未来への思い

 NHK大河ドラマ「八重の桜」では、主人公八重の夫である新島襄がなくなり、いよいよ大詰めです。このドラマの後半は、新島襄が、同志社大学を発足させるために行った、具体的な設立運動を描いています。彼の大学構想は遠大で、彼の母校アーモスト・カレッジをモデルにしつつも、その上に神学、哲学、文学、法学、理学、医学といった学問の蘊奥を攻究する専門学部を構築する欧米の伝統的な総合大学を目指したのです。そのために、「其の生徒の独自一己の気性を発揮し、自治自立の人民を養成するに至っては、是私立大学特性の長所たるを信ぜずんば非ず」と述べ、政財界の要人から一般民衆に至るまで、広く理解と協力を求めて、私立同志社大学の設立のために東奔西走し、アメリカへも募金活動に赴きます。しかし彼は長年の過労の結果、46歳11ヶ月の若さで亡くなります。それが、先週のテーマでした。

 彼が命をはって、病をおしながら設立のために世界を歩く姿は、壮絶ともいえます。新島は、同志社の教育目的を「同志社大学設立の旨意」の中で、こう書いています。同志社設立の「目的とする所は、独り普通の英学を教授するのみならず、其精神を正大ならしめんことを勉め、独り技芸才能ある人物を教育するに止まらず、所謂良心を手腕に運用する人物を出さんことを勉めたりき。」とあります。ここには、単に知識の注入ではなく、新教育運動でみられるような全人教育的な考え方があります。それは、「上帝を信じ、真理を愛し、人情を敦くするキリスト教主義の道徳」によって、初めて可能になるという考え方にあり、それは、「キリスト教主義は実に我が青年の精神と品行とを陶冶する活力をもつ」と考えたからです。

 ドラマで見る限り、新島襄は、同志社英学校創立後、亡くなるまでの15年間、生徒の価値可能性を信じ、彼らの個性を大切にし、クラスの中でやる気を失い、学力の伸び悩んでいる生徒に特別の注意を払い、彼らを極みまで愛した逸話が描かれていました。遺言には、「同志社においてはてきとうふきなる書生を圧束せず務めて其の本性に従ひ之を順導する可し」と書かれてあります。「てきとうふき」とは、才気がすぐれ、独立心が旺盛で、条規では律しがたい生徒、学生のことを言い、彼らを型にはめずに、その特性を生かして育てることを重視したのです。

しかし、同支社はキリスト教の精神を基にしているだけに、逆風にあいます。天皇制絶対主義国家体制の確立と、臣民教育やキリスト教排撃運動が起きた時代です。ですから、新島の悲願であった大学の設立は1912(明治45)年、専門学校令による大学として、1920(大正9)年、大学令による大学として認可されますが、創立以来初めて何の拘束を受けることなく自由にキリスト教主義人格教育をおこなうことができるようになったのは、終戦の昭和20年のことだったのです。

それにしても、新島襄の大学設立に向けての執念は、凄まじいものがあります。地をはっても、心臓を抑えながらも、国もために尽くす若者を信じ、彼らを育てようとした姿を、今の大学生は知っているのだろうかと思ってしまいます。未来を託して自らの命をささげた特攻の若者、未来のために自分の命を削ってまでも若者の教育をしようとした新島、その思いを、私たちはきちんと受け止めなければなりません。