就業前教育

日経新聞1月20日朝刊に面白い記事が掲載されていました。そのタイトルは、「就業支援は「性格力」重視で」という内容で、鶴光太郎(慶大教授)が寄稿したものです。

 安倍晋三首相は年頭所感で防衛、憲法とともに人づくりに触れ、日本の未来を切り開くための人材育成について、「終身の計」と、中国の『管子』を引用して重要性を強調しました。首相官邸のHpに年頭所感が掲載されています。そこには、就業支援が、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略の中でも、とりわけ重要な課題であることを言っています。その時に、中国の春秋時代、名宰相と呼ばれた管仲の言葉を引用しました。そこには、「一年の計は、穀を樹うるに如くはなく、十年の計は、木を樹うるに如くはなく、終身の計は、人を樹うるに如くはなし。」と書かれてあります。そして、「目先の課題への対応も重要ですが、十年先、百年先の日本の未来を切り拓いていくことも、忘れてはなりません。そして、そのためには、小手先の対応ではなく、将来のあるべき姿を見定めた、真の改革が必要です。」 ― 中略 ― 人づくりこそは、「終身の計」。日本に生まれたことに誇りを持ち、高い学力と豊かな人間性を兼ね備えた人材を育んでいく。そのための教育再生を、着実に実行してまいります。」

 この管子の一節は、「一年之計莫如樹穀 十年之計莫如樹木 終身之計莫如樹人」というものです。この安倍さんの年頭あいさつを踏まえ、日経では、鶴光氏が「人づくりは就業前の教育と、就業後の人材育成を一体として進めるべきであろうが、学校教育は1点を争うテスト重視への批判とゆとり教育失敗の間で右往左往し、就業後の人材育成や職業訓練も、その土台である日本的雇用システムの変容や揺らぎの中で明確な軸を失っているように見える。予算や法律を変えればたちどころに人材育成が進むというわけでないところに難しさがある。」と言っています。

 幼児施設の課題は、「就学前教育」ということがよく論じられますが、「就業前教育」を人づくりとして大切であることと捉えることの必要性を思います。その意味から教育を捉えてみると、テスト重視とゆとり教育との揺らぎに問題が見えてくることを指摘しています。では、人材育成を考える場合、スキル(技能)に注目すればよいかと問題提起をしています。しかし、鶴光氏は、「様々な仕事に応じて必要なスキルは異なるし、一つの仕事でも多様なスキルを用いるのが普通だ。このスキルをどう身に付け、伸ばしていくか。経済学ではこれまで働いている企業でしか通用しない「企業特殊的スキル」、どの企業でも通用する「一般的スキル」に分けたり、技術進歩との関係でスキルを論じたりすることが多かった。しかし、こうした枠組みだけで喫緊の人材育成の問題を解明していくには限界がある。」と述べ、これにも疑問を呈しています。

 「その中で、教育と労働の問題を統一的に考えるのに有益な考え方を提供しているのが、2000年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らを中心とした「非認知能力」の役割を強調した研究である。」と言っています。このジェームズ・ヘックマン教授という名前を聞くと、反応してしまいます。私は一時期、彼の説をよく講演に使っていたからです。

 ちょっと、鶴光氏の話からそれて、ハックマン氏の説を眺めてみたいと思います。

就業前教育” への8件のコメント

  1. 鶴光と聞くと笑福亭さんのイメージしかありませんが、太郎さんで検索してみるとなんだかおもしろそうなゼミがヒットしました。ハックマン氏も存在も知りませんでした。いくつか記事がありましたが、藤森先生の解説つきの紹介が楽しみで仕方ありません。就業前教育というのかは分かりませんが、学生の頃、キャリアアップなる授業があったのを思い出しました。正直なところ、その授業の内容は全く覚えていません。こんな私ですが、どの授業も真面目に受けていたつもりなのですが、やはり思い出せません。就活と言う言葉をよく聞きます。就活のためのマナーアップ講習ということで、髪の毛の長さ、髪の毛の明るさ、メイクの仕方、エントリーシートの書き方などなどがあるそうですね。確かに、印象というのは大切なのかもしれませんが、見た目ばかりに時間を使うのはもったいないようなと思ってしまいます。でも、それで評価されてしまう事実があるのなら、それに逆行するのもまたエネルギーがいるのでしょうね。就活生の実際の苦労も感じます。

  2. 何よりも、人材に勝るものはないのですね。津波の被害に受けた人が「建物やたくさんの物がなくなったが、ここに人が生きていればなんとかなる」というようなことを言っていたことを思い出しました。『人づくりこそは、「終身の計」』という言葉から、生涯目標でもあるような「幸せになる」ために、人々は自らを努力し続けて、目標のための将来を見据えた計画を実行していくことの大切さが見えてきます。「小手先の対応」で満足していてはダメなのですね。むしろ、即効性ある対応は、「将来あるべき姿を見定めるような対応」ではないのかもしれません。「日本に生まれたことに誇りを持ち、高い学力と豊かな人間性を兼ね備えた人材」を目標とするなら、そのために必要なこの時期にしかできないことを探していくことが重要だと感じました。そして、「非認知能力」がいったいどういうものなのか、非常に気になります。

  3. 「2000年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授」と来ると、私も反応したくなります。ヘックマン教授のことは次のブログで紹介されると思いますので、次のブログの時にコメントしたいと思います。「就業前教育」の重要性は誰でも否定しないと思うのですが、結局、どんなかたちの「教育」、どんな考え方に基づく、どんな実践の教育、といった場合、どんな日本人にしたいかという理念の実践としての教育がこれまで本当に考えられてきたのだろうかと思うのです。息子の学校教育、自分が受けた学校教育を振り返っても、こうした教育によって、どんな自分の将来が待ち受けているのだろう、果たして自分はどんな日本人になればいいのだろう?と思ってしまいます。おそらくこんなことも考えずに、学校を卒業したら、次に就職、となり、結果として、「就業後人材育成」ということについてもわかったようなわからないような、そんな曖昧さを抱えることになるような気がします。せめて、興味関心好奇心探究心を保障し、学ぶことが楽しい「教育」にしてほしいし、「人材育成」についても、社会貢献が可能となる人材の育成ということを考えてほしいですね。

  4. 就業前教育という言葉を頭に浮かべながら考えているのですが、正直内容がピンときません。仕事はどのようなものを想定しているのかが見えませんし、そこに向けての具体的な内容も見えてきません。大事なのは何となく分かるのですが、どうなっていくんでしょうか。また議論が十分になされないまま新しい流れができていくんでしょうか。ここで述べられていることとは違いますが、大学入試を人物評価にという話も出ています。最近教育に関して出てくる話は疑問を感じることが多いです。と文句ばかり言っていても仕方ないので、就学前教育について考えるきっかけにはしていきたいと思います。

  5. まだ読んでないのですが、第二次大戦中にユダヤ人強制収容所に送られた体験を綴った精神医学者のヴィクトール・E・フランクル博士の「夜と霧」という名著があります。この中にこんな一節があります。

    ≪重要なのは、避けることができない人生の運命的な打撃をどのような態度で、どのような姿勢で受け止めるかである。したがって人間は、最後の息を引き取るその時まで、生きる意味をかちとってわがものにすることができる≫

    博士はこの人間精神を「態度価値」と名付けています。高い「態度価値」の持ち主は、例えばあのマンデラ氏のように、「自分個人の悲劇を人間の勝利に変える」ことができるのです。教育とは、まさしくこの「態度価値」を子どもたちの生命に創造していく作業にほかなりません。認知的な知識やスキルを習得することだけが教育ではないのです。実際、教育を就学前や就業前で論じることはあまり建設的ではないように思います。教育の真の目的とは次のような価値の高い人格を養うことです。

    ≪普段はそれほど注目されなくても、何か起こった時には『あの人がいてくれれば』と皆から慕われる人であり、常に社会で人々をつなぐ存在≫(「牧口常三郎全集」)

    道徳の教科への転換など現政権の教育への取り組みは、かなり危なっかしいものみえてしかたありません。国家が教育に安易に口を出す時代は、子どもにとって決して幸福ではなかったことはこれまでの歴史が証明しているからです。

  6. 人作りは「終身の計」とはまさにその通りだと思います。すぐに結果の出るものではないですし、その結果は何年いや何十年もかからないとわからないかもしれない。しかも、人の社会は多様性で満ちています。一つの価値観にとらわれては社会が成り立たないというのも実際重要な要素だと思います。この仕事に関わっていると就学前教育の必要性や重要性はよく分かります。今のテスト重視であったり、詰め込み教育の欠点なども先を見ていくと感じることが多いです。その中で今の子どもたちが社会に出るときにどれほどの能力が必要とされ、その能力を発揮できるように教育の始まりを持つのかというのはとても重要な仕事です。教育は「生きる力」を養う場所とするならば、そこにはテストで測るものではなく、社会の中で生きるための普遍的な部分模索していくことが必要なのかもしれません。とはいえ、それはとても難しいことですね。もっと勉強していくことが多いのを実感します。

  7. 就業前教育と聞いて正直ぼんやりとしかわかっていないのが正直なところです。「終身の計」初めて聞きました。調べるとそういうことかと少し理解した所です。私自身就業前教育のような取り組みはしたことがありませんし意識もしたことがありませんでした。恥ずかしながら正直就職してから保育園で多くのことを学ばせて頂いているのが現状です。確かに小手先だけでの対応では人づくりは難しいですし、何より人間なのですぐに答えのようなものは出てこないですね。保育をしている中でもすぐに成長は見れません。なんとなくですが、将来のあるべき姿を見定めた、真の改革が必要であるならば現実をしっかりと受け止め何年経っても変わらない軸となるようなことを見つけていく必要があるように感じます。これからのハックマン氏、非認知能力がとても気になります。

  8. 就学前教育が重要と同じように、就業前教育は大切かもしれませんね。ただ就職を考えた時に専門職ならまだしも、企業に勤める場合は具体的にどのようなスキルが必要なのか、具体的には分かりにくいと思います。パソコンが使える、英語が話せる…どのスキルが必要なのか言い出したらキリがないですね。その中でも、どんな環境でも職場でも通用できる能力とは、どのような能力なのか?「非認知能力」が出てきましたが、どういう意味なのか?しっかりブログの内容についていこうと思います。

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