目覚めて動くなる

「青鞜」創刊号は、歌集『みだれ髪』や日露戦争の時に歌った『君死にたまふことなかれ』で有名な与謝野晶子の12連からなる詩「そぞろごと」から始まります。この「そぞろごと」は、女性の覚醒を高らかに、誇らかに謳いあげたものですが、私は、今こそ、子どもの権利条約をもとにして、子ども主体の世の中になるべく、世に訴える時かもしれないと思っています。特に、乳児における人権の覚醒を促すべきだと思っています。そう思って、与謝野晶子の「そぞろごと」を読むと、感動します。その一部を紹介します。

「山の動く日来(きた)る。かく云えども人われを信ぜじ。 山は姑(しばら)く眠りしのみ。その昔に於て 山は皆火に燃えて動きしものを。されど、そは信ぜずともよし。 人よ、ああ、唯これを信ぜよ。すべて眠りし女(おなご)今ぞ目覚めて動くなる。」

 女性だけで作る雑誌は前代未聞で、しかも、皆、編集に関しては素人でした。当初は「女流文芸誌」であり、女性の解放という目的もありませんでした。しかし、この創刊号は、1000部をたちまち売り切れになります。その後も購読申し込みが相次ぎ、翌年には3000部に達しました。この数字は、文学雑誌ではあり得ない部数でしたし、青鞜社には毎日のように多くの女性から感動と賛意、激励の手紙が殺到したそうです。

 この青鞜創刊号の表紙は、のちに高村光太郎の妻となる長沼智恵子が描いています。「『青鞜社』発祥の地」から鴎外記念本郷図書館(この時は工事中でした)を過ぎ、団子坂を上ると「高村光太郎旧居跡」があります。takamurakyotaku彫刻家であり、詩人・歌人でもあった高村光太郎は、彫刻家高村光雲の長男として台東区下谷に生まれますが、10歳の時にこの近くに移り、そこで育ちます。その後、父の家からここに移ります。ここには建て物はありませんが、当時、自分で設計した木造(外観は黒塗り)の風変わりなアトリエだったようです。

 智恵子は、18歳で日本女子大学校に入学します。しかし、このころ油絵に惹かれます。そこで、日本女子大学校を卒業後、洋画家の道を選んで東京に残り、太平洋画会研究所に学びます。そこで、26歳のときに、雑誌「青鞜」が創刊されその表紙絵を描くことになります。そして、その年、柳八重の紹介ではじめて高村光太郎のアトリエを訪ねています。その後、28歳の時に、光太郎の後を追って上高地に行き、一緒に絵を描き、ここで結婚の意思をかためます。翌年、光太郎詩集『道程』が刊行され、ここ駒込林町(現在の東京都文京区千駄木)のアトリエで光太郎との生活を始めるのです。このころの女性は非常に元気があるだけでなく、いろいろな分野に力があります。

 この地には、まだまだ元気な女性がいました。鴎外記念本郷図書館の手前の路地を入ると、「宮本百合子ゆかりの地」があります。miyamoto明治36年(1903年)4月、智恵子は日本女子大学校に入学していますが、のちの宮本百合子こと中条ユリが日本女子大英文科予科に入学するのは大正5年(1916年)でした。彼女は、女子大 1年の時、毎年行っていた父方の郷里である郡山市郊外の農村を舞台にした小説『貧しき人々の群』を書き、天才少女と謳われます。そして、女子大は一学期で退学し、作家生活に入ります。

 もともと、鴎外記念本郷図書館を訪れようと始まったブラヘイジでは、目的は工事中で見ることはできなかったのですが、次々と波乱万丈の女性ゆかりの地を歩くことになったのです。

青い靴下

 「ブラヘイジ」という、私が主宰(非常に私的なもの)する下町をめぐるクラブ活動について何度かブログで紹介していますが、このクラブの面白いことがいくつかあります。それは、まずなにかに由来する目的地を決めます。しかし、ブラヘイジは、幼児教育と同じで、目的地に行くことが目的ではなく、その途中のいろいろな出会いが目的です。それは、おいしい店であったり、名物であったり、よく聞く有名な店であったりします。また、東京には、その場所が、どんな由来があるかという碑がいたる所にあります。それを知ることは、いろいろなことにつながるのでとても面白いです。そして、以前訪れた場所が、だいぶ経った後に新聞とかテレビで取り上げられることがあると、「あっ、行ったところだ!」と参加した人は感動します。

 先日の新聞に村上信彦著『大正女性史』が紹介されていました。「東京都文京区の地下鉄千駄木駅から西に折れ曲がりながら続く“団子坂”。徒歩圏内に東京帝国大学があったため、明治期には数多くの学者、文化人が住んだ地域だった。坂を上り切り、50メートルほど先のマンション前の植木の片隅に「『青鞜社』発祥の地」の銘板が立っている。」と最初に書かれてありました。まさに、その通りにブラヘイジで歩いたことを思い出しました。その時に、この「『青鞜社』発祥の地」の銘板が見つからず、そのあたりを何度も行き来した記憶があります。見つからず、あきらめようとしたその時に見つけて記念写真を撮ったのです。
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 新聞の紹介にも、「ほとんどの通行人は目もくれずに歩き去っていく。しかし、ここは女性の人権を無視した男性原理社会の「山」を動かそうとした女性たちの「梁山泊(りょうざんぱく)」であり、女性解放の烽火(のろし)が上がった記念すべき場所である。」とあります。

銘板によると、「青鞜」の名は評論家の生田長江が「ブルーストッキングはどうか」と提案したことによるそうです。この青い靴下という名は、18世紀半ばごろ、ロンドンの資産家女性のサロンで男たちと科学・芸術について論じ合った女性らが青い靴下をはいていたことにちなんでいるそうです。そこで、「森鴎外がストッキングに『鞜』の字をあてたことがあるというので、『青鞜』とした」と書かれてあります。

青鞜社は、平塚らいてうの首唱で、20代の女性5人が発起人となり、明治44年(1911年)6月1日に結成されました。そして、月刊『青鞜』がその年9月に創刊されました。この創刊号に書かれたらいてうの発刊の辞「元始、女性は実に太陽であった」は有名で、女性たちの指針となりました。

それは、このような文章です。「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依(よ)って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼(あお)白い顔の月である。(略)私どもは隠されてしまった我が太陽を今や取戻さねばならぬ。」

これは、まさに、「この女性の自我宣言は、当時のわかい娘たちの胸にまさに爆弾を打ち込んだようなものであった。略 女の手で雑誌を刊行し、真向から社会の壁に挑戦して女の権利を主張するというのだから、あたかも歴史が一変するような感銘に打たれたとしてもふしぎではなかった。」(村上信彦『大正女性史』上巻)とあるような時代だからこそ、教育面でも「新教育運動」が起きたのでしょう。変えようとするエネルギーは、のちの世に影響を与えていきます。

緩やかな傾斜

 私は最近、いろいろな行事などの企画は若い人がした方がいいと提案しています。ベテランといわれる人は経験が豊富な人を言うことが多いのですが、経験豊富ということは、自分が持っている知恵が多いということであり、自分のキャパシティーというべき受容力が豊かであるということです。ですから、若い人の提案に対して、どのようにそればそれを実現できるのかということを考えることができます。しかし、逆に経験豊富な人の企画を、経験が少ない若い人が実現するのは無理があります。ですから、ベテランが、若い人に合わせるべきなのです。

 ITベンチャー経営者の猪子寿之氏は、若い人とのギャップに対して「この差は上の世代が下に近づいて埋めるしかない。僕も若い社員と話していて、彼らが何を言っているか分からないことがある。『僕らの世代は進化が遅れているから、申し訳ないけどもう少し説明して』と頼む」と言っています。自分に明確に自信を持ったものがある人ほど、人に物を頼むことができますし、わからないことを教えてと頼むことができるのです。

 そんな時には、縦方向のコミュニケーション力が必要になってきます。多くの組織では、異年齢の組み合わせによって仕事を進めることが多いからです。猪子氏は、「コミュニケーションがデジタル化される前は1人が伝達できる人数に限りがあり、階層組織や管理職が必要だった。情報社会はオープンでフラット。ピラミッド型の組織は傾斜が緩やかになる。」と予測します。いわゆる地位としての階層組織は明確にはなっていかないというのでしょう。私も、ただ年齢が高いから、長く務めているからだけではリーダーではないと言ってきました。リーダーとは、その人についていこうとする魅力がなければならないのです。それは、経験が生かされているか、人としての徳を備えているか、真摯に仕事と向き合っているかというようなことで、その人の意見を聞こうとするのです。

 ただ、年齢がいっているというだけでは、「若者は注意される理由が分からない。ならば怒られないよう何もしないでおこう、とにかくおとなしくしていようと萎縮してしまう」というようなことがおきてしまいます。「デジタル世代の感覚でつくった会社は、世界中で似ている。それは、中間管理職はいない。プログラマーやデザイナーなどがプロジェクトごとにチームを組む。情報の共有はメールのCC(同時送信)で十分。同じ職種の人同士も社内ネットで相談や情報交換をしている。このような会社は、彼らには普通。だからピラミッド型組織に身を置くとパニック状態になる。なぜ『段階』を踏んで報告を『上げ』なければならないのか、分からないから」と猪子氏は言います。

 そんな感覚の若者を、どう生かしていったらいいのでしょうか?彼らのモチベーションをどうすればあげることができるのでしょうか?「仕事で価値を生みたい、社会に貢献したいという若者は昔より多い。東南アジアでは官僚が公式の会議でもパソコンで記録をとる。技術やセンスでそうした国の若者と競り合い、勝たなければならないと分かっている。ボーカロイドの歌のように利益を求めない素人も強敵だ。強いプレッシャーを常に感じている。」

 このような若者だからこそ、「だからこそ福利厚生よりも、自分たちに合う合理的な組織や場を求めている。しかし実際の組織や上司は分からないことだらけ。目立てば非難されるので、おとなしくしているしかない。もっと寛容な組織をつくるべきだ。日本社会全体に、リスクをとらない方が得という空気がある。これでは起業も難しい」

 このような指摘は、保育園や幼稚園のように若人が多い組織では参考になりますね。

新しい民族

毎晩のように流れた冬季オリンピックが終わりました。どのくらいの国民がテレビでオリンピックを見ていたのでしょうか?それは視聴率という数字で表されますが、全体液には、若者のテレビ離れを感じます。最近は、団塊の世代を対象の歌番組を各局が放映していますが、たしかに、それらの歌は、私はほとんど一緒に歌える歌が多く、それは妻もほとんど知っています。たぶん、日本中が知っている曲が多い気がします。それは、老若男女に共通しています。しかし、最近の若い人がよく聞く曲は、どのくらいの人が知っているのでしょうか?少なくとも、私たちの世代では、知らない局が多くあります。また、若い人がよく聞く曲は、テレビで流れることは少なく、若者はテレビとは違う媒体から曲を知るようです。

その多くの媒体が、IT関連でしょう。それは、いろいろと生活や価値観を変えています。「農業革命、産業革命と並ぶ情報革命が始まり、新しい“民族”が生まれつつある。若い世代はどの国でも上の世代と価値観が離れている」と言われています。さらに、いま10代が歌うカラオケの多くは様々な人がつくりボーカロイド(音声合成ソフト)に歌わせた曲。友達に勧められ、動画サイトで聞く。世代を超えて共有しようがない。」と言わずに、「若者とは話が合わない」と嘆かずに、どう付き合っていけばよいかを考えていくのが大人です。時代は変わってきています。右肩上がりの成長を知らず、携帯電話やインターネットが当たり前の中で育ったそんな世代が、社会で一定の地位を占めつつあります。彼らとのすれ違いの原因と対策を、ふだんから若者と接するITベンチャー経営者の猪子寿之氏と人材コンサルタントの常見陽平氏が、このように日経新聞の中で話しています。

 「上の世代は会議を記録するときノートとペンを使う。若者はパソコンに打ち込む。大人の目には失礼に映るが、そのまま大画面で共有でき配布も簡単だ。若者には紙とペンの方が、情報を独占するみたいで失礼に見える。正反対だ」と言います。私の園に、最近会議室にプロジェクターを取り付けました。そこでは、パソコンに記録したもの、また資料などを無線で即座に投影することができ、参加者全員が即座にそれを共有できます。ノートや会議録に記録しても、後で回覧するしか共有できません。このプロジェクターの設置は、昨年オランダに行った時に、各小学校、また企業に行った時に業務内容を説明するときに使っていたのを見て、その効果を感じてきたからです。

 そんな最新機器を使う若者ですが、反面、コミュニケーション能力の不足も指摘されています。それについて猪子氏はどう考えているのでしょうか?「確かに対面コミュニケーション能力は低い。100ある能力のうち10しか対面での会話に充てていないから下手で当然だ。その分、ツイッターやソーシャルネットワークを使える。若い社員にソーシャルメディアでの発信を禁止する企業は損をしている。」といいます。彼らは、確かにコミュニケーション能力が不足しています。しかし、それが通信革命を起こしたのかもしれないというのです。「若者がそうなったのは時代に適応したから。肉声より通信によるコミュニケーションが社会全体で圧倒的に増えた。農業の時代を生きるには土壌の知識が必要だ。狩猟時代のままヤリ投げのため肩を鍛えても生き残れない」

 この指摘は面白いですね。人類が生き延びるために、自分の不足部分を知恵で埋めようとしてきたことと似ているかもしれません。

社会人としての先輩

 最近は、ニートといって、働こうとしない若者が増えていると言われている一方で、東北大震災の時などを見ると、ボランティアで一生懸命働く姿を見ることができます。ですから、若者もまんざらではないという人が多くいます。しかし、この二通りの若者の姿は、共通していると人材コンサルタントの常見陽平氏は指摘します。

 「社会貢献活動に関心を持つ若者が増えているのも、結果が分かりやすいから。企業活動も十分、社会に貢献しているが、見えにくい」からではないかと言います。例えば、保育者という仕事は、私からすると、非常に社会貢献をしている仕事だと思うのですが、最近は、なり手が減ってきています。そんな時、大人は若者に何を伝えればいいのでしょうか?常見氏は、「頑張れというだけでは無責任。もっときめ細かく接することが必要だ。学生は大企業の本当のすごさを知らない。具体的に現場を見る機会を設けてはどうか。大組織を率いる社長のオーラを感じたり、社員の机の上に本が載っているのを見て『社会人って勉強しているんだ』と知ったり。普通に働くことの姿を社会がきちんと伝えていない」と助言します。

 社会の先輩は、決して年功序列としての意味ではなく、若者に真摯に仕事に向かっている姿を見せることは、仕事に就こうとするためには必要なことのようです。そして、若者の機嫌を取ろうとするよりも、きちんと仕事の意味を伝えるべきです。常見氏は、若者の気持ちを聞いています。「インターンシップを体験した若者に聞くと、一番感謝しているのがしかられた体験だ。若者は成長したいと思っている。名刺の出し方や電話の受け答えを具体的に学ぶ。ただし上意下達の軍隊式、体育会式はダメ。感情的ではなく、具体的に、丁寧に説明する会社の評価が高い」

 よく、「最近の若者はダメだ!」とか、「今の若者は…」ということを聞くことがありますが、どうも刷り込みが多いようです。もしかしたら、若者をダメにしているのは、大人かもしれません。もっと、堂々と先輩の姿を見せ、話をし、きちんと教えていく必要があるようです。常見氏による若者像は、私たちが思っている姿とは違う若者像を教えてくれます。

 「就活の最中に親が飲みに連れていってくれた体験をうれしそうに語る学生もいた。仕事の体験談を聞き、働くことの現実を知ることができたからだ。世の中も会社も普通の人で動いていると分かる」こんな姿からは、仕事に就いている先輩としての父親像を見ることができます。こんな姿は、歌の世界か、理想のように思えていますが、実は、若者は求めているのです。

また、新人教育の場面でもこんなことを報告しています。「トヨタ自動車などの大企業は現場で対話を通じ人材を育成する。新人ととことん話し趣味や価値観を知り、組織の目標とすりあわせていく。上司は自分の部署に配属された新人について、いい所をどう伸ばし同期のトップに立たせるか、考えてみてはどうか」

 これらの提案は、保育園・幼稚園でも新人教育の参考になります。最近、園での課題として新人教育のことを聞かれることが多いからです。その答えの一つのヒントを、常見氏はこう言っています。「職場でも論壇でも、世代間で大事なのは対立ではなく対話。大人が対立をあおってどうするんですか」

若者

 日経の記事の中で、人材コンサルタントの常見陽平氏が、働く凄さを伝えようということを提案しています。現在、としない若者が増える一方で、前向きすぎて空回りする若者も問題になっています。彼らのことを「意識高い系」と呼び、警鐘を鳴らしていま。

 「意識高い系」は、こんな特徴があるそうです。「就職難を受け、就活突破を目指し学生自身が団体をつくる例が増えた。そこにベンチャー起業家が招かれ、熱く仕事を語る。学生はあおられ、感動し、『仕事で自己実現しなくちゃ』『仕事は面白くないとダメ』『いっぱい稼がないと』と言い始める」そんな彼らは、「ビジネス書、歌、漫画や小説と、ただでさえ『自分こそ主人公だ』と若者をあおるものがあふれている。社会人になると自己啓発本や自分磨き系ビジネス誌を買い、デジタル機器をそろえ、異業種交流会や勉強会に足を運ぶ。これでは収入は増えず、仕事ができるようにもならない」

 このような様子は、いろいろなところで若者に見られる、ある種の行動のような気がします。それは、若者らしい、積極的で物おじせず、いろいろなことを学ぼうという姿勢です。しかし、その行動に首をかしげることがあります。どうも、最近あちらこちらにグループで旅をしているお年寄りに似ている姿を見ることがあります。積極的に、見聞を広げようといろいろなところへ行くことを計画します。しかし、その旅の途中では、もう次にどこに行こうかと相談が始まります。まず、出かけて行って、何がしたいのか、何を学びたいのかわからずに、行くこと自体に目的があるようです。ですから、行って満足、計画を遂行して目的達成なのかなと思ってしまうのです。それと同じようなことを若者に感じることがあるのです。研修で何を学ぶというよりも、研修を受けることだけが目的になり、次の研修は何にするかを研修を受けながら考えます。このような就活は効果があまり期待できません。頑張っているのに、なかなか報われません。

 そんな時にこんな助言をしています。

 「すごい人にならなければという幻想が膨れ、不安になっている。(米アップル創業者の)スティーブ・ジョブズにあこがれプレゼンテーション技術を磨くが、実際のビジネスでは地道な商談で受注が決まる。ちゃんと企画書を書けるよう古典を読んで日本語を磨いた方がいいのに」

 このようなことは、多くの知識人が言っています。世界で数人しかいない人に自分もなれると思って目指しますが、もう少し自分らしさを磨いたほうが他から重視される存在になります。英語を必死に学ぶよりも、きちんと日本の文化が語れるようになった方が、外国では尊重されます。しかし、最近の環境が、若者を迷わせているようです。

 「ネットも不安に拍車をかける。ネットでは同世代の活躍が大きく取り上げられる。また、ネット検索では確からしいものが上位にすぐ出る。ふだんからこれに慣れると、常に最短距離で正解を得ようとする癖がつく。実際はまだスマホやフェイスブックを使っていない学生も多い。しかもツイッターもフェイスブックも若者には飽きられ始めているように見える。学食で聞いていると、学生の話題は昔と同じように単位や就活や夏休みだ。ネットを武器に若者が社会を変える、といった話は大人も若者もうのみにしない方がいい」

 若者文化に精通していると、さも知ったようにいう人がいますが、実は、その奥にある物は違うようです。もっと、大人も自信を持った方がいいようです。

社会を学ぶ

 子どものためと思って、親が敷いたレールの上を走らせることが多いのですが、そのレールはどこまで敷かれているのでしょうか?レールがなくなったとたんに、脱線してしまうか、停止してしまいます。また、そのレールの上を走らせるときにも、電車の窓からはなるべく外の景色を見させないようにしようとする親がいます。それは、その景色がいいと、そちらの方に行きたくなると困るからです。また、レールの上を走るときに、大変だろうと引っ張ってあげようとする親がいます。

キャリア教育の中で、高橋さんはNGPointをいくつか挙げています。「負のイメージばかり伝えがちだから気を付けて」「答えを親が誘導してはいけない」「このジャンルは子どもにハマって欲しくないから、これは与えない」「社会の一員の自覚を持たせるため、家族の中で役割を」そして、「最もしてほしいのが、親の生き様を伝えることです」と高橋さん。親は子どもに指示をするばかりで生きていく上での大変さや社会に貢献する素晴らしさについて語ることは少ないと言います

「生きることの苦難や感動、働くことで得られる自己成長、社会に出て自己表現することの面白さを率直に伝えてほしいですね。子どもにとって親は最も身近な『大人のモデル』。この親の日常を見て、子どもは自分の人生の目標としたり、ときには反面教師として、生きる意味や働くことの価値を学んでいくのです」

 また、人は社会の一員になるための教育も必要になってきます。それを学ぶのは、まず、家族という社会からです。まず、家族の一員であるという意識を持つことはとても重要なことです。そして、そこでの自分の存在を感じ、役割を知っていくことは、自尊感情を育て、自分に自信を持つことにつながります。

また、高橋さんは、家族の意味についても伝えてほしいと訴えています。「仕事について知ることも大事だし、お金の流れを知ることも重要。しかしそれと同じくらい、自分の住んでいる地域や家族の存在価値についても教えてほしい。自分たち家族がどういう暮らしをしているのか、どういう形で成立しているのか、ほかにはどんな家族があるのか。家族の中で子どもはどんな存在で、何をすれば家族の役に立つのか。例えば、新聞を毎朝取る、お米を研ぐ、それだけでも、どんなに一緒に暮らす家族が助かるのか、その共同体の中での役割の大切さを、ぜひ小さい頃からお子さんに授けてほしい。それがやがて社会の一員を構成する自覚となるのです」

 高橋さんが言うようなことが、実は最近、家庭の中では難しくなってきています。子どもの家庭における手伝う部分がどんどん減ってきています。それは、いわゆる家事が減ってきたということもあります。また、家族が共同体ではなくなっていたということから、社会の認識する場所ではなくなってきています。というような現代における家庭のあり方から、高橋さんの提案するキャリア教育の中で親がすべきこととして挙げられている「親が働く姿をきちんと見せる」「子どもの意欲の芽をつぶさないようフォローする」「社会の一員としての自覚を持たせる」ということが難しくなり始めています。

そんな時に、保育園、幼稚園の役割、学校の役割を見直すことが必要になってきていると思っています。

興味の芽

教育学者の高橋 誠さんは、現在「プロフィール創造開発研究所」の代表も務めています。また、「次代の教育を共に拓く会」の理事長も兼務しています。その中で、創造性教育やキャリア教育、環境教育を企業や学校で推進しています。彼は、どこに就職するのか、どこに進学するのかというより前に、生きることの苦難や感動、働くことで得られる成長、社会で自己表現することの面白さを伝えなくてはいけないと強調します。そして、変化の激しいこれからの社会を生き抜く力を付けるため、小学校で“知・徳・体のバランスの取れた力”を育むよう学習指導要領でも定められていることに対して、こんなことを提案しています。

「知・徳・体は大事ですが、私はここに意欲の『意』を含めたいと思っています。何しろ意欲は知識向上でも、人として正しく生きる徳を身に付ける上でも、体力を付けるのでも、原動力となるからです。小学生時代は特に、この意欲を育むことを心掛けてください。子どもの意欲には、親の関わり方がとても影響を及ぼすのです。」

「知・徳・体」は、19世紀末に世界的に起こった新教育運動の中で、柱の一つとして重視された全人教育です。そこに新たに「意欲」を育むことの必要性を訴えています。私も、意欲、関心、興味はとても大切なことだと思いますが、これらは、親のかかわり方が影響を及ぼすのですが、私は、この力は乳幼児期に学ぶことが大きい気がします。というのは、就学前教育のもっとも中心になるべき力だと思っています。かつて、「表の道」と「裏の道」をブログで取り上げたことがありましたが、まさに、就学後に「表の道」を歩きはじめるために、まず整備しなくてはいけない「裏の道」なのです。

裏の道を整備するために必要なものは、非言語コミュニケーション力であり、非認知能力なのです。乳児の頃の、周りを必死で見つめている目、興味あるものを手に触ろうとする意欲、手に触れたものを不思議そうにものに触り、なめまわす、そして、それがなんであるかを確かめるようにいじくりまわします。ここから、興味、関心、意欲が生まれ始めているのです。

また、その興味は、物だけではなく、ほかの人にも向けられます。それは、将来、社会の中で生きていくための力を身につけようとしているかに見えます。最初は、他人そのものというよりも、ほかの人が触っているもの、ほかの人が遊んでいるものに興味を持ちます。そして、自分のそれをやろうとします。興味を持つことが意欲を育んでいきます。さらに高橋さんは、こんなことも言っています。

「人間とは創造する生き物ですから、必ず何か面白いものを見付け出す力を持っています。まだお子さんが見付けられないようなら、ちょっと手伝ってあげましょう。子どもの興味の芽をつぶしてはいけません。また親の好みの夢を押し付けたり、誰かと比べたりするのも厳禁です。自分で道を切り拓く力をきちんと子どもに身に付けさせるのが親の役目。親の意向通りに進ませたり、失敗すると分かっていることをあらかじめ取り除くことは、子どものためには決してなりません」

 ここには、乳幼児期における子どもの興味の芽を摘まない「見守る保育」と同様なことを感じます。

夢を持つ

 保育園を卒園するときに、卒園児は将来なりたい職業を言います。その内容は何度かブログでも取り上げたように、時代によって変わってきています。それは、職業の変化というよりも、親の職業が見えにくくなっているせいか、特に男の子ではバリエーションが少なくなってきている気がします。ですから、男の子は、子どもたちが知っている職業であるスポーツ選手が多くなります。それにしても、子どもたちが夢を語るはいいですね。

 しかし、実際に子どもたちは夢の職業に就くことができているのでしょうか?「子どもの頃の夢と職業比較調査」(2012年、モッピーラボ調べ)によると、小学生のときになりたかった職業に、実際に就けたのは6人に1人。さらにその中で、現在も働き続けているのは10人に1人というデータのようです。これでみると、小学生のときに憧れていた職業に就けているのは約6人に1人はいますが、その後も働き続けるとなると、さらに確率は減ってしまいます。ちなみに、なりたかった職業は20~50代トータルで見て、スポーツ選手、芸能人・タレント、漫画家・イラストレーター、パティシエなどが多かったという結果が出ています。

では、なりたい職業の夢を見ることは、意味がないのでしょうか?また、もし夢を持つことで勉強に意欲や動機づけとして意味があるとしても、その道に挫折した時には、違う職業に就くことになった時に、それまでの努力は無駄になるのでしょうか?教育学者の高橋さんはこんな例を示しています。「キャリア教育は、意欲と動機付けを行う教育という以外に、もう一つ大きな利点があるのです。私の息子は車が大好きで、車や乗り物に関する本を読んだり、一緒に車に関わる博物館へ行ったり、レースを観に行ったりしています。彼の中には、車が好きになったとき、どうやってその周辺の情報を得るのか、どうやって車に関する世界を覗くことができるのか、といったノウハウが蓄積されているのですね。」このようなことが、意欲や動機付けとなります。しかし、挫折した時に、それまでの取り組みがこんな意味を持ちます。

「例えば、彼がレーサーに憧れているとして、その道に挫折しても、彼には車に関わるその他の仕事の知識もありますし、全く違う世界を志しても、どうやって情報を収集するか、その道へ進むにはどうすべきかを考える力が育まれているわけです。キャリア教育を小さい頃から行うといい理由はまさにここにあります。壁にぶつかっても、ほかの手段をとったり回避したりする能力を身に付けさせることができるのです。キャリア教育の中で、子どもの創造性を伸ばすことができるのです。車が速く走るためにどんな条件をそろえるべきか、小学生ながらスラスラと答えたときは驚きました。本人は乗り物の本やライト兄弟の伝記などに書いてあったと言っていましたが、好きなことに関する子どもの感度には素晴らしいものがあるんですね」

 キャリア教育には、様々なものが生まれ、身に付くようです。社会に貢献する意欲も生まれます。また、意欲だけでなく、挫折から立ち直る術も教えます。創造力もつけることができます。では、目指す夢のある子どもは意欲を持てるでしょうが、夢のまだない子どもに対しては、どうしたらいいのでしょうか?

夢と学力

 キャリア教育が最近重視され、小学生から行われている理由として、教育学博士の高橋誠さんは、「キャリア教育は総合的な教育の原点であり、なぜ勉強をするのかという問いに答えるものであり、あらゆる教科学習への意欲を高めるものです。のどの渇いていない馬を水場に連れて行っても水を飲まないのと同じように、教育には『動機付けと意欲』が重要とはよく言われることです。キャリア教育は将来設計から始まります。自分の将来が見えてくれば、『よし目標に向かって頑張ろう』と意欲が出ますし、やるべきことも明確になります。また、意欲が出てくれば夢の実現のための努力を惜しまないようになります。実際になりたい職業を持っている子どもの学力は高い傾向にあるという調査結果も出ているほどです。」というような結果が出ているそうです。

 かつて、ある小学校の道徳の研究授業に助言者として呼ばれたことがありました。その時の6年生の教材は、イチローの話でした。イチローは、大きな夢を持ち、そのために努力に努力を重ね、とうとう夢をかなえたというものでした。その時の授業で、先生は、この逸話から何をみんなは学んだかという問いに対して、「努力を重ねることによって、夢がかなうのだ」ということを教えているということになりました。しかし、私は、あとの講評で、この逸話は、そうではなく、「明確な夢を持つことが、その夢を達成しようとする意欲が生まれ、それに向かって努力するようになるということを教えているのではないか。ですから、みんなも夢を持ちなさいということを訴えている話ではないか。」と言いました。

 この教材について、教師用指導書の中にどう書かれてあるかわかりませんが、私は、そう考えています。「第2回子ども生活実態基本調査」(2009年、ベネッセ教育総合研究所調べ)によると、偏差値50以上の子どもの2004年には70.6%、2009年では66.6%が、なりたい職業がある子で、それが、偏差値40以上50未満になると2004年には61.8%、200年では56.4%がなりたい職業がある子、偏差値40以下になると、2004年には59.9%、2009年には50.7%まで下がってきます。この調査から見ると、「なりたい職業」を持っている子どもの方が、学力が高い傾向があるということが分かりますが、同時に、この5年間で、「なりたい職業」を持つ子は減少傾向にあるようです。

 教育学者の高橋さんは、学校の先生たちが一番苦心するのが、いかにその教科に興味を持たせられるかだと言います。それは、子どもの勉強への意欲は、興味を持つかどうかで大きく変わるからです。その時に、キャリア教育は、非常に効果があるというのです。それは、「キャリア教育では自分の夢を思い描いたら、それについて調べたり、どうやったらその仕事に就けるかを考えたりします。その過程で、例えば車に関する仕事に就きたいと思ったら、動きに関しては物理だし、作る工程では工学の知識や情報系などの知識がいる。デザインに興味のある子なら美術も関わるし、車の歴史をたどっていけば歴史や地理、流通などの勉強を自ずとすることになります。料理が好きなら家庭科はもちろん、食材の産地は地理や流通につながりますし、買い物では計算やコミュニケーション能力が必要になります。堅いものを切るためには、物理の知識が役立つでしょう?」と高橋さんは言います。

 しかし、ここで疑問が起きます。それは、現実は、夢見ていた職業に就いて働き続けている人は1割程度しかいません。そうなると、これまでの経験は無駄になるのでしょうか?それに高橋さんは、こう答えています。