「キッチンの歴史」の著者は、イギリスのオックスフォードで生まれ、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで博士号を取ったビー・ウィルソンさんです。彼女は、現在、サンデー・テレグラフ紙に毎週、食に関するコラムを寄稿しています。ということで、食の道具は、イギリス人から見たものになっています。そんな欧米人が、初めて「箸」を見たときの印象を、「編み針を持ったサルよりも私たちは滑稽に見えたことだろう。」と書いています。

 この印象は、アメリカ人が、1819年に初めて中国で中国料理を食べたときに記録された、その場にいた人物の一人の所感だそうです。その時の接待で、次から次へ運ばれる御馳走を前に、用意された棒状の道具で御馳走を口に入れようと悪戦苦闘します。ナイフとフォークで食事をする西洋人が初めて箸を前にすると、不器用な子どものようになってしまうと言います。箸を使う能力は、読み書きの能力のように大切な技術であり、習得するのは楽ではありませんが、中国、日本、韓国で社会の一員として生きていくには、必須の技術だと言っています。

中国の子どもは、2,3歳まではスプーンを使っても構わないが、それ以降は、箸の端に輪ゴムを巻きつけて、輪ゴムで縛った部分の間に小さく折りたたんだ紙ナプキンを挟んだ即席のトングのような形の箸を持たされるかもしれないと書いています。しかし、中学生ともなると大目に見てはもらえません。箸が巧みに使いこなせるのは当たり前の年頃だからです。作法がおかしいと親のしつけが疑われてしまうのです。この事情は、同じく箸を使うことが、日本の文化だと思っている日本でも同じようです。特に、私の園がある新宿では、箸を使うことは日本人として大切なこととして、早い時期から、2歳になったころから講師を派遣して箸指導を行うようと言われていますが、私は、手首の発達としては、あまり早い時期からは無理だと思のですが。

現存する箸はかなり古く、殷墟から発見された、紀元前1300年頃の青銅製のものだそうで、3000年前から使っていたようです。その後、箸の素材はいろいろとつくられます。もちろん、貧しいものは、木や竹で作られたものですが、富める者は、青銅のほか、象牙、翡翠、繊細な漆塗りなどでした。その中で、宮中では、銀製の箸が使われたのですが、銀は、一見、贅沢なものというイメージがありますが、銀は重くて、熱が伝わりやすいために、熱い料理には熱くなり過ぎ、冷たい料理には冷たくなりすぎます。さらに、銀は摩擦が低いので、食物がつるつる滑ってしまい、食物がつまみにくいので大変です。それなのに、宮中で銀製を使っていたというのは、ほかの理由があったようです。銀は、ヒ素に接触すると黒くなります。そこで、食べ物に毒が盛られていないかを確かめる狙いがあったのです。

しかし、しだいに銀製は使われず、陶器の箸を使うようになります。それは、食とは、毒見をすることが優先するものではなく、おいしい食事を堪能していると表現することこそ、極東のテーブルマナーの極意であるからです。陶器の箸を使った方が、食の喜びを表現しやすかったというわけだと言います。

中国から日本に伝来した「箸」の文化は、中国でまだまだ文化に影響していきます。