桃から豆

 昔話には、深い意味があります。例えば、最近映画になった「かぐやひめ」伝説にも、ずいぶんと深い意味があるようです。また、「桃太郎」の話にも深い意味があります。最近、桃太郎が最後に鬼が島から鬼の宝物を持って帰るという部分を取り上げて、他人のものを取り上げるのは泥棒だということで、鬼が盗んだものをもとに返すという設定にしたりしています。

 しかし、そもそもなぜ、桃から生まれなければならなかったのでしょうか?桃から生まれて桃太郎が、なぜ、鬼退治に出かけたのでしょうか?平安時代、天文暦学の道に精通し、さまざまな奇跡を起こした陰陽師・安倍晴明を祀る晴明神社の境内には、「厄除桃」があるそうです。桃は、陰陽道では魔除け、厄除けの果物とされているからです。桃は、不思議な果物です。

 中国では古くから「長寿」の効力があると思われてきました。それは、桃の実だけでなく、中国では桃の花びらを浮かべた水を飲みますが、それは花びらが流れてくる川の水を飲んだ者が三百歳まで生きる事が出来たという古い話からきているようです。また、世界の果てに大きな桃の木が生えていて、木の上の番人が、隙間から悪い鬼が入ってくるのを取り締まっているなどという話もあり、邪悪な物は桃を嫌うと考えられていたようです。これ以外に、桃はその形・文字・実の成り方などから「豊穣」や「多産」をも意味すると言われています。

 日本では、どうでしょうか?古事記や日本書紀に桃が出てきます。イザナギが亡くなったイザナミをたずねて黄泉の国に行ったところ、あまりの醜さに驚いて帰ろうとしたところ、イザナミは、八種の雷神と千五百の黄泉つ軍に追わせます。いろいろなものを使って逃げようと、やっとあの世とこの世の境にある『黄泉つひら坂』にたどり着きます。「そこには一本の桃の木が生えており、まだしつこく追ってきている軍勢に、その桃の実を三つ取って、ぽんぽんぽんと投げました。すると不思議なことに黄泉の軍勢たちは皆、桃を嫌ってザーッと逃げ帰りました。命びろいをしたいざなぎはその桃に向かって、「わたしを助けたように、この国で苦しい目にあって悩んでいる者がいたら、これからも助けてあげなさい」と言い、この邪気を払う桃の木に『おほかむづみの命』という名をさずけられたのでございます。」とあります。

 この神話から、「桃=魔除け」と言う思想が日本にもあったことがわかります。ですから、厄(邪気)である鬼を追い払うのは、桃から生まれた桃の精でなければならないのです。実際に、桃は漢方では欠かせないもので、種子は「桃仁(トウジン)」と言われ、血液の循環を良くし、血栓の形成を防いでくれる働きがあるといわれています。消炎・抗菌・鎮痛等の効果もあってよく婦人薬には処方されるそうです。また、桃の実は、肌に潤いを与え美容に良いとされています。葉の方も、乾燥させてお風呂に入れれば、アセモや湿疹に良いとされ、日焼け後の肌の赤味を抑える働きもあるようです。このように、中国では、桃の木には、体の中の悪いものを取り除く力があるとされています。それが日本にも伝わって、ひな祭りの時に、桃の花が使われるようになりました。

 室町時代になると、それまで悪魔を払う力があるとされてきた桃への信仰がすたれ、変わってでてきたのが大豆でした。そして、武家社会の発展、これに続く庶民の文化の発達により豆による追儺が広がります。そして、節分に豆を撒いて悪魔を祓う事は、江戸時代になって盛んになります。豊かな蛋白質を有するのが大豆を炒ったものを「鬼打豆」と称し、節分に豆を撒いて悪魔を払うようになったのです。