手づかみ

 食べ物を食べる時の道具としては、スプーンやフォークと比べて箸は万能に近い気がします。それは、箸の動きが手の指の動きに似ているからかもしれません。ということは、どんな食事道具よりも万能なのは、手かもしれません。以前、インドに行った時に、手で食べる文化を紹介しました。それは、ある保育園で、乳児が手づかみで食事をしようと動かした手をはたいて叱るということを聞いたからです。手で食事するのは、野蛮で良くないと思っているからでしょう。「キッチンの歴史」の中の6章食事の中でも手で食べることについて取り上げています。

 「歴史とは、理に適っていないことと定義できる。だから、素手で食べることに対する偏見は、実のところあまり根拠がないとわかっても驚くことはない。食物に手で触れるのは不潔なしるし、手で食べるのは不作法な証拠。この二つの偏見をよくよく検討してみると、根拠のないことがわかります。」と言っています。

 事実、ナイフやフォークやスプーンがないからといってマナーがないわけではないと言います。一貫して手で食べようとする人々の間では、入念な手洗いが食事のしきたりになっているからです。それを、こんな例を挙げています。「ヘンリー8世が手づかみで食べたのは下品なテーブルマナーだと笑い種になっているが、それでもサンドイッチを食べる多くの現代人に比べれば、国王は衛生とエチケットにはるかに心を砕いていた。国王の肉を切り分ける侍従は専用のナイフで食卓からパンくずを払っていた。介添えの侍従がナプキンを用意し、王の衣服から食物のくずを払い取った。食事の最後には、貴族が跪いて水盤を差し延べ、手についた食物の汚れを洗い落とした。ヘンリー王の手づかみの食べ方を笑う私たちのうち、食事中に王の半分ほども清潔を保つものがどれだけいるだろうか。」

 原始の時代は別として、食道具が発明されてなお手で食事をするのは野蛮だということではなく、手が食道具であるとしているのは、それなりにルールなり、作法があるからでしょう。その一つが、手で食べる食文化では、人々は清潔に対してきわめて敏感な傾向があるようです。古代ローマ人は、頭のてっぺんから足のつま先まで洗ってからディナーの望んだのです。砂漠地方のアラブ人は砂で両手をこするそうです。今日多くのアラブ人はフォークとスプーンを使いますが、伝統的な中東の食事の前には、招待客はソファーでもてなしを受け、そこで手を洗うようです。

 手で食事をする人は、どの指を使うかにも気を遣います。左手は、トイレで使用する「不浄の」手なので、食事の際使わないということをインド報告の時に書きましたが、右手のどの指を使うかにも制限があります。食物を手でつかむほとんどの食文化では、親指、人差し指、中指だけを使うのが礼儀正しいとされています。みんなで取り分ける料理の皿からあわてて自分の分を取るのは良くないとされています。食物を咀嚼し終わらないうちに、次の食物を噛み始めるのも行儀が悪いのですが、このルールは、ナイフとフォークのマナーにはないそうです。

 しかし、手で食べることのできないものがあります。それは、熱い食物です。たしかに、手で食べる文化では、ホットプレートやジュージュー熱い食物に対して、あまり愛着がないそうです。