目に見えないもの

日本の神の中に「むすび」という名前のついた神がいます。古事記の最初の部分には以下のように書かれています。「天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天原(たかまがはら)に成りませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。此の三柱の神は、並独神(みなひとりかみ)成り坐(ま)して、身を隠したまひき。」このように世の中のはじめには、ムスビの神さまがいましたと記されています。

「むすひ」は、神道における観念で、天地・万物を生成・発展・完成させる霊的な働きのことです。核と電子が結びつくと原子ができ、原子同士が結びつくと分子ができるというように、世の中すべてのものはこのモノとモノとを結びつける力(ムスビの力)によって成り立っていると葉室頼昭宮司は言います。そして、ムスビの力には中間子のように、波動から物質へと、「目に見えないものを目に見えるものにする力がある」わけだともいうのです。それを知ってか知らずか、古事記には、天地の始めに天之御中主神が現れ、次に高御産巣日神が神産巣日神とともに高天原に現れ、一対の神格として男女の産霊(ムスビ)の神とされました。この産霊は、子どもを産むということではなく、霊を産むということで、世界にあまねく満ちている”ものを産み出す生成力”を神格化したもので、名前の「産霊」は生産、生成を意味することばで、読み方が「ムスビ」なのです。

すなわち、宇宙の始まりの時点、天も地もなく混沌として、まだこの世界の形がなかったころ、初めて天と地、陰と陽がわかれ、高天原が創造され、それと同時にその中心に現れたのが天之御中主神。次に高御産巣日神、次に神産巣日神が現れ、世界を結んでいきます。その名前にある「産巣(むす)」は生じる・生成するということであり、「日(ひ)」は御霊のことであり、「高」は天、を表しています。「高」、「御」は敬称で、崇高で神聖なる生成の霊力の神ということです。
具体的には、高御産巣日神は、様々なものを産みだします。豊穣を祈る皇室の祭祀である大嘗祭のときに神聖な稲穂を収穫する斎田の傍らに祀られたり、春に豊作を祈願する祈年祭に祀られたりすることから、豊かな収穫を産みます。また、「日本書紀」の顕宗天皇の条に、その事績として「天地を鎔造した功あり」と記されていますが、鎔造とは金属を溶かして型にはめてものを作ることであり、金属を鍛造して農具や武器などを作り出す文化を司る神格でもあるのです。

 また、神話のなかで高御産巣日神は「天孫降臨」「国譲り」「神武東征」などの場面にしばしば登場します。これらからは、人と人を結びつけることに東奔西走していたことが窺えます。それは、時として非常に政策的な作戦とも見え、政治の司令塔のような役目をしたり、戦略結婚を仕掛けたり、先まわって根回しをして平定を画策したりします。有名な、大和に信仰した神武天皇が神剣を掲げ、そこに八咫烏が止まるという逸話がありますが、実は、高御産巣日神が神剣をわたし、八咫烏を派遣するなどして大和政権樹立の偉業達成を援助していたのです。

 この神を祀った神社には、男女の縁むすびだけでなく、人間関係を上手に結ぶため、コミュニケーション力を増すためにお祈りしてもいいかもしれません。