性格スキル

 最近また、幼児塾や、幼児英語などが盛んになってきました。いわゆる一般的に言われる早期教育です。しかし、その多くは認知的な能力をつけようとするものが多い気がします。それは、いまだに日本では、学校でのテストや入学試験は、認知的能力を試すものが多いため、早いうちから認知させようというものです。しかし、ヘックマンの研究によると、幼少期の教育によって非認知能力を伸ばすことができ、数字では測れない能力が、結果として学業成績の向上や将来の就業、ひいては職業人として成功するかどうかという点につながっていく可能性が高い、ということがわかったのです。

 これは、就学前の時期に限ったことではなく、非認知的な能力の向上、特に学習意欲や学習姿勢などの獲得については、学習と遊びが明確に分離していない小学校低学年時期にも当てはまることがわかっています。この時期にそれらを身に付けることができれば、それ以降も学習に対して意欲的に取り組めるということです。ですから、世界では、おおむね8歳くらいまでを幼児教育と捉え、その時期での教育が大切であるという取り組みを始めているのです。しかし、まだまだ日本では、取り組めていません。本来は、国家的な施策として、高等教育よりもむしろ幼少期の教育にこそ力を入れるべきだといわれています。なぜなら、大学などで行われる高等教育では、学習意欲や学習姿勢を習得することは難しく、その効果は知識や方法論などに限定されてしまうからです。

 経済学的に、教育を将来への投資と見た時にも、専門性の獲得に効果が限定される高等教育より、人格形成全般に関係している幼児教育のほうが投資効果は大きいと考えられているのです。幼少期の教育効果は、高等教育とは比べ物にならないほど大きなものであるということは、すでに世界では暗黙の了解なのです。

 もちろん、このような教育は、保育園、幼稚園だけで行われるわけでもなく、家庭でもその環境は大切です。まだまだ子どもたちは遊びと学びが明確ではありません。遊びの中に学びがあり、学びを遊びに変えてしまう能力が子どもたちにはあります。この時期に、学習意欲や自制心の獲得、より良い人間性の構築など、将来必要になるであろう力の基礎を学び、子どもがその楽しさを感じられることの重要性をあらためて見直さなければなりません。

 このような研究を踏まえて、日経新聞1月20日朝刊に「就業支援は「性格力」重視で」という内容で、鶴光太郎(慶大教授)が寄稿したのです。

 この記事の中で、ヘックマン氏らの、「認知能力よりも非認知能力を向上させることでその後の人生に大きなプラスの影響を与える」という研究のほか、同氏とシカゴ大学博士課程のティム・カウツ氏の13年のサーベイ(文献研究)論文も紹介しています。その論文は、非認知能力を巡るこれまでの研究を包括的に整理し、幼年期のみならず青年期における支援プログラムも紹介し、職業訓練まで視野に入れての研究です。

 この論文で特徴的なのは、認知能力と非認知能力を、それぞれ認知スキル、性格スキルと呼び換えていることであると鶴光氏は書いています。性格スキル=個人的形質とすると、それが遺伝的なものでほとんど変わらないと考えてしまいがちであるところを、むしろ人生の中で学ぶことができ、変化しうるものであるということになるのです。

 少し、こんどはこの論文を見てみたいと思います。

性格スキル” への8件のコメント

  1. 安倍首相の「…小手先の対応ではなく、将来のあるべき姿を見定めた、真の改革が必要です」という言葉を実現させるためにも認知的な能力に重きをおいている従来の教育から学習意欲や自制心という将来生きていく上で必要な数値化できない非認知な能力に比重を置く改革に方向転換していくようになることを願うばかりです。私にできることは非認知な能力の大切さを理解し、現場で地道に実践を重ねていくことだと思いました。このブログから、そのように教えられているような気がしています。とても、感謝しております。次回の論文の紹介も楽しみです。遺伝子と言われると「もうどうしようもない」と思いがちですが、遺伝子はあくまでも情報であって、それが全てを決定している訳ではないという話をよく聞きます。ほとんどが環境要因によって決定するというような話だったと思います。そう考えると、乳幼児期の環境がいかに大切かということを感じます。明日も楽しみです!

  2. 今、保育者の倫理性が問われています。子ども1人ひとりを立派な人格者、主体として保育者が接する場合、保育者は倫理観を持ち、子どものと同様な人格者でなければならないはずです。この「倫理性」を培うためには、非認知能力の獲得が何よりも必要なのだろうと思うのです。「学習意欲や自制心の獲得、より良い人間性の構築」をしようという思いがなければ、保育者には不適格、ということが言えると思うのです。子どもの存在を丸ごと信じられない、真心をもって子どもを見守れない人は保育者に向いていないと思うのです。例えば、同じ保育者に対して、ベテラン風を吹かせたり、新人に対して、その新人の人格を否定するような発言をする先輩も保育に携わってはならないと思うのです。社会にはいろいろな人がいます。しかし、保育者もいろいろであってはいけないのだと気づかされます。なぜなら、将来の社会を担う乳幼児に接しています。保育園に通う子どもたちの一日は長いですね。そうした子どもに倫理性を疑われるような保育者が相対してはいけないと私は思うのです。認知能力にたけている人は同時に非認知能力にも長けていなければなりません。「知っている、知っている」と認知側面を強調するだけの人にならないよう私たちは気を付けなればなりません。自戒の意味を込めて斯く考えたところです。

  3. 「幼少期の教育効果は、高等教育とは比べ物にならないほど大きなものであるということは、すでに世界では暗黙の了解なのです」という文を読んだ時、その暗黙を未だ了解できていない日本の教育の現状というものに、悲しさすら覚えます。世界から取り残されているというよりも、子ども理解の不十分さや、変化に対する柔軟性の欠如のようなものを反省しなくてはなりませんね。また、「能力」というと、生まれ持ったものを見つけていくといった印象ですが、「スキル」というと環境や経験によってレベルアップしていく印象を受けます。昨日、あるTV番組で、犬が口に長い棒をくわえながら飼い主のところへ行こうとしますが、目の前の柵に棒の両端が引っかかってしまい、何度も前に進もうとする度に「コンッ」とぶつかるだけで、結局自分の力でそこを通ることができませんでした。しかし、本日、1歳児が棚と柱の狭いスペースに大きな段ボールを持って通ろうとした時、犬と同じような状況になったものの、段ボールの角度や持ち方を工夫し始めます。そして、何度も挑戦しているうちに見事成功し、何事もなかったかのようにそこを通り抜け、遊び続けていました。犬と人との比較はそもそも間違っているかもしれませんが、1歳児でもその場を乗り切るために様々な工夫や粘り強さ、そして柔軟性を発揮し、その経験によってスキルアップしている印象を受けました。生まれ持った能力を最大限に発揮した時、性格スキルは高まっていくのかもしれないと感じました。

  4. 非認知能力を性格スキルと表現しただけで何か違った能力のように考えてしまうのは、まだ非認知能力について正しく理解できていないせいかもしれません。性格スキルについて今自分が思うところを書いてみますが、自分自身のそれにあまり自信をもっていません。はっきりとした答えがあるわけでもなく、しかも関係の中でいろいろと変化していくことに対応しないといけないような状況をうまく克服できた経験もほとんどありません。ただそれは今からでも学んでいくことができるということなので諦める必要はなさそうですが、そんな自分が乳幼児期に非認知能力をつけていくためにはどうすればいいかを考えていくわけなので不安はありますが、それでもやっていくしかありません。と開き直ることにしました。

  5. 藤森先生と見守る保育に出会っていなければ、もしかしたら私も早期教育は良いことと思っていたかもしれません。子どもで英語を話したり、算数の足し算引き算ができたりなど、スラスラと子どもがやってのける姿を見ると大人は感動して、我が子も同じようにさせたいと思うかもしれません。実際に保育に全く関係ない友人はテレビでそういう子ども達を見て、すごい!感動した!と言っていました。しかし藤森先生が講演でも話されていますが、脳の臨界期は8歳までなので、それまでに将来、必要な能力を身につける必要があると言われていますし、ドイツ報告を聞いても3年生くらいまでの教室は保育室と似たような雰囲気です。まだまだ日本は早期教育のカラーが強く、乳幼児期の学びを軽視しています。「就業支援は「性格力」重視で」。人の性格と「人格形成」はおそらく同じだと思います。どうしても日本は少しでもいい大学に入って、有名な企業に就職させたいと思い、その為には小さい頃から認知的な教育をさせる必要がある。どうも最近の親は結果を早く求めたい傾向が強く、そのため早期教育に走る気がします。

  6. まだまだ、日本においては非認知能力よりも認知能力のほうが求められることが多いですね。それは「目に見えてすぐに結果が出る」からではないかなと思ってます。しかし、それが指針に書かれているように「生きる力の基礎」となるのでしょうか。今回の内容を見ていると今の日本は一番の近道を選んでいるようで、すごく遠回りをしているように思えます。そして、それは子どもの価値観がまだ日本では今回出てきて「非認知能力」の理解であったり、「子どもの能力」への理解であったりがあまり、浸透していないのが根底にあるからなのだろうと思います。自分自身も藤森先生やこのブログを見ていなければ、あまり気に留めなかったかもしれません。乳幼児の教育を預かるものとして、やはりこういったことはしっかりと学んでいかなければいけないと思います。その上で、環境や保育などを見ていくことが必要なのだと感じました。

  7. 高等教育より、人格形成全般に関係している幼児教育のほうが投資効果は大きいというのは世界では暗黙の了解というのは驚きです。確かに今の日本は非認知能力より認知能力を優先していることが多いように感じます。実際に子どもがいる友人に何か習わせた方がいいかなぁ、などという話が出ます。まだその時は少しの把握程度だったので「うーん」と正直答えられませんでした。このブログや藤森先生のお話を聞いてなければきっと私も同じことで悩んでいたように思います。性格は遺伝子で仕方ないと正直思っていましたが性格スキルと考えていくと環境によって影響を受け、変化していくイメージに変わりますね。スキルアップとも言うのでしょうか。更に幼少時の教育が大切かがわかります。具体的にどんな関わりをしていったらいいのかゆっくり考えていきたいと思います。

  8. 就学前の時期に「認知的能力」ではなく「非認知能力」を伸ばすこと。その能力の違いと大切さはイメージできているつもりですが、まだまだ人に伝えたり、説明できるほどには理解できていない気がします。
    やはり、幼児教育というとまだまだ「認知的能力」イメージが強く、英語や習い事といったことが出てくる所があり、そんな中、本当に大切なのは「非認知能力」なのだということを伝えていけることも、子どもに関わるものとしての役割だと感じます。
    日経新聞の鶴光太郎氏の記事は見たことがありませんでしたが、自分が日々の生活に追われる中、こんな大きな発見をしている人がいると思うとまだまだ頑張らねばと思います。

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