収監

今月の初めに南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領が死去されたことが報道されました。95歳でした。彼は、南アフリカの人種隔離政策アパルトヘイトに対し、不服従抵抗運動の反アパルトヘイト闘争を指導したということで、反逆罪で27年間獄中生活を送っています。その後、1990年に釈放されると、翌年アフリカ民族会議(ANC)議長に就任し、1994年には第8代大統領に就任しました。そして、1993年にはノーベル平和賞を受賞しています。彼の偉業については、まだまだ反対勢力もあり、必ずしもたたえられているわけではなく、困難な道は続いています。しかし、私は、少なくとも、彼は、抑圧の中にありながら、それに対して怒りや暴力で対抗することなく、不屈の精神と度量の大きさと人間の尊厳を示したということは尊敬に値すると思っています。すべての男女は生まれながらにして平等であるという信念のために、27年以上を獄中で過ごしたのです。

 彼がロベン島の刑務所に収監されていた苦難の時代には、マンデラ氏は鉄格子の中にいながらも、持ちまえの忍耐力とユーモア、そして、品位を保ちながら、許しの力を持って、1990年の釈放まで、白人の人種差別主義者たちから数々の辱めを受けたにもかかわらず、復讐の欲望に駆り立てられたことは1度もなかったのです。そんな彼と触れた看守たちでさえ、後に彼の最も熱烈な支持者となったほどでした。

 釈放された後、国民の多数を占める黒人が発言権を得た後も、白人の同国人が平等な扱いを受ける権利を持つことを決して否定しませんでした。仕返しどころか、偏見を全く持たない人だったのです。

 人は、苦難な日々の中で、どれだけ人をゆるせるようになるのでしょうか?ひどい仕打ちを受けながら、それを自分の人生の糧に出来るのでしょうか?屈辱を受けながら、どこまで人間としての尊厳と品位を保つことができるのでしょうか?そんなことを自分に問いかけるマンデラの人生です。

 ちょうどこれと同じ問いを突きつけられたDVDを数か月か前に頂きました。このDVDも、私はかなり衝撃を受け、また、自分が理想とする生き方と同じものを見た気がしました。それは、「ファン・デグォンのLife is Peace with 辻 信一」というものです。

 ファン・デグオンさんは、DVDの中で、たきびの火を見ながら語ります。「こうして火を眺めていると、世の中の道理が読み取れる。世界がどのように生まれ、巡り、どう消えていくのか その循環を火の中に見るんだ。あるものは早く、あるものはゆっくり焼ける。結局はすべて燃えて灰になる。」

 彼は、1955年、ソウルに生まれます。留学先のアメリカから帰国したその日に、身に覚えのないスパイ容疑で当時のKCIAに拘束されます。2か月に及ぶ拷問の末、北朝鮮のスパイに仕立て上げられます。死刑求刑後、無期懲役の判決を受けますが、特赦により釈放されるまで13年2か月間、独房で牢獄生活を送ります。

 そんな彼が、火のことをこう語っています。「そもそもヒトは、火とともに人間になっていった。昔の共同体の親密なコミュニケーションを可能にしたのも火だ。文明もまた火によって始まった。本来、火は自然と文明を融合させるものだったはず。しかし、現代社会では自然と文明は対立関係にある。文明は自然の機能だけを奪い取り、その他は切り捨ててしまう。人間は火を誤って使ったため、火によって滅亡へと追いやられている。私は、文明の火の代わりに、この原初の火を選ぶ。これを出発点として、自然へと還ってゆくのだ。」