野草

 ファン・デグォンさんは、長い間獄中生活を送ります。しかも、最初の2か月間は、懲罰房に入れられます。体中を縄で縛られ、腕と胴体はひとつに固定され、手首には手錠をかけられ、背中には大きな結び目があるために、夜は寝転ぶこともできず、仰向けにもなれず、横向きで丸まって寝ていました。体には血が通わず、食べる時にはスプーンが使えないため、床に置かれた皿を犬のようになめて食べました。こんな拷問にあいながら、彼は何を考えたのでしょうか?

 もちろん、最初は悔しくて、天を恨み、神を恨み、「助けて!」と懇願するより「死なせてくれ!」と叫びます。懲罰房で60日間縛られたまま、死ぬほどの苦痛を経験するうちに、悔しさも、外に出たいという思いも、すべて燃え尽きてしまいます。もがき苦しんだ結果、体は病み衰えてしまったのです。そして、運命に逆らってばかりいた時には、道は閉ざされていたということに気がつきます。自分がしなければならないのは、運命に逆らわず、天に描かれた運命の探究だったのです。

 のちに、拷問した取調官に恨みはないか?、スパイ事件をでっち上げた国家権力への憤りはないのか?と聞かれたファン氏は、「そんなものは全くない。怒りは監獄の中ですべて消えてなくなってしまった。釈放された時、私の内に恨みはなかった。」その理由を二つ挙げています。その一つは、「最初に地下室で2か月間拷問を受けた時、取調官に、憎しみというよりは憐れみを覚えた。同じ人間に対していったい、なぜこんなことができるのか。私も国家による暴力の犠牲者だが、暴力をふるう彼らも犠牲者だ。」と話します。

 このような考え方がその時に考えられるのでしょうか?極限まで追い詰められたからこそ、このような考え方にいたるのでしょうか?もちろん、そうかもしれませんが、他に、彼に影響を与えた、人生を変えた、拷問よりももっと広い人間にするものに出会えたからということもあるのです。それが、もう一つの理由です。それは、彼の一生を左右する「野草」との出会いがあります。野草は、外から来たのではなく、彼の体を通して現れたのだと言います。東洋の伝統医薬の漢字は難しいが、実はみな、ただの野草だとわかります。

 もがき苦しんが結果、体はボロボロの中で体を治すこと以外は考えられなくなります。そのときに、「そうだ、薬に頼らなくても野草なら監獄の運動場でも育てられる。」と考えます。そこで、彼は、その日から運動場に出るたび、野草を見つけては花壇に移植していきます。そんな生活を始めて2年後、健康はすっかり回復します。

 また、野草を育て観察するうちに、彼の世界を見る目も変わっていきます。もしこれが一般社会だったなら、野草に出会うこともなかったと思います。何もない監獄で病にかかったから野草に出会えたと考えます。当時を振り返って、ファン氏は、「生態系が衰弱し、文明が終末に向かうこの時代に、どう生きるべきかを教えようと、神が私を監獄に入れ、野草を投げ与えてくれた気がする。」

 熾烈な環境は、天が自分に何かをするために与えたものであり、それに沿って人生を生きようと決心するのです。そして、野草からいろいろと教わります。境遇に逆らうのではなく、素直になれば、その境遇から学ぶことは多くなるのです。それは、「大きかろうが小さかろうが、醜かろうが美しかろうが、持って生まれたありのままの花を咲かせる野草から、学ぶべきことは少なくない。」それによって、彼は動き始めます。