夢を持つ

 保育園を卒園するときに、卒園児は将来なりたい職業を言います。その内容は何度かブログでも取り上げたように、時代によって変わってきています。それは、職業の変化というよりも、親の職業が見えにくくなっているせいか、特に男の子ではバリエーションが少なくなってきている気がします。ですから、男の子は、子どもたちが知っている職業であるスポーツ選手が多くなります。それにしても、子どもたちが夢を語るはいいですね。

 しかし、実際に子どもたちは夢の職業に就くことができているのでしょうか?「子どもの頃の夢と職業比較調査」(2012年、モッピーラボ調べ)によると、小学生のときになりたかった職業に、実際に就けたのは6人に1人。さらにその中で、現在も働き続けているのは10人に1人というデータのようです。これでみると、小学生のときに憧れていた職業に就けているのは約6人に1人はいますが、その後も働き続けるとなると、さらに確率は減ってしまいます。ちなみに、なりたかった職業は20~50代トータルで見て、スポーツ選手、芸能人・タレント、漫画家・イラストレーター、パティシエなどが多かったという結果が出ています。

では、なりたい職業の夢を見ることは、意味がないのでしょうか?また、もし夢を持つことで勉強に意欲や動機づけとして意味があるとしても、その道に挫折した時には、違う職業に就くことになった時に、それまでの努力は無駄になるのでしょうか?教育学者の高橋さんはこんな例を示しています。「キャリア教育は、意欲と動機付けを行う教育という以外に、もう一つ大きな利点があるのです。私の息子は車が大好きで、車や乗り物に関する本を読んだり、一緒に車に関わる博物館へ行ったり、レースを観に行ったりしています。彼の中には、車が好きになったとき、どうやってその周辺の情報を得るのか、どうやって車に関する世界を覗くことができるのか、といったノウハウが蓄積されているのですね。」このようなことが、意欲や動機付けとなります。しかし、挫折した時に、それまでの取り組みがこんな意味を持ちます。

「例えば、彼がレーサーに憧れているとして、その道に挫折しても、彼には車に関わるその他の仕事の知識もありますし、全く違う世界を志しても、どうやって情報を収集するか、その道へ進むにはどうすべきかを考える力が育まれているわけです。キャリア教育を小さい頃から行うといい理由はまさにここにあります。壁にぶつかっても、ほかの手段をとったり回避したりする能力を身に付けさせることができるのです。キャリア教育の中で、子どもの創造性を伸ばすことができるのです。車が速く走るためにどんな条件をそろえるべきか、小学生ながらスラスラと答えたときは驚きました。本人は乗り物の本やライト兄弟の伝記などに書いてあったと言っていましたが、好きなことに関する子どもの感度には素晴らしいものがあるんですね」

 キャリア教育には、様々なものが生まれ、身に付くようです。社会に貢献する意欲も生まれます。また、意欲だけでなく、挫折から立ち直る術も教えます。創造力もつけることができます。では、目指す夢のある子どもは意欲を持てるでしょうが、夢のまだない子どもに対しては、どうしたらいいのでしょうか?

夢を持つ” への12件のコメント

  1. 私の小さい頃の夢を思い出しました。いくつかあったのですが、やはり一番印象に残っているのは「昆虫博士」です。昆虫を採取するのも好きでしたし、何より昆虫図鑑を見るのも大好きでした。小学生の頃になりたかった職業に就いている人で、現在も働いている人は10人に一人なのですね。これが少ないのか、多いのかは分かりませんが、よく「夢と現実は違う」という言葉を聞きます。自分も使ってしまうことがあるのですが、そんなことは言わなくてもいいことだなとブログを読んでいて思いました。キャリア教育では夢についての情報収集の術を学んだり、どうすればその夢を叶えられるのか考えたり、困難を回避する力が育まれるのですね。興味のあるものがあればそれに向っての意欲はどんどん伸びていきますね。そんな興味のあること、好きなことを子ども達には見つけてもらいたいと思います。最後に「夢のまだない子どもに対しては、どうしたらいいのでしょうか?」とありました。気になります。

  2. 「車が速く走るためにどんな条件をそろえるべきか」をスラスラと答える小学生。すごいですね。子どもと関わっていると、その子の代名詞のような、日常においてその子の多くの時間をあるものの思考に費やしていることが感じ取れます。それが、「個性」という形で表出していると捉えてしまっているのかもしれません。「夢」と関連しているかは不明ですが、「個性」となると、どうしても“こだわり”と捉えてしまいがちですが、その表出の過程には、自分の興味と好奇心によって「考える力」が付き、それらを結び付けるノウハウが形成されていると考えると、ますます夢を持つ大切さを感じます。しかし、最後の問題提起のように、夢のない子どもに対してはどうすれば良いのでしょうか。ある程度の促しが必要になるのでしょうか。気になりますね。

  3. 将来に対する夢、50歳を当に過ぎた今日この頃、夢を持つ、というより別のことを考える今日この頃、夢を持つことに年齢がないとするなら自分はどんな将来への夢を持てるのだろうか、と今回のブログを読みながら考えてみました。おそらく、そうした作業を通じてでなければ、これから何十年も生きるだろう子どもたちの夢、ということも考えられないような気がするのです。何回も当コメントにて書いたきたことですが、私自身、子どものころから将来なりたい職業像がなく、こうしたことができればいいな、とか、ああしたことができればいいな、という希望を抱いていました。そして現在もなおそうです。私が将来に対して抱いている夢・希望、それは「字がきれいですね」と言われる字が書けたり、できるだけ多くの異文化に触れたり、できるだけたくさん良い音楽を聴き、できるだけたくさん良い絵を観たり、世の中に貢献できたり、そして他人に褒められたり、・・・いろいろありますね。しかし、もっとも望むことは、わが子の成長に一日でも多く寄り添うことですかね。こうして自分自身を振り返ると、子どもたちの将来に対する夢や希望をそのものとして受け入れ、心から応援したくなります。子どものありのままを受け入れ、そしてその子どもが次の一歩を踏み出すことができるよう、将来の夢に向かって歩み行くよう、環境を用意できるようになる、ことが私たちの役割でしょうね。

  4. うんうんと頷きながら読ませてもらいました。夢に向かって取り組んでいて、でもそれが叶わなかったとしても、そこで経験したことは必ず自分の力になります。それは自分自身が体験してきて感じていることです。夢が叶わなかったときに、そこまでの経験を力に他に道を見出すことができる子になってくれるよう、私たちにできることは何としてでもやっていきたいと思います。
    少し話は違いますが、今日は我が子の授業参観の日で、自分の夢を発表していました。発表した夢は、今やっているスポーツで日本一の選手になること。そしてそれを実現するために外国へいって力をつけることも目指しているそうです。どこの国に行くのか聞いてみたですが、それはまだ決めていないとのこと。その後いろいろ考えていたようなので、これから外国のスポーツ事情なんかを調べ始める気がしています。そうやって学びは広がっていくんでしょうね。次にどんな話を持ちかけてくるかが楽しみです。

  5. 記事を拝見して、保育園の頃、なりたい職業を尋ねられて困惑したのを思い出しましました。正直言ってその頃、なりたい職業などありませんでした。

    周りの女の子たちが「保母さん」「看護婦」と答えていたので、それにあわせて「看護婦」と答えた記憶がありますが、本当は、看護婦には全く興味がありませんでした。

    結果として、現在就いているのは、子供の頃は全く知らなかった職業です。大人になるまでなりたい職業は特にありませんでした。自分が好きなこと・適性がある職業に就こうと思い、結果、今の職業にたどり着きました。

    「先生」「野球選手」「お花屋さん」…多くの子供がなりたい職業として挙げますが、世の中には実際には他にも本当に色々な職業があり、子供が知っているのはごく一部です。

    なりたい職業を最初に決めてそれに向かって努力するよりも、学業を通して自分の適性を長い時間を理解し、自分が本当に楽しい・やりたいと思えることをみつけ、そのうえで職業を選ぶというやり方も良いのではないでしょうか

  6.  小学生のころなりたかったものは「乞食」でした。当時はホームレスという言い方が一般的ではありませんでした。周りの大人達のなかで最も自由な生き方をしているように見え、あこがれていたのだと思います。また彼らの暮らしは、日の出とともに活動し日の入りとともに眠る、自然の摂理に則った生き方にも思えました。そして子どもなりに「乞食」なるには何が必要かを考え、少し練習をしたこともありました。冬に家の外で寝てみるとか、風呂に入らないとか、食べ物の好き嫌いをやめ、匂いをかいで腐っていなければ何でも食べるとか。それなりに発見もありました。ダンボール紙を敷いて寝ると暖かいとか、風呂に入らないと、自分は気にならなくても周りの人が臭くて迷惑するとか。また彼らのなかでの縄張りがあることも発見しました。
     けれどある時、彼らは食べ物や、その他の物が集まる都会でしか生きられない都会人なのだと気付きました。都会は人口的な世界で、自然の対局にある存在です。そう思ったらだんだん魅力がなくなってしまいました。私は自由で自然な生き方に魅力を感じていたのだと思います。その後、生きて行くにはまず何が必要かを考え、食べ物を作ることに興味が湧き、中学で牧場の暮らしを体験したり、高校で農業科に通ったり、その後、北海道の十勝平野で暮らしたりもしました。
     私の場合、なりたい者になれなかった挫折とは違いますが、目標を見つけて試しり、考えたりしたことは良い経験になったと思います。ただ「小学校へ通う意味がない!」と言って年単位でさぼっていた時、両親はかなり困っていましたね。

  7. ちなみに私は幼稚園の頃の夢は野球選手と言ってました。その後、具体的に将来を考えるようにもなりましたが、〇〇になりたい!と強く思うよりも、〇〇でいいかな?と中途半端な考えでした。しかし働き始めて、20代にしてやっと、ちゃんとした夢を持つことが出来たと思います。今はその夢に向かって学んでいる最中です。身近に夢を真剣に語ってくれる存在がいると、自分も共感し、自分の夢を持つようになる気がします。それは子どもにも一緒で、私たちも常に夢や目標を持ち続けることは、自分の励みにもなりますし、周りにも、子どもにも良い影響を与えると思いますし、夢を持つようになると思います。

  8. 夢を持つことで色々とプラスになることが多いことを教えてもらっています。例え夢が叶わなかったとしてもその努力は決して無駄にならないと細かいことはわかりませんが思っていました。その細かい部分が書かれていてなるほど思っています。物心ついた時にはサッカー選手が夢でしたがなるために色々調べて学んで、ワールドカップなどもじっくりと見ていました。そこで国の名前を多く覚えた気がします。サッカーが好きな子はだいたいワールドカップで覚えているような気がします。夢を追うまでの過程に様々な学びがあることに気づいていくと自分自身も夢を持つ姿を子ども達に表し、子ども達もまた夢を持ち自ら意欲的に調べ叶えようとする姿を楽しみしたいと思います。最後に書かれている夢がまだない子達にはどうしたよいのかも気になります。

  9. いくらプロスポーツ選手を夢見ても、みんながみんなイチローやセリエAの本田のようになれるわけではない。憧れは所詮憧れで終わることが多い。彼らは特に選ばれて天性の才と人の百倍の努力と精進であの地位を勝ち得たのだ。真似はできない。人生は思い通りにいかないことの方が実に多い。行かなくて当たり前の世界なのだ。挫折もする。しかし、人生の十字路に立った時に、自分なりの『別解』を見つけることができるかどうかだ。諏訪中央病院名誉院長の鎌田先生は、近著で「〇ではない△の生き方に価値を見つけよ」と語っている。〇でなければ×ではない。理想とは違う生き方は敗北と思ったら大間違いなのだ。憧れの職業につけなくても、興味を生かす道がきっとある。そこに自分にしかできない使命の舞台がきっとあるはずだ。

  10. 自分の子供の頃の夢を思い出してみると、本屋だったり、おもちゃ屋だったりと今は全く違う職種でした。ですが、その頃の意識は、今でも残っていて、ついつい楽しそうな絵本を集めてしまう所や、みんなが楽しめるおもちゃを集めてしまうという所があります。不思議というか、そんな所が、今の仕事に役立っているというのを感じます。
    ブログにある通り、「夢の職業」にはなれなくとも、そこに至るまでの知識は必ず役立つ。そして、自然とそこで得た知識が活かせる「夢の職業」に近い仕事についていくことが多いということでしょうか。「夢を持つ」というのは、本当に良いことですね。

  11. 「夢を持つ」ということは、生きる中での大きな意欲に繋がるんですね。夢が原動力になり、たとえ挫折したとしてもその経験が無駄にならないような生き方ができることが一番ですね。そのために教育するのであり、あくまで夢や目標のために勉強をしなければいけないのであって、勉強するから夢が叶うのではないということを常に心にとめておかなければいけないですね。私は小さい頃から家族柄、保育士になることは一つの目標でした。しかし、小学校のころは「保母=女性」というイメージだったので、恥ずかしくていえず適当な夢を語っていたのを覚えています。そして、いざ専門学校に通っていたときにとても感じたのですが、やはり自分の興味のあることは集中して勉強しますね(笑)そのときにとても「動機づけ」というのを身に持って感じました。夢に向かっている子どもたちにそれに向かえるように環境を用意するのは大人の役目だと思います。今回のブログを読んでると、「大人が子どもたちの夢に協力できているのか」とふと思いました。子どもたちが夢を語り、その夢に進んでいるときに、それが親の価値観や印象で、それを挫折させることもあるのかもしれません。全部の親がそうではないのですが、「子どもの幸せ」を願うがあまり、結果「子どもが不幸」になっていることは少なくないというのも思ってしまいます。

  12. 私が幼稚園に通っていたころの夢は車屋さんで、小学生になった頃にはお寿司屋さんと言っていてような気がします。今自分が働いている職種も子どもの頃に夢中になってやり、それを親に評価してもらいうれしかったことが記憶にあったので、高校生の頃に進路決めの頃に希望していた職業がダメになりかけていて迷いましたがそのうれしかった記憶があったので今の職業の道に入ったのが始まりです。私の場合ですが、興味があり夢中になって取り組んだものが多ければ、それだけの選択肢というか手段が出てきます。今の子どもたちにはいろんなことに興味関心をもってもらえるように努めていきたいと思います。

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