机間

学校のひとクラスの集団規模は、先生が肉声で生徒に知識を伝達するときにその声が届く5間の長さと、一人の人の視野4間の幅の広さの教室内に、机間巡視するための通路をあけ、そのほかに机を並べたらほぼ50人座れたので、50人と決められたと聞いたことがあります。ここでいう「机間巡視」という言葉は、言葉としては聞きなれていませんが、先生が、児童に学習させているときに、机の間を歩きながら見て歩くことを言います。それは、何のために見て歩くかというと、現在の辞書には、「授業のなかで教師が児童・生徒の座席を順次巡回し、学習状況の観察、学習指導・助言などを行うこと。」とあるように、歩き回りながら指導をすることが入っているようです。ですから、最近は、「机間巡視」ではなく、「机間指導」ということもあるようです。

 しかし、たとえば、試験中に歩き回るのはまさに「机間巡視」で、きちんとやっているかということを見張るために行われます。今でもプリントを配って、その課題を児童にやらせているときに、以前にブログで書いたように児童から先生に質問や話しかけていけない授業となると、先生は机の間を歩き回りながら、「巡視」していることもあるような気がします。また、先生が机の間を歩きながら「指導、助言」をするうえでも、どのようにするかも問題になります。
机間巡視は、一種の個別指導として位置付けるにしても、及川の言うように、児童を常に「研究的発動的位置」に置くことを保障しようとするときには、机間巡視は、「単に児童の誤りを訂正する方法とのみ考えてはならなくなる。」と及川は言っています。 机間巡視は、「難解に苦しむ児童を発見せんがため」「児童の要求点を発見せんがため」「適当なる暗示を与えんがため」「消沈せる心気を回復せしめんがため」であると言います。こうして、 「教室は教ふる場所ではなく学ばしむる場所」であることを、どの子にも体験させようとするのが及川の言う「実験室式制度」なのです。

また、及川の説く新しい言葉が出てきました。「実験室式制度」とは、どんなものなのでしょうか?彼は、それを「学校を以て児童が事理を研究し自己教育を進むる場所となし児童は研究のために来り教師はその指導のために来るという制度」と説明しています。そして、この制度を実現するために行うのが、全級的と分図的と個別的教育を組み合褪せた「分団式動的教育法」なのです。すなわち、「児童の学習は受身的であってはならぬ。研究的な自己活動こそ児童の認識及び発達の根本条件である。」というこの種の自己活動を助け、方向づけ、自己活動するための機会を与え、活動の範囲及び程度を決定することこそ教師の役目であるというような考え方が彼の言う「実験室式制度」の根幹なのです。

彼は、宮城県で小学校長をし、明石女子師範学校附属小学校では主事として着任しました。そして、主著『分団式動的教育法』によって大正新教育運動の中心的存在となり、欧米教育視察以降、「カリキュラム」を児童の生活経験の総体と再定義して「生活単位」に基づく独自のカリキュラム改造論を展開しました。彼はその後神戸大学付属幼稚園に関わり、幼児教育の世界で「生活単位の保育カリキュラム」の研究を行いました。そして、及川は、大正年間に入る頃からモンテッソーリ教育法を動的教育の方法の一つとして,特に、幼稚園での実践を意識して保母達と研究していましたが,モンテッソーリの思想を動的哲学の拠り所にはできないと考えるに至り、プロジェクト法を研究したりしました。しかし、動的教育法研究の成果を『分団式動的教育法』や『分団式各科動的教育法』にまとめ上げた及川は,この時期附属幼稚園において、自らの研究成果を具現化することを模索していたようですが、きちんと体系づけられなかったことは残念です。