非認知能力

ノーベル経済学賞(2000年)の受賞者、ジェームズ・ヘックマン教授の研究は、とても有名で、幼児教育の世界でも当時かなり使われました。しかし、日本では、いつの間にかそれを忘れているかのような最近の政策です。彼の研究報告では、「就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の教育にある。」「恵まれない家庭に育ってきた子どもたちの経済状態や生活の質を高めるには、幼少期の教育が重要である。」というものですが、アメリカでは、これを踏まえて、オバマの演説でも就学前教育の充実を公約しています。

この研究は、幼児教育をおこなった子どもと何もしなかった子どもを追跡調査し、40歳の時点で比較したところ、高校卒業率、平均所得、生活保護受給率、逮捕者率などに差が現れたという研究で、1960年代からアメリカで実施された「ペリー就学前計画(Perry Preschool Project)」といわれる比較実験です。それが、ヘッドスタート計画の発端になったのですが、これを基にヘックマン教授が、さらに研究をしたのです。それは、少ない国家予算の中で、何を優先させることが将来その予算のかけた見返りが大きいかということの研究なのです。

ジェームズ・ヘックマン教授らは、公共投資の観点から幼少期の教育の重要性を説いた論文を発表し、近年日本の教育関係者の間でも話題となりました。この調査では、対象となった子ども達が成長して40歳に達した最近まで定期的に調査が実施され、比較分析の結果がまとめられているのですが、就学前教育を受けた人達(以下「実験群」)は、受けなかった人達(以下「対照群」)に比べて、高校卒業資格をもつ人の割合が20%高く、5回以上の逮捕歴をもつ人の割合が19%低かったとされています。また、月収2000ドルを超える人の割合は実験群が対照群の約4倍、マイホームを購入した人の割合も約3倍であった、との結果が出ています。

 その研究から、違うことも見えてきました。それは、IQ(知能指数)を長期的に高めることに、就学前教育による特段の効果は認められない、との報告がされていることです。つまり、たとえ乳幼児期などの早い段階から教科学習を開始したとしても、長期的にIQを向上させるという面では効果が薄いということがわかったのです。では、就学前教育・幼児教育の効果が最も顕著にあらわれたのは、一体どのような分野だったのでしょうか?

 ヘックマン教授らの論文によると、就学前の教育を受けた子ども達が最も伸びたもの、それは、学習意欲をはじめ、誘惑に勝つ自制心や難解な課題にぶつかった際の粘り強さなどの「非認知能力」であった、とされています。論文では、これら非認知的な能力の方が、実際の社会生活では重要とされることが多く、信頼される人間性こそ、雇用者が最も評価する点であり、粘り強さや信頼性、首尾一貫性は、その後の成績を予測する上で最も重要な因子である、と指摘されています。

 多くの場合、社会において重要視されるのは、学力や専門性よりも、考え方が一貫している、誠意がある、信頼できるなどの人間性だと考えられます。これらのような非認知的な能力の基礎を身に付けることが、基本的な人格の形成につながっていき、より良い人間性の土台を築くことになるわけです。

 以前のブログで、教育基本法の中で教育の目的に「平和で民主的な社会の形成者としての資質を備える」ことがあると書きましたが、もう一つの目的が、「人格形成」なのです。