各国へ

 日本でも、小学校で電子黒板やタブレット型パソコンを使った授業が各地で行われています。この利用で、授業が変わってくると言われています。しかし、私は、それらはあくまでも道具であり、授業形態だけでなく、教育のあり方を考え直さなければならないと思っています。ペーターセンが、ドイツのイエナ大学に着任したのが1923年です。彼が提案した教育改革では、教師は教育者として、学校で自立的に子どもが学ぶために適切な指導とサポートと方向付けをしていきます。日本で多くの学校で行われているような、教員が決められた知識と技能を一律に伝達するような授業では、いくら道具が進化しても、素晴らしい道具を使っても子どもに身に付く力は基本的に変わりません。

 逆に教育の目的や授業方法を改革しても、それを行う教員養成や教材開発も行わなければなりません。何よりも、教員のあり方、教員の子どもに対する接し方について、自身のもつ既成の考え方を大きく転換させなければなりません。また、評価についても従来と異なる考え方をしなければなりません。ペーターセンが提案したイエナプランでは、子どもの学習は、その成果を自分で評価できるものでなければならないと考えます。また、それと同時に、大人である教育者からだけではなく、子ども自身が、自立的に学びながら、あるいは、他の子どもとの協力や相互作用によって、自分がやっている学習をフィードバックできるような状況が、できる限りつくられねばならないと考えます。

 ペーターセンは、イエナ大学の実験校をつくって、独自の教育理念に基づいた新教育を行い、諸外国に出かけて講演をし、また、多くの国々の教育者たちがペーターセンのもとに集まりました。さすがヨーロッパですね。国内への広がりではなく、諸外国へ広がりを見せます。そして、それぞれの国で、それぞれの形をつくって定着していきます。イエナプランと呼ばれる教育方法は、現在オランダで実践されています。というよりは、オランダ以外の国での実践をあまり聞いたことはありません。もしかしたら、イエナプランを日本に精力的に伝えているリヒテルズ直子さんの成果かもしれません。しかし、ペーターセンが諸外国で講演をしていたころ、最初は隣のオランダではそれほど注目されなかったようです。さらには、第二次大戦後でもあまりオランダでは取り上げられなかったようです。それは、戦時中、オランダはドイツに占領され、ドイツが嫌いだったかもしれないとリヒテルズさんは推測しています。

 しかし、1950年代、ある偶然によってオランダに知られていきます。そのころにはペーターセンも亡くなっていて、イエナ大学の実験校も閉鎖されていました。しかし、どうやって、だれによって広げられていったのでしょうか。

当時、新教育運動は、各国で引き継がれていました。私は、昨日の講演で、どんな経緯で「イエナプラン」という名がついたかを話しました。それは、新教育フェローシップの会議で、その秘書をしていた人が、イエナ大学で考えられたということで、「イエナプラン」と呼んでからです。この新教育フェローシップは、世界新教育学会(New Education Fellowship/ World Education Fellowship)と呼ばれ、そのかした文字をとってNEFと呼ばれています。この学会は、子どもの自主性・創造性を尊重する新教育を普及する目的で、第一次世界大戦後の国際協調期1921 年に、世界の新教育実践者・理論家たちが連帯する国際教育組織New Education Fellowship (NEF :国際新教育連盟)として創設されました。この学会には、私たちが現在よく知っている人たちの名前が連なりますので、もう少し説明してみます。

各国へ” への7件のコメント

  1. 1921年当時、すでに新教育の普及を目的とする組織が作られていたのですね。子どもの学習は成果を自分で評価できるものでなければいけない。とありました。正しく評価することで、これから自分はどうしていけばいいのか、どのように学習していけばいいのか、といった具体的な方法を自分で考え、実践していくことできますね。それは自主的で主体的な姿だと思います。これは大人になってからもとても大切な力だと思います。大人になって本当にそう思うようになりました。学生の頃「今日の授業は自習」と言われるととても喜んでいました。それはきっと解放にも似たものだったのだろうと思います。自分達でどう、学んでいくのか、大切なことですね。

  2. 「子どもの学習は、その成果を自分で評価できるものでなければならない」という考えには非常に共感できます。今ある多くの評価は、大人が決まった価値観によって評価するというものです。これを子ども自身が評価できるような内容にし、そしてそれが出来るような力を乳幼児期からつけていくという流れが出来ていくといいんですが。そのためにも教育のあり方を見直していくことが必須ですね。道具だけ進歩して、それさえ使えば素晴らしい教育ができると考えることは非常にもったいないですが、だからといってその道具を使わないことももったいない気がします。技術の進歩がうまく教育生かされるような方法を示すことができればいいんでしょうが、まだその段階までたどり着いていないのが歯がゆいところです。

  3. イエナプランがドイツから始まったのに対し、オランダで定着を進めているような動きを考えると、決して発祥の国ではない国の方から世界に発信していく形もあるということが理解できます。「見守る保育」が英語版・韓国語版・中国語版が出版され、何カ国もの言葉で訳されているということは、もしかするとイエナプランのように、日本の定着率より世界の動きの方が敏感でスピーディーである可能性は高いかもしれません。しかし、日本の大切にされてきた良き伝統である昔からの子育て観を、自国の誇りを持って世界に発信するような動きは、日本全体にとって大切な意識を立て直し、再び愛国心のようなものを取り戻していくには必要なことであると感じました。スポーツやイベントだけでなく、「教育」という分野で世界に発信していくことは、今後の日本を支える大きな柱になっていくように思います。

  4. ドイツで開発された教育方法がイタリアを経、やがてオランダで花開く、という関係性には極めて興味深いものを感じます。しかも、マリアモンテッソーリ女史もオランダで亡くなります。オランダは一般的にヨーロッパの田舎と言われることがあります。大国であるドイツやフランス、あるいは対岸のイギリスがコアであるならばペリフェリという意味での「田舎」でしょう。その「田舎」オランダのおかげで、私たちの祖先は明治維新を成し遂げました。「新教育運動」という20世紀前半の運動は残念ながら第二次世界大戦で一時期断ち切れの状態になりますが、「新教育運動」とは取りも直さず、その50年後を見越してのことだってでしょう。「見守る保育」も50年、100年後には世界水準に合致した日本の教育のスタンダーダとなることでしょう。その日が待ち遠しいですね。

  5. 子どもが自己評価できるというのは、実は個人的に試みようとしていることです。ドイツでの報告で学びの部屋で文字数、科学で遊んだあとに自分の瓶に項目に応じた色が付いたおはじきを入れるという話しを受けて、似たような事を子ども達に促してみようと思っています。子どもは基本的に常に前を向き、振り返る事をなかなかしません。その中で自分の行動を振り返り、考えてみるという行動も必要な気がします。まさに「せいが保育園」の「省我」の意味でしょうか。また自己評価は、反省だけでなく大きな学びも得られると思います。

  6. 少し不思議な経緯でイエナプランは広まっていったのですね。そんな経緯を知ると単純に「見守る保育」というものが決して日本からではなく英語版で見守る保育の本が出ているので外国から発信される可能性もあると考えられとなんだかすごいですね。そしてイエナプランの自己評価について考えてみると大人になるとよく自分を振り返り、あれをやっておけばよかったや、こういう言い方をやめて違う言い方にすればよかったとなどと思うことは自然と起きてきます。子どもの頃に意図的に自分を評価し自分と向き合う環境があることによって今よりも自分のことを知り、考える力がついていたのではないかと感じます。学ぼうとする力、解決しようとする力も異年齢であることからも多く学びがあることでしょう。自分でもそういった環境を少し子どもたちに提供できたらと微力ながら思います。

  7. 子どもが自分のことを自己評価するということはとても高度なことだと思います。子どもたちにこういった力は今後、世界に繋がっていくためには必要になってくるのかもしれません。自己評価ができるようになるには主体的に活動できることや客観的に自分を見れることが求められます。イエナプランのこのようなかんがえがペーターソン氏のいるドイツではなく、オランダなどの諸外国で大きく取り入れられるというのはとても因果なものです。日本でもそうですが、なぜか、その国で考えられたものよりも、そのほかの国のものをまねるほうに熱心になるのはなぜなんでしょうね。そういった共通点が見えるような気がします。

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