フレーベルにおける関係性

フリードリッヒ・W・フレーベルは、新教育運動の原理原則である「自発性、主体性」をペスタロッチに学び、幼児教育は自発的活動を助成することこそがその目的であると確信します。そこで「Spiel-gabe」を創造し、後に最初の幼稚園となった「幼児、児童のための作業教育所」を開設しました。その時の施設は、どのような空間で、何歳の子がいて、室内はどうなっているのかはわかりませんが、それが幼稚園と訳され、今の日本での幼稚園の原型を作ったということには、少し疑問を持ちます。

なぜなら、ドイツの幼稚園で、「現在、異年齢で保育をされていますが、年齢別と比べてどうですか?」と聞いたところ、「フレーベルがキンダーガーデンを作った時から異年齢で保育をしていましたし、その時から保育室はコーナーで構成されていましたので、幼児教育で、年齢別に構成された子どもたちに、先生が前に立って一斉に保育をしたということはありません。」と言われました。

また、何歳から保育をしていたかということは判りませんが、フレーベルは、子どもたちの活動する様子を観察していく中で「子どもは生まれた時から創造的であり、全てのものとの密接な関係をもちながら、物事の相互の関係や、他の人との関係について知りたがっている」と言っているように、生まれながらからの教育の必要性を訴えています。そして、乳児のころから環境との関係を持ちながらいろいろなことを学んでいくと考え、特に人との関係において、母親だけの関係ではない、他の人との関係の必要性も考えていたようです。

また、「子どもは自分で感じたことや内面的なものを、外に表現しようとする力をもっている」と考えました。フレーベルは、外の環境にある物をそのまま取り入れて、それを使って創造力をつけていくと考えずに、子どもの心の中にある基本的な形の物を与えるべきと考えます。そのためにまず、子どもは身体や四肢や感覚や精神などの最初の発達にもそれにふさわしい養分が必要であり、まずはハーモニーや調和、 リズムやメロディや動的なもの、音や歌に好みを示すといっています。やがて、子どもはある一個の対象物を必要とするようになるというのです。「それによって子どもが自分自身で自己活動的に、さらに進んで、かつもっと完全に発達することのできる、そういう対象物を必要とするのである。」と考えます。

つまり、「人間の本性は、内に生きているもののために、人間の内的なもののために、およびそれを外的に表現するために、一個の対応する対照物、すなわち彼に対立しているが同一である対型を要求するのである。」と考え、「子どもに最も好まれる遊びの対象物は、子どもが自分のうちに最も多くの、そして最も満足をあたえる観念や想像や空想を、たとえ最も不完全な輪郭や表現においてであれ、あたかもそれらを自分の内と外に実際に見るかのように生き生きと呼び起こすことのできるようなものである。」とします。そのために、外界の事物を、きわめて不完全な形ではあっても、つねにまとまった一つの全体として見たり、実際に表現したりすることは 「単に自己の内だけで形成する空虚な生活、もしくは単に概念を形成する空虚な生活に比べて、表現遊びや、表現によって目覚まされ、表現に結びついている想像遊びに対し、高い価値、子どもを強くし発達させる価値をあたえるものである。」としているのです。

そしてそれらを、子どもたちの遊びの中で、興味をもったものを正しく理解し、より自由に表現させていくためには、全ての形や、色や数のことを正しく認識させなければならないと考えました。そして、その遊びと表現を助ける役目をもつ遊具とは、基本的な形体をもつことが望ましいと考えたのです。こうして考えられた恩物が、「立方体」「直方体」「三角柱」なのです。

フレーベルにおける関係性” への9件のコメント

  1. ドイツの先生方も「昔からそうだった」というような表現をされているようですが、きっとそれが子どもにとっては負担のない保育なんだと感じていたから、疑問をもたれなかったのかなと想像しました。日本での「昔からそうだから」や「以前からこうだったので」という言葉にはあまりいい意味はないように思えてしまいます。子どものが内で想像したものを表現することが大切ととらえ、より自由に表現させていくために立方体や直方体の積み木が用いられたのですね。外の環境にあるものではなく、子どもの心の中にある基本的な形の物を与えるべきだということからもきているのですね。「そして最も満足をあたえる観念や想像や空想を、たとえ最も不完全な輪郭や表現においてであれ、あたかもそれらを自分の内と外に実際に見るかのように生き生きと呼び起こすことのできるようなものである」このように自分が想像していることを実際に形にすることができることは嬉しい体験になりますね。実際に、フレーベルが子ども達の姿を観察して考え出したという姿勢は私も見習いたいと思います。

  2. 一個の対象物を自ら必要とすることから進み、「もっと完全に発達することのできる」対象物を自ら求めていく姿からは、子どもは生まれながらにして探究者であることを感じさせてくれます。幼稚園の原点が、「異年齢」で「コーナー」であったことには衝撃ですね。日本にはどのように伝わっていったのかは分かりませんが、フレーベルの本質を十分に理解してから、日本でも幼稚園ができていったということではないような気がします。また、子どもの内的な物を外的に表現するための対照物が、基本的な形の物が必要であるという点も面白いです。既にある外界の物を使うことなく、子どもの内なる物を形にしようとした思考は、子どもの本質を見ようとした姿であり、目に映っている物を「まとまったひとつの全体」として、すべて「基本的な形」がベースにあると、子どもにはそう見えていると思っていたということでしょうか。今回の内容を、まだうまく理解できていませんが、頭に入れておくことで、実際の現場でのひらめきにつながるかもしれないと感じています。

  3. なるほど、フレーベルは19世紀の段階で「子どもは生まれた時から創造的であり云々」と乳児からの大切さを明確に示していることがわかります。しかも「関係」性を強調しているところに私たちはもっと注意を払ってもいいのかもしれません。「子どもの心の中にある基本的な形の物」はドイツ観念論的匂いを感じます。「心の中にある」、としたところは前のブログで紹介されていた「神性」に通じ、そのことを何の疑いもなく信じているところも重視したいものです。「子どもが自分自身で自己活動的に」、から推するに「異年齢児」「コーナー」そして「先生が前に立って一斉に何かをしない」ことは当然の帰結のような気がします。子どもの心象風景に寄り添って遊びの道具を見出してきたところは、園の先生方が子どもの姿から環境を構築していくという姿勢に通じる部分があると思いました。ところで、フレーベルのキンダーガーテンを範にして日本の幼稚園が出来上がったことを考えると、学年別、先生主導、一斉、という保育方法を採用する幼稚園は本来の「幼稚園」ではないのかなと思ってしまいました。フレーベルの「恩物」から始まる一連のフレーベル論は難しいですが、教えられるところが多くあります。次回を期待しています。

  4. フレーベルの考えた子どもに必要な関係性、そして恩物について、まだまだぼんやりとではありますがイメージ出来てきた気がします。おそらくまだ他に参考にできるようなものが十分になかった環境で、子どもにきちんと目を向け何が必要なのかを考えていったことを想像すると、やはりすごい人なんでしょうね。どんなときでもまず子どもの様子を観察し、そこから考えていく姿勢がなくてはいけないことをまずは忘れずに、その上で何をすべきかを考えなければいけません。そして、ここまでに多くの考えを残してくれていることを無駄にせず、今の保育を行っていかなければいけませんね。ますますのんびりしている場合ではなくなってきました。

  5. フレーベルがキンダーガーデンを作った時から異年齢で保育をしていたというドイツの幼稚園の話には興味をひかれます。それまで体系的な幼児教育を持っていなかった日本は、明治の初め、ドイツからそれを移入する際にフレーベルにその範を求めつつも、保育環境は小学校に準じて構成され「すすめの学校」の歌詞のように年齢別一斉を保育の基本としました。富国強兵のため、国の子としての教育にはそれが必要とされたのです。

    それでは、江戸期までの日本では子どもはどう育てられたのかー。
    幕末に日本各地を歩いたイギリス人イザベラ・バードの証言。

    ≪「子どもたちが遊びの際に自分たちだけでやるように教えられているそのやり方」に感心した。「家庭教育の一部は、いろいろなゲームの規則を習うことである。規則は絶対であり、疑問が生じた場合は、言い争ってゲームを中断するのではなく、年長の子どもの裁定で解決する。彼らは自分たちだけで遊び、たえず大人を煩わせるようなことはしない」≫
                                       (『逝きし世の面影』)

    寺子屋が異年齢の自由な学びの場であったように、江戸期までの幼児たちは大人に見守られながら、「大人に干渉されない」自分たちだけの独立した世界をもち、他のどこの国の子どもたちよりも多くの自由を持っていたのです。維新による急激な西洋化はそんな日本固有の子ども文化まで変えてしまったとも言えます。

  6. フレーベルが「子どもは生まれた時から創造的であり~」と言い、そこから環境との相互作用、そして母子関係だけでなく他の人との人間関係も必要と感じたのは、どういう姿から感じ取ったのか個人的に気になります。藤森先生の講演の中でも乳児の話しの中で実際の姿から先生が感じた事を言われますが、おそらく現場は毎日見ている事なのに、私も含め言われて初めて気づくことが多いです。フレーベルは、そういう子ども達の姿を見て、何が必要で、具体的に遊具として考え出した物が「恩物」なんですね。しかしフレーベルの言葉は洗練された言葉なんだと思いますが正直、理解するのには少し難しいですね・・・。

  7. いかに今の時代における保育が先入観や既成概念で縛られているかということを実感します。きっと日本にこういったことを取り入れた倉橋惣三氏などは今の日本の幼稚園のような考え方ではなかったのではないかと思います。彼が現在の幼稚園を見ると驚いてしまうのではないかと思います。いつの間にか、保育のかんがえが長い年月の中で本質からねじ曲がってきたというのは何が原因だったんでしょうか。今回の話はとても哲学的というか、その形の捉え方、本質というものが書かれており、「内面的なものを、外に表現しようとする力」はそのキーワードとなりますね。その形を表現するために必要とされるものであったり、興味関心を呼ぶものが第一恩物になる球や立方体、円柱になるんですね。今ではこういったおもちゃ一つも、理論だてて、理解することはないだけにすごく新鮮で、だから保育園に必要なものだというのがとても分かります。「今まで~だったから」とか「それが当たり前でしょ」という前に「なぜ必要なのか?」と考えることは大切なことですね。

  8. 幼稚園ができた原型を読むと少し驚きますね。なぜ、日本のような幼稚園になってしまったのでしょうか。なんだか大人主体で考えていたのではないかと不安になってしまいますね。フレーベルの子どもの内的なところを捉え、形にしていくのは正直驚きです。途中正直理解に苦しむところがありますが自分なりに解釈していきたいと思います。「子どもの心の中にある基本的な形の物を与えるべきと考えます」とても哲学的?なのでしょうか、現場にいる人間としても考えることない発想、この考えをを知り、なんとなくですが「立方体」「直方体」「三角柱」の理由を知ることで現場に活かせる発想が出てきたらいいなと思います。そして最後に書かれている「子どもたちの遊びの中で、興味をもったものを正しく理解し、より自由に表現させていくためには、全ての形や、色や数のことを正しく認識させなければならないと考えました。」というのも大事なことであるなと改めて思います。

  9. フレーベルが今の幼稚園の原型を作ったとありましたが、今の日本の幼稚園と言えばスクール形式で先生が生徒の前に立ち一斉に教えていますね。私自身最近の藤森先生のお話を聞くまではずっとスクール形式のように教えていたのかと思えば100年前にスクール形式というものができたということでしたが・・・。フレーベルが最初に作ったとされる幼稚園には「異年齢」であり「コーナー」という考え方もあったのですね。そしてフレーベルも現場で子ども達の様子を見ながら子ども自身の行動や考え方を見ることによって母子関係だけではなく他の人との関わり合いも必要という考え方は藤森先生がおっしゃっている事と似ていますね。やはり子ども集団、異年齢、いろんな大人との関わり合いという現場を直に見ることでわかってくることがあります。「昔ながらの保育」をもう一度見直す必要がありそうですね。

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