神事

 昨日は節分でした。園では、子どもたちの泣き声が聞こえてきました。鬼役を頼んだ専門学校の学生さんに、最近の子どもたちは怖がるのでソフトにと言ったにもかかわらず、ずいぶんと泣いていました。私の2歳になりたての孫も園から帰ってきて、泣いたと言っていたそうです。鬼に何かされた経験がないのに、どうして怖がるのでしょうか?

 また、神のことをブログで書いていて、節分のいわれはよく聞くのですが、どうして神社で豆をまくのでしょうか?私が育った地域では、鳥越神社に有名人が来て、台の上から豆をまいたり、お菓子や、商品の引換券などが巻かれ、子どもの頃必死で拾ったものでした。2006年2月2日のブログで当時の思い出を書きましたが、なぜ、神社で行われたかは取り上げませんでした。日本の神のことを書いていて、ふと不思議に思いました。

 節分は、冬が去り、春がくる事を「一陽来復」といい、その新春を迎える神事が節分祭であるということはよく言われます。しかし、実は、節分は大祓の神事だったようです。大祓は、日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れ、そのほか、災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。その年々の節目におこなわれる大祓は、罪や穢れを祓うとともに、定期的に自らを振り返るための機会として行われたのでしょう。

 また、この行事は、記紀神話に見られるイザナギノミコトの禊祓を起源とし、宮中においても、古くから大祓がおこなわれてきました。そこで、中世以降、各神社で年中行事の一つとして普及し、現在では多くの神社の恒例式となっているようです。同様に、六月の大祓を「夏越の祓」と呼んで、大祓詞を唱え、「ひとがた(人の形に切った白紙)」などを用いて、身についた半年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅や藁を束ねた茅の輪を神前に立てて、これを三回くぐりながら「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶというなり」と唱えます。また、十二月の大祓は「年越の祓」とも呼ばれ、新たな年を迎えるために心身を清める祓いです。

 そして節分の豆撒きは、昔の追儺(ついな)または鬼儺(おにやらい)といい、これも大晦日の夜、疫鬼を祓うために宮中で行われた儀式から来ているようです。これは疾病の鬼に扮した人を追い払うもの。その起源は中国で、周の時代、方相氏という官職の者が、4つ目の大きな面をかぶり、赤い着物をつけ、矛と盾を持って、悪魔を祓ったそうです。そして、漢の時代には、これに桃の弓にいばらの矢が加わり、赤頭巾をつけた沢山の子どもが参加するようになります。これがそのまま日本に持ち込まれたそうです。朝廷では大舎人寮の舎人が 鬼の役になり、大舎人長が4つ目の面をかぶり矛と盾を手に赤装束で、方相氏の役目をし、この後ろには百人の子どもがしたがったのです。方相氏が鬼儺の詞を唱え、矛と盾を三回打ちます。すると群臣が唱和して桃の弓、葦の矢、桃の枝でもって、内裏の四門をめぐって、逃げる鬼を追い回し、退散させたというものです。

 現在、行われている豆まきとはずいぶんと違います。このように方相氏が主役を勧める追儺は、平安初期から盛んに行われていたそうで、文献に多くその様子が残っているようです。しかし、どうして桃から豆に変わっていったのでしょうか?そこには、また、古事記が登場します。

神事” への8件のコメント

  1. へぇ~、『古事記』は追儺式にも関わっているのですね。「桃から豆に変わっていった」いわれ、とても興味がありますね。明日のブログが楽しみになりました。さて、私の叔父が神道系の新宗教教団を立ち上げてもう20年以上が経ちますが、私ども夫婦もその教団のことに関わっており、私はもっぱら祝詞の解釈担当、家内は祝詞清書担当、と結局、2人とも『祝詞』に関わっています。そして全ての『祝詞』に共通するのが「祓えたまえ、清めたまえ」です。私どもの罪・咎・穢れを祝詞の力によって祓い清めるのです。この儀式は神主の技で、いくら『祝詞』の作成に関わっている私でもできることではありません。本日立春大吉の日は残念ながら昨日までの温かさとは打って変わって寒くしかも午後には雪も降る天気の日でしたが、「一陽来復」と聴くと、何だか心が晴れ渡ってきますね。本日から新しいサイクルが始まりました。暦によると私は本年は「総身六三」とどうやら厄年のようですから、お祓いをしてもらわなければなりません。お祓いをしてもらいながら、しかし迫りくる悪気に翻弄されないようわが心身を客観的に捉えなければなりませんね。昨日は子どもたちに交じって私も豆をまいて邪気祓いをしました。本年も息災でありたいものです。

  2. 何かのヒントになればと思い、今「和のしきたり」という本を読んでいます。ちょうど今日、読んでいた部分が夏越の大祓の話でした。今日は春分の日ですが、昔の人が季節を細かく分け、その節目、節目を大切にしてきたことが伝わってくるように感じます。本の中で「なごし」は、邪心を鎮める「和ごし」という意味を込めたという説があると書いてありました。私自身もそのような邪心がどうにかならないものかと悩むことがよくあります。もっと素直に生きたい、邪心がなければ、もっと楽に生きられるのだろうかという思いにかられることがあります。当時の人はどんなことを思いこの邪心を鎮めていたのですかね。また、茅の輪も須佐之男命に関連するものでもあり、石見神楽では須佐之男命が茅の輪を持つ演目もあり、私も子どもの頃に何度も手にしたことがあります。その茅の輪にそのような意味が込められていたことは知りませんでした。このような日本の姿をどう保育と繋げていけばいいのか悩んでいます。本質を理解していないので、なかなか思い浮かばないのだと思います。桃から豆に変わっていったことに古事記が登場するのですね。また、明日が楽しみです!

  3. 先ほど、先輩保育士と「子どもは鬼を見たことがないのにどうして怖がるのか?」について少し話しました。お面という物が不気味なんじゃないか、表情が変わらないからではないか、常に怒っている顔だからではないか、などの意見は出ましたが、真相がわかりません。また少し考えてみたら、「社会的参照」の話を思い出しました。赤ちゃんが、視線の先にある物が何かを確かめる時、信頼している人の表情を見て判断するという話と関連しているのかもと感じました。大人は、“鬼は怖いもの”という刷り込みのもと、鬼が現れたら少なくとも、普段とは異なった反応をしてしまいます。そんな表情を見て、初めて鬼を見た子どもが怖がっているということもあるのかもしれません。節分という行事も、「追儺(ついな)や鬼儺(おにやらい)」という儀式が始まりということ、そして4つ目のお面であったことなど、実に知らないことばかりです。

  4. 豆まきには諸説あるようで、まだまだその意味を理解し切れていません。昔から伝わっている文化がどのような意味で受け継がれてきたかを学んでいくことは、とても大切な作業なんでしょうね。意味が分かり切らないとしても、この作業をやめてしまったときに文化が途切れてしまうようにも思います。次の話もしっかりと受け止めさせてもらいます。ちなみに鬼と豆まきについて、豆をまいて地面に落ちた時にパラパラと音がしますが、あの音が鬼の精霊の足音を表しているという話を聞きました。面白く興味深い話はまだまだたくさんあるんですね。

  5. 豆まきは諸説ありますね。こちらでは京都の宮中に対して、僧兵の住む寺が鬼門に当たる方角にあり、そこから攻めてきたことから始ま、そこになぞらえてという話もありました。その方角が干支でいう牛と虎の方角であったため、頭には牛の角で虎柄の腰巻きをはいていて、その形相は怒る僧兵の顔からきているという話でした。また、豆は「魔(ま)を滅(め)する」ことから無病息災を願うことであり、煎った豆を投げるのは「魔の芽が出ないように」するためこの形になったそうです。と、その諸説を調べていくといろんなところが見えてきますね。ただ、その行事を淡々と過ごすのではなく、こういったことを知ることは文化の伝承にとって大切なことですね。

  6. 節分の思い出と言うと幼稚園の頃を思い出します。自分たちで鬼のお面を作って、鬼役を交代して豆を撒いていました。あとは家で母親に豆を渡されて家中に豆を撒いて、最後は玄関に撒いてねと言われて、行っていました。確かに節分の由来を聞くとずいぶんと違っているのですね。よく先生が子どもたちに話す内容で、自分の心の中にいる悪い鬼を退治するという話しをしています。節分をはじめ神事に関することは自分を清めることを目的にしているようにも思いますし、そして厄年には神社でお祓いをしてもらいます。日本がそれだけ神様を大切にしている文化ということが分かります。ただ、その大本を知ると節分のように違っていることが多く、時代に合わせて変わってきたのかもしれませんね。

  7. 日本という国がいかに神事というものを大事にしているかがわかります。しかし、なぜ子どもだちは見たこともない鬼を見て恐がるのでしょうね。不思議なことです。節分は大祓の神事ということで年の節目の一つとして罪や穢れを祓うとともに、定期的に自らを振り返るための機会として行われたのですね。やはりそれも日常の生活からのメリハリをつけるためでもあったのでしょうか。そういった神事がなければ確かに自らを振り返る機会もなくお祓いを受けたりもしないかもしれませんね。神事を重んじているからこそこういった行事が多く存在していることがわかってきますね。節分の豆撒きを掘り下げることで知らないことが多く出てくると共にどこに繋がっていくのかという興味も湧いてくるように思います。

  8. 言われてみれば確かに不思議ですね。今まで、豆まきの話は、「まめに邪気を払う意味を込めている」「柊鰯の魔よけ」など色々聞いたことがありましたが、「なぜ神社で豆まきを」というのは考えたこともありませんでした。
    鬼の存在についても、「なぜ怖がるのか」と考えてみたのですが、他のコメンターの方が「社会的参照」について書かれていて、なるほど感じました。同時に、昔のブログを振り返り、遺伝子的にも、生きるために初めて見るものは警戒するという能力もあるのではとも感じました。
    色々なつながりに気付けることはとても楽しいことですね。

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