教育投資

アメリカの労働経済学者・ヘックマンの研究とは、「大人になってからの経済状態や生活の質を高める上で、就学前教育が有効である」ということを実証したのです。この知見は日本の教育関係者に大きな衝撃を与えました。

教育の目的、成果は、その教育によってどれだけ効果があるかは、分野によって違います。例えば、労働経済学の分野では、労働経済学者は教育を、個人の所得や労働生産性を伸ばすための「投資」として捉えます。どのような教育投資をすれば、効果的に所得や労働生産性を上げることができるかが、労働経済学者の関心事です。これは、一見刹那的に見えますが、広い意味で考えれば、教育によって、どれだけ社会貢献ができるかということになります。現在の日本においての問題は、少子化ですが、私はよく講演で話すのですが、それに対して「子どもを増やしましょう!」というよりは、「税金を納める人材を育てましょう!」ということです。

現代は、引きこもり、ニート、現代うつという症状の若者が急増しています。その若者を支えているのは、多くは、その若者の親であり、祖父母であることが多いようです。そのような社会の数年後は目に見えています。経済的に子どものことを見るのはおかしいということよりも、その点が、生きる意欲、主体的な生活、困難から立ち上がる力などに影響してくるからです。そこで、多くの研究者が興味を持って行ってきたのが、若年失業者を対象とした教育投資に対する研究でした。その結果分かったのは、「失業者訓練は、教育にかけた公的なコストに比べて、得られる効果はそれほど大きなものではない」というものでした。言い換えれば、投資額に見合うだけの経済的利益がなく、費用対効果が悪かったのです。

 これは学校教育においても、同様の知見が得られています。アメリカではマイノリティの経済的貧困が社会問題となっていますが、なぜ所得格差が起こるかを分析すると、「学歴の違い」が大きな要因として浮かび上がってきます。当然、そうなると高等教育への投資を多くします。そこでアメリカでは、マイノリティの大学進学率を高めるために、過去にさまざまな補助政策が行われてきました。しかし、教育投資効果は低いという結果が出ています。では、大学段階で教育投資をするのが遅いのなら、高校段階や小・中学校段階ではどうかと研究対象を遡っていくと、いずれの段階でも十分な効果は表れていないということが明らかになってきました。日本では、いまだに高校の無料化などを進めています。しかし、調査をしてみると、所得階層別の学力差はすでに6歳の就学時点からついているのです。この段階でついた学力差は、後の経済格差にも直結します。そしてこの差は、就学後に低所得の家庭の子どもを対象にさまざまな教育投資を行っても、容易に縮まることはないのです。

 そこで、ノーベル経済学賞の受賞者でもあるシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、就学前の子どもに対する教育投資効果に着目し、「就学後の教育の効率性を決めるのは、就学前の教育にある」とする論文を、科学雑誌『Science』で発表しました。彼はまた「恵まれない家庭に育ってきた子どもたちの経済状態や生活の質を高めるには、幼少期の教育が重要である」と主張しているのです。