、多くの低所得者の親たちは、親自身に限られた語彙しかない場合が多く、子どもに豊富な語彙を持たせようとするのは至難のわざなのです。読み聞かせをたくさんするのも確かに一つの手ではあるのですが、幼児は、親が語彙の増強に専念している時だけでなく、あらゆる瞬間に言葉を吸収するものです。ですから、語彙不足はたいてい次の世代へと引き継がれてしまうのです。ということで、親のみに重点を置いた支援は無理なのです。

 それに対して、リーバーマンの主張によれば、愛着を育む方が、子どもの成長や改善に寄与する可能性がはるかに大きいと言うのです。しかも、語彙の不足と違い、不安を生む親子関係は比較的小さな支援で対処できるのです。つまり、不安定な愛着関係の連鎖は完全に断ち切ることができるというのです。

 幼少期の支援こそが重要であるとする科学的根拠に異を唱えるのは難しいとポールは言います。子どもの脳の健康的な発達において、最初の数年は非常に大切だからです。子どもの将来をより良いものにするための唯一の機会のようにも見えます。しかし、感情的、心理的、そして神経科学的な経路をターゲットとしたプログラムの一番有望なところは、子どもが成長してからでも十分に効果があるという点だと言います。それは、学力面のみの支援よりもはるかに効果が高いようです。知能指数だけを見るなら、8歳を過ぎたあたりからなかなか伸びなくなります。しかし、実行機能や、ストレスに対処したり、強い感情を抑制したりする能力は、思春期や成人になってからでも改善できるということがわかっています。

 10代の子どもでも幼児にはできないやり方で人生を考え直したり作り直したるする能力を潜在的に持っているというのです。

人手不足

 ユニクロの柳井社長は、「サラリーマン時代は終わった」として、若い従業員に一定の権限と責任を与え、それを基礎とした組織運営を行ってきました。それは、非正規社員を多く使うことで人件費を抑えることにも大きく貢献し、新しいタイプの衣料小売りの分野を切り開いたのです。しかし、2014年8月期の連結純利益が増益から一転、減益になる見通しだと発表しました。その中で、今月11日、株式市場ではユニクロのファーストリテイリングの売りが膨らみ、終値は約8%下落しました。こうしたなかで柳井正会長兼社長は、パート・アルバイト16000人を正社員に登用する方針について記者会見しました。その会見では、人材の枯渇に危機感を募らせていることを強調し、これまでの経営路線の誤りを口にしたのです。

 大きく伸びてきた企業だけに、自らの過ちをきちんと見つめ、その改革は素早いですね。過ちをなかなか認めず、しかも、その改革が遅いことが多い世界ではその会見は参考になります。もちろん、過去においても改革はしてきました。特に、「チェンジ・オア・ダイ(変われなければ、死だ)」というほど、常に新しいものに向かってひじょうに貪欲でした。その改革の中で。柳井氏はグローバル経営に力を注ぎ、幾度となく厳しい言葉を口にしてきました。その度に、「ユニクロは(労働環境が劣悪な)ブラック企業」とネットなどで批判を浴びた時も、急速なグローバル化に対応できない人が増えている結果、と受け流していました。

 グローバル化の中では、離職率が高いのはしかないと思っていたようです。その考え方のせいか、ファストリの新卒社員の3年以内の離職率は約30%にも達しています。ピーク時には、50%程度にも達していた水準と比べると低下しているのですが、業界水準と比べるとなお高い離職率です。ところが、11日の会見での物言いは一変しました。「グローバル化だけではない。日常生活で成長する人生を認める」「成熟社会になると、精神的な安定を求める人が出てくる」などと話し、国内志向を積極的に評価する姿勢に変わったのです。そして、「国内事業のすべてを180度変える」。これまでの経営の考え方を修正するということで、この会見は、今までの方針や考え方の反省会となったと記事に掲載されていました。

 このように、方向転換せざるを得なくなったのは、圧倒的な人手不足です。それは、少子高齢化によるものが大きく作用していますが、一方では、引きこもりやニート、現代うつ病などから、働こうとしない若者が増えたこともあるでしょう。また、単に組織の歯車の一つのように使い捨ててきた時代ではなくなり始めてきて、「少子高齢化により人材が枯渇する。時給千円で人が集まる時代は終わりを告げた」と大量で安価な労働力を前提としたチェーン経営の限界がきはじめているのです。

 離職率が高いユニクロでは、とりわけこの問題が響きます。成長至上主義だった同社が「国内店舗総数は増やさない」とまで言い切ったのです。そして、ただ数を増やすことから、1店舗ずつを大切にし、1店舗当たりの売り上げを増やす方針にカジを切ったのです。そして、上司が一方的に部下に仕事を強要する「ダメな体育会的体質」を改善すると言っています。

 また、成長鈍化を覚悟してパート・アルバイトではなく、忠誠心の高い社員による自発的な「個店経営」に変えました。「部下は部品ではない」「部下の人生を預かる」という発言からは、これまでの失敗を自分に言い聞かせているかのように感じました。

人材育成の意識改革

もともとユニクロは、セーターやジーンズといった定番型の衣料品を、中国などの人件費の安価な海外で大量に生産し、それを国内で販売する手法を得意にしてきました。さらに、東レと組んでそれまでにない新しい高機能繊維を使った製品群、たとえばヒートテックなどを生み出してきました。そこには、新しい変革の息吹きを感じました。
 また柳井社長は、「サラリーマン時代は終わった」として、若い従業員に一定の権限と責任を与え、それを基礎とした組織運営を行ってきました。それは、非正規社員を多く使うことで人件費を抑えることにも大きく貢献し、新しいタイプの衣料小売りの分野を切り開いたのです。

 この進め方に対して、時代が変わってきました。真鍋氏は、それをこう分析します。「1つは、国内の人口減少・少子高齢化傾向だ。人口減少・少子高齢化の進展に伴って、基本的に衣料品の消費は減少傾向を辿ることが想定される。」それは、定番型製品のこれから先の国内需要の拡大を期待することは難しいということです。そこで、海外事業を展開するのですが、この海外店舗網を整備することには問題点もあると真鍋氏は言います。基本的に海外店はコストの割合が高く、同社全体の粗利益率を低下させる懸念もあるからです。また、海外店舗を管理運営するには、それなりの人事が必要になる。そうした人材の手当ては、簡単なことではないからです

 ここで、ユニクロが行ってきた人材育成を見直さなくてはならなくなったのです。もともと同社は、多くの非正規社員を雇用することで効率的に店舗運営を行い、人件費を抑えることに成功してきました。いわば、悪い言い方をすれば、「使い捨て」です。しかし、ここへ来て労働市場の改善により、人材の確保が難しくなっています。そのため、ユニクロでは1600人の非正規社員を正規社員に転籍させて、従業員の確保とインセンティブの維持に努めると発表しています。しかし、真鍋氏は、「問題は、今まで離職率の高いことで有名だった同社に、すぐに多くの人材が殺到するとは考えにくいことだ。その点は、今後同社にとって重要な制約になるとも考えられる。」と考えています。

 しかし、同社ほどの規模に成長し、しかも今後世界のナンバーワンになろうという企業では、当然多くの優秀な人材が必要になります。特に柳井氏の後を担う人材は、どうしても必要になるはずだと真鍋氏は言います。また、これから海外展開が加速する同社では、海外店舗の管理経営能力を持った人も多く必要になります。だからこそ同社は、今までの常識を破って通年採用や積極的な海外人材の採用に乗り出しているのです。しかし、真鍋氏は、「人を育てることは簡単なことではない。どうしても時間がかかる。そのペースが同社の発展のペースに間に合うかどうか、完全に懸念を払拭することはできない。」と指摘します。

 また、「国内の人材に関しても、労働市場での需給がタイトになっているため、従来のようには人集めができないと考えるべきだ。」と真鍋氏は考えています。このような状況の中で、柳井氏自身はどのように考えているのでしょうか?次から次へ店舗展開してきて成長してきた姿は、現在の保育業界でも同じようなことが見られます。人材を使棄てのように考え、次々に保育園を開園している企業を見ると、人材をどう育成しているのだろうかと思ってしまいます。人材を機械の歯車のように考えているだけでは、重要な人材を育成することが難しくなるのです。また、いくら要望があるからといって、ただ入れ物を多くつくっても、そこでの保育は、保育者が行うわでで、経営者が行うわけではないのです。それは、親子の愛着に見る関係に似ている気がします。

人材育成の変化

 どうしても育児、保育、教育は人が人に行う行為ですので、難しいものがあります。それは、そこには大いに個人差が伴うからです。また、その環境も均一ではありませんし、例外も多くあります。しかし、だからといって、個人差を重視するあまりに結局何もできなかったり、例外を楯にしてその内容を非難しても何の解決にもありません。そこから、できるだけのスタンダードな道を見つけていかなけばならないのです。

 それは、その分野だけでなく、それぞれの社会になると、リーダーの役目でもそのようなことが言えます。それは、人材育成は職場教育でもあるからです。少し、愛着から離れて、最近の話題からその観点を考えてみようと思います。

 ここのところ、様々なところで話題になっているのが、ユニクロの社長の発言です。それは、快進撃していたユニクロが、先日、2014年8月期の決算予想では、連結営業利益が当初見込みの1560億円から1455億円へ、当期純利益が920億円から880億円へと下方修正されたことを発表したからです。純利益はこれまでの増益予想から、一転して3年ぶりの減益予想となったのは、度してなのでしょうか?

 ダイヤモンド・オンラインで真壁昭夫氏(信州大学教授)が分析しています。その背景に、国内市場での売り上げの伸び率が縮小しつつあることに加え、人件費の増加などによって販管費が嵩んだことがあると考えているようです。この状況に対して柳井正・会長兼社長は「世界ナンバーワンを目指して、今後も積極的な店舗展開を行う」としている一方、新しいビジネスモデルを模索することも示唆しているようですが、日経新聞の記事によると、私は、人材育成の考え方に変化があるように思います。

 たしかに、いま市場は非常にグローバル化し、世界ナンバーワンになるためには、スペインの「ZARA」ブランド、スウェーデンの「H&M」、アメリカの「GAP」などの有力企業を抜かなければなりません。今月11日に、ドイツの首都ベルリンに第1号店がオープンしました。私はミュンヘンに毎年行っていますが、メイン通りには「H&M」が何店舗もあります。今回、ユニクロがオープンした店舗は、ベルリンの中心部にあり、やはり「ZARA」や「H&M」などライバル店がひしめきあう激戦区です。ユニクロはドイツ以外にすでにイギリスやフランス、ロシアなど、ヨーロッパで合わせて18店舗ありますが、アジア地域に比べると知名度はまだまだ低く、大変なようです。

そこで、すでに世界市場での販売網を整備し、ブランドも定着させているライバルを凌駕するには、さらに新しい仕組み(ビジネスモデル)が必要になるだろうと真鍋氏は予想しています。「創業経営者である柳井氏が、同社の成長に必要なシステムをつくり、それを推進する人材にエネルギーを与え続けることができるか否か、同社としても正念場を迎えつつあると言える。」と書いています。やはり人材育成がキーワードのようです。

前身である“メンズショップ小郡商事”を、現社長の柳井正氏が91年にファーストリテイリングに社名変更しました。ファーストリテイリングとは、素早い(ファースト)、小売り(リテイリング)を目指しているという意味だそうです。そして、常識を超え、世界を変えることを念頭に置いた経営を行うことを標榜しました。その考えは基本的には変わらないと思いますが、その手法は次第に変化してきた気がします。

よい関係

 子どもにとっての「愛着関係」の重要性はよく取り上げられることですが、私は、その捉え方に若干の食い違いがあるように思います。それは、一つは実験の結果からの分析により、どの点を重視するかということにあると思います。以前のブログでも私は「愛着障害」について何日にもわたって書いたのですが、その主な研究は、ジョン・ボウルビイとメアリー・エインズワースが発展させてものです。しかし、それは1950年代から1960年代にかけての研究で、戦後の爪痕がまだまだ残っており、また、経済成長の中で、多子社会で生まれた子どもたちは、ある意味で親から関心を持たれなかった、または、関心を持つ余裕がなかった親のもとの子どもたちが多い時代でした。ですから、私は、今の時代においてもう少しこの理論を発展させるべきだと思っています。また、では、愛着形成のできていない子どもは、あきらめないといけないかということです。ただ、事実だけを研究するだけでなく、直接子どもと接している私たちとしては、何したらよいかという方向性の研究も大切だからです。

 1870年代になると、サンフランシスコの心理学者アリシア・リーバーマンがその研究をつないでいきます。彼は、エインズワースの指導の下、乳児の相手をする母親を撮ったビデオテープを見て解析したり、母親のどのような行動がアタッチメントの安定を促すかを観察したりして長い時間を過ごします。その中から、彼は「人格の発達」を表わしたエゲランドとスル―フの研究を高く評価をしていますが、二つの重要なアイディアが抜け落ちていると指摘しています。

 その一つは、研究の対象にした地域性があるのではないかといいます。多くの親にとってその地区では、子どもとの安定した愛着関係を結ぶのは非常に難しいという事実への認識が欠けているというのです。彼は、「よくあるのは、母親の人生を取り巻く環境が、本人のもともと持っている対処能力ではとても太刀打ちできないケースです。」と言っています。その地区のある母親の言葉を引用しています。「ひどく貧しかったり、絶えず先々への不安があったりして打ちのめされているとしたら、そんなときに安定した関係を育む環境を作ろうだなんて、スーパーマンでなきゃ無理」と言っています。さらに、母親自身の過去の愛着関係の欠如が子育てをより困難にしている可能性もあります。このことはその他の研究でも明らかになっていることだそうですが、あたらしい母親が子どものころに不安定な愛着関係を経験している場合には、自分の子どものために安定した育児環境を整えるのが飛躍的に難しくなるのです。

 もうひとつの点は、過去の心的外傷やアタッチメントの不全は克服できるという事実の研究が十分に強調されていないことであると言います。彼は、不安定な愛着関係を生む接し方を、健全に機能する安定した関係を育む接し方に変えることは可能だというのです。この二つの指摘は、私にとっては非常に重要です。研究対象が限定された地区で行われたことの偏りは、研究対象が限定された時代での研究の偏りを示唆しています。また、最近どの園に行っても、悩みは保護者への支援です。どのように保護者と子どもとの関係を望ましいものにしていくかということです。親子の関係の距離感は、難しいものです。

 では、それをリーバーマンは、どのように提案しているのでしょうか?

子どもの内的世界

 以前のブログで紹介したジャレド・ダイヤモンド氏の伝統的育児の中で、間違った国家主義の西洋化の中での育児方法が指摘されていました。その中で、親へのアドバイスとして、「子どもが泣いた時に抱き上げたり、なぐさめたりして“甘やかす”のはやめなさい!」という育児法が推奨されたことがあったと書かれてあります。これは、1950年代くらいに児童発育の分野では主流だった「行動主義」によるものです。

 行動主義とは、子どもの発達は機械的に進むという考え方です。科学的な解明が進むと陥りやすい考え方です。子どもの内的世界はたいして深くなく、乳幼児が母親を慕うのは、栄養や快適さを求める生物としての必要性からで、それ以上の意味はないと考えるのです。

 しかし、トロント大学の研究者メアリー・エインズワースは、1960年代から1970年代にかけての一連の研究で、生後1か月ほどのあいだ、泣いた時に親からすぐにしっかりとした反応を受けた乳児は、1歳になるころには、泣いても無視された子どもよりも自立心が強く積極的になったのです。そして、それは就学前の時期にも同様な傾向が続いたのです。つまり、幼児期に感情面での要求に対して親が敏感に応えた子どもは自立心旺盛に育ったのです。それは、イギリスの精神分析医のジョン・ボウルビイとの主張により、「アタッチメント」と呼ばれました。

 しかし当時、幼少期の愛着関係が生涯にわたる影響を生むというエインズワースの主張は、一つの理論にすぎませんでした。その後、様々な人によって、この愛着の研究がされていきます。その集大成ともいうべき名著が、「人格の発達」です。この本は、幼少期の母子関係の長期効果に関する包括的に評価したものです。その発見によると、アタッチメントの分野は決定的な運命ではないとしています。しかし、多くの子どものケースで、“慣れない状況”やその他のテストでわかる満1歳時点での愛着関係が、その後の人生を広範囲にわたって予測できる指標になっていることは確かなようです。アタッチメントの安定した子どもたちは、人生のどの段階でも社会生活を送るうえでより有能でした。就学前も友達とうまく遊ぶことができ、児童期にも親密な友人関係を築くことができ、思春期の複雑な人間関係もより上手に切り抜けることができるのです。

 これらの研究結果は、ミーニーがモントリオールでラットを使って行った研究の結果と非常に似ていることは容易にわかります。どちらのケースでも、子どもが生後間もないうちに親として特定の役割を果たした母親が一定の割合で存在していました。そして、母ラットが子ラットになめたり毛づくろいをしたりすること、人間の場合には、幼児のサインに敏感に反応することなどが、子どもたちのあげる成果に対して強力で永続する効果をおよぼしている点が共通しているのです。人間でもラットでも乳児のうちに適切な世話を受けた者は、のちに、より好奇心や自立心や自制心を持ち、障害にもうまく対処できるようになるのです。

 そして、幼少期の育児における母親からの注意深いケアが、ストレスから身を守るためのレジリエンスを育んでいくのです。人生において普通に起こりうる困難な事態に直面した時、何年もあとになってからも、オープンフィールドテストや、幼稚園での我の強い子どもとのけんかなどからわかるように、人間もラットも同様に自分なりの主張を行動に移し、自信をもって前に進むことが出来たのです。

無視

 神経科学の世界では、ミーニーをはじめとした神経学者たちの発見は、大騒ぎになりました。母ラットがなめたり毛づくろいをしたりすることで与える影響は子ラットのホルモンや脳内化学物質の範囲にとどまらないことが立証されたからです。もっとはるかに深い領域、遺伝発現の制御にまで影響が及ぶのです。生まれて間もないころの子ラットへの毛づくろいは、DNAの制御配列への化学物質の結合に影響するのです。毛づくろいによって、ストレスホルモンを処理する場所、つまり海馬をコントロールする分節に「スイッチが入る」ことがわかったのです。

 少なくともラットでは、ほんの小さな親の行動がDNAに対して持続的な効果をもたらすことが実証されたのです。それが、人間にも起こるのかということを、ミーニーのチームは人間の自殺者の脳細胞を使った実験を行い、検証しました。子どものころに冷遇され、虐待された自殺者から採取した細胞と、そうした経験のない自殺者から採取した細胞を比較し、海馬で起こるストレス反応に関係するDNAを検査しました。しかし、この実験では、確かにラットと同様な場所にメチル化の痕跡が見つかったものの、その効果は正反対だったのです。

 この自殺者の研究は非常に興味深いものであったのですが、人間のストレス処理機能に親子関係の影響が及ぶことを決定づけるものではありませんでしたが、その後の研究に多くの刺激を与え、もっと堅固な証拠も見つかりはじめているようです。

 ニューヨーク大学の心理学者クランシー・ブレアは、環境上のリスクが大きいのは、母親が無関心だったり、無反応であったりした場合だけだということを発見しました。母親の反応の感度が高ければ、環境上の要因が子どもに与える衝撃はほぼ消えてなくなることがわかったのです。言い換えれば、質の高い育児は逆境による子どものストレス対応システムへのダメージを和らげる、強力な緩衝材として働くのです。次第に、私たちのやるべきことが見えてきます。子どもにとっては、親が勿論重要なのですが、それに代わる養育者でも十分とそれに代わることができます。しかし、それは、質の高い育児でなければ、幼いころに受けた逆境によるストレスからのダメージを除くことはできないのです。

 これらの研究、主たるデータとして3種類あります。ひとつは、幼児からの累積されたリスクの値です。このリスクには、様々なことが考えられます。近所の騒音、家庭内の軋轢、それらをすべて考慮します。次に、アロスタティックの負荷の測定値です。これは、血圧、尿内のストレスホルモンおればる、肥満度などを含んだものです。そして、母親の反応の度合いです。この度合いを測るために、母親に関する質問への子どもの回答と、母子で一緒にジェンガというおもちゃで遊んでもらい、研究者が観察した結果を総合したものです。この三種の関係性を、以前紹介した「サイモン」でワーキングメモリの実験をしたエヴァンスが、20年近く中学生を対象に研究を続けてきました。

 その結果、ほぼ予想通りの発見でした。環境上のリスクの値が高いほどアロスタティックの負荷の値も高かったのです。しかし、母親が子どもに特別な関心が寄せられていた場合には、家の中が過密であるとか、困窮しているとか、家庭内に騒動があるなどといった環境からくるストレス要因は、すべてないも同然の結果だったのです。簡単に言うと、ジェンガのゲームの最中に母親が子どもの感情の動きに敏感だったら、子どもが人生で直面する苦境がアロスタティック負荷に影響を及ぼすことはほとんどないのです。

 では、暴力を受けて育った子どもと、無視されたりやる気を挫かれたりした子どもとどちらの方が人生において苦労するのでしょぅか?また、特別な家庭教師や個人指導を山ほど受けさせるようなスーパーママの子どもは普通に愛されて育っただけの子どもよりもずっと人生を楽に送ることができるのでしょうか?