時代の要請

 オランダでイエナプランが急速に広がっていったのには、様々な理由があると思いますが、その一番大きな理由は、時代がそのような教育を求めていたということがあるでしょう。当然オランダでも1960年代のはじめまでは、ほとんどの学校で、先生が教室の前に立ち、黒板を使って教室内の子どもたち全員に授業をする、という古典的な形式が主流でした。リヒテルズさんは、この形式を「古典的な」と表現していますが、もし日本であれば、「現在でも多くの学校で行われているような」となるでしょうね。

 1960年代は、各国で教育の見直しが行われた時期です。その原因は、スプートニク・ショック(Sputnik crisis)と言われているもので、1957年10月4日にソビエト連邦が、人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功したことにより、アメリカ合衆国をはじめとする西側諸国の政府や社会に衝撃や危機感が生まれたことによるものです。時を同じくして、画一一斉授業のもつ問題点が多くの人々の中に起きてきました。もっと子どもたちの個別の能力や適性を考慮した教育が必要ではないかということになりました。そこで、今までのものに取って代わる方法ということで「オールタナティブ」として、従来はなかった新しい理念や方法によって教育活動が展開されました。

 オランダでは、そのような自由な、新しい発想の教育が急激に広がったのには、以前のブログで紹介した1917年に憲法第23条の改正された「教育の自由」があったからです。そして、その当時に生まれた様々な教育方法が実践されていたのです。それは、モンテッソーリ教育、ダルトンプラン教育、フレイネ教育、シュタイナー教育などです。しかしその実践校はほんのわずかでしたが、その土壌があったため、1960年代後半から1970年代にかけてオランダでは、オールタナティブスクールは増加していきました。

当時のオランダでは教育現場では、いわゆる「落ちこぼれ」が問題になっていました。なんと、普通初等教育だけでも、200万人以上の子どもたちが留年していたのです。小学校を留年せずに終了しているのは、全生徒数のおよそ三分の二だけだったのです。しかも、中等教育になると、それは2倍から3倍にもなります。そこで文部科学省の委託によって、当時あった教育研究財団という機関が調査・研究を行いました。その報告書は、「落ちこぼれへの抵抗」というタイトルで出されました。

その中で、「特に、古い画一的な教育では、同じ内容をただ反復するという授業形態が留年の原因になっていること、また、留年する子どもは、わかっていない部分をもう一度学ぶために、わかっている部分も繰り返して学ばなければならない、という非効率的な教育が行われている。」と指摘したのです。また、「諸外国の教育改革の事例を参考にして、生徒各自の可能性とニーズに応じた教育内容や方法の“分化”を目指して、学校教育の内容を根底から組織し直す必要がある。」と主張しました。また、「従来のように学習内容を学年ごとにヨコに決めるのではなく、タテに、つまり子どもの発達を学校就学期間全体を通じて継続的に捉え、より包括的な形で組織していくべきだ。と述べています。

 さらに、「モンテッソーリ教育とイエナプラン教育の重要な点は、いずれも、タテの生徒グループを基本としていることである。異年齢の子どもからなるグループは、社会形成(相互の助け合い、グループワークなど)の可能性をより多く提供しているし、場合によっては組織上の利点もある」と述べ、画一教育に代わる方法を探るために、オールタナティブ教育の実例を採用する必要があると主張しています。

時代の要請” への6件のコメント

  1. 日本の義務教育には「留年」はありません。できてもできなくても、みんな学年が上に上がり、中学校3年生で義務教育の課程を終了します。證書には「修了」と書かれますが、実質的には、「終了」しただけです。あるいは、法律上、システム上、義務教育課程というものをその達成の内実は問わずに、「修了」したということでしょう。この義務教育課程並びにその後の高等教育課程で優秀な成績を納めた人たちは、現行の義務教育システムを根本から考えようとしていないかのようです。少なくとも「非効率的な教育」とは思っていないようです。なぜなら、自分たちはこのシステムで優秀な成績を納めたからです。来年から算数数学が「習熟度別」になるそうですが、その程度で、「留年」も「飛び級」もありません。あくまでも「与える側の平等」を堅持し、「受け取る側の平等」は無視です。「生徒各自の可能性とニーズに応じた教育内容や方法の“分化”」が我が国でも本当は求められているのに、様々な理由により、根本的な変革が教育界では行われません。まぁ、ないものねだりをしても仕方がないので、自分たちの分野、領域において、めざすことを粛々と実行していきたいと思います。この意味で、「学校教育」の中には組み入れられたくありませんね。

  2. 多くの子ども達が留年していたのですね。それだけ多くの子ども達が留年していたら大きな問題として取り上げられ、現行の教育の見直しが叫ばれますね。と思った時に、あれ、日本で留年をした子どもの話はほとんど聞かないなと思いました。勉強ができなくても留年するという仕組みは日本にはないので、当然かもしれません。留年がいい、悪いということではなく、できない子に対する対応があまり重要とされていないのではないかといった印象を受けてしまいます。また、小学校から中学校、高校へと上がっていくにつれ、学校で重視されるものが教育ではなく、教科の点数を上げることになっていっているように感じます。だんだんと人(子どもの)を見ることから離れているようです。ただ、クラスの何人が国公立の大学にいった、有名私立大学にいったで評価される先生も辛いだろうなと思ったりもします。

  3. 「わかっていない部分をもう一度学ぶために、わかっている部分も繰り返して学ばなければならない」という点ですが、日本では分かっていないことを繰り返し学ぶことはよく行われますが、分かっている部分についての扱いが十分ではないと思います。よく言われるのが、クラスの真ん中くらいの理解度に合わせて授業が進むことで、分かる子が次の段階に進めずに待たされてしまうということがあります。今とは違う形態をとることでその点も少しは解消されると思うんですが、「現在でも多くの学校で行われているような」あり方はまだまだ続いていくんでしょうね。だからこそその実践を保育園からも示していくことが大事なんでしょう。

  4. 藤森先生が、よく「社会はすべて異年齢」と言っているのを思い出します。確かに、社会の中で同年齢だけが集まっている集団は見たことがありませんね。つまり、社会は異年齢であることが、効率をもたらせてくれると自然に理解しているということでしょうか。「異年齢の子どもからなるグループは、社会形成(相互の助け合い、グループワークなど)の可能性をより多く提供しているし、場合によっては組織上の利点もある」というように、個人だけでなく組織においても成果を与えることができるのですから、それらが大人になって、上手に使いこなせるようになるための乳幼児期が必要になりますね。先日の講演で、異年齢では「安全に、困難に出会わせることができる」という表現をしていました。大人よりも切り替えが早く、代償がそれほどまで大きくならない時期で学んだ“調整力”が、将来には、組織に利点をもたらせてくれるものであるということでしょうか。また、「落ちこぼれ」等というように、“時代の要請”は、子どもの姿から生まれるものなのだなと感じました。

  5. 企業の世界でも時代のニーズに合わせて、どんどん変えて、いかに顧客の要求に応じるかが成功の鍵を握っていると思います。それは教育も同じです。商売ではないので利益はないですが、日本の未来を支える子どもたちという見方では利益に関係するかもしれません。それにオランダでは留年をした生徒が大勢いたことに問題視をし教育を見直すことに国が動き、オルタナティブという考え方を打ち出し、教育の見直しを図っています。日本では留年はさすがに無いですが、留年よりもっと大きな問題が起きているのに、それでも日本はなかなか変わりませんね・・・。

  6. 日本では「飛び級」や「留年」といったことは義務教育ではないですね。また、どうしても悪い印象があります。それも自分のスピードで学習を進めていくということではないのでよりそうなっているのだと思います。「落ちこぼれ」というのはどのくにでもあったのでしょうね。日本でもこういった問題は当然で出ているのですが、その対応策がやはり教員に頼るもので、その環境やシステムはあまり改善される議論は少ない印象があります。それに比べ、「落ちこぼれ」をなくしていくためにそれぞれの子どもたちのスピードでそれぞれにあったカリキュラムがあるというのはとても理想的なように思います。また、日本では「できる・できない子」だけではなく、「障害のある子・そうでない子」というのも言われています。海外のやり方でいくとこういった障害などのハンデもなくなっていき、まさにコーヒージョンといったことも理想としてできるようになるのではないかと思います。まだまだ、日本においては「多様性」という考え方は狭い範囲でしか、意識されていないということを実感します。

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