未来

ジャレド氏が言う「昨日までの世界」を見てきましたが、私は、その世界は、国家社会になって久しい日本においては、「数時間前までの世界」の気がします。伝統的社会における文化を、日本はつい最近まで継承してきた気がします。最近まで、ニートなどという言葉などありませんでした。現代うつ病、アレルギー、除去食、アトピー、水最近までそのような言葉ですらありませんでした。それが、あっという間にアメリカ的、西洋的になってしまったのです。

もちろんそれは、現代化であり、発展です。素晴らしい、あたらしい社会を手に入れました。安心で安全な社会に暮らすことができています。随分とありがたいものを手に入れました。しかし、その中で、子育てという遺伝子を子孫に残すという行為までも、西洋化してしまったのです。ジャレド氏は、伝統的社会から学ぶべきものとして、少子高齢化社会を迎えた現代社会における子育てと高齢者の問題をあげているのです。そして、伝統的社会を見直すことによって、今、大きな問題に直面している日本やアメリカなどでは、あと30年か40年のうちに、持続可能なシステムを作らなければならないと警告しています。

彼の言う30年から40年後には持続的社会をきちんと構築しておかなければ、地球という存在自体をも危うくすることになるということは、その時の社会を支える中心的役割をする現在の乳幼児を、もっと大切にするということなのです。その乳幼児の育児を、ただ母親だけに押し付けたり、働いている母親のためのその子の入れものとして考えて数だけを作ろうとしている保育所であったり、保育、育児の仕方を、国家主義の西洋化のなかで考えられた方法を変えようとしなかったり、これらは、持続的社会を構築するうえで見直さなければいけないのです。

ジャレド氏は、これから親になる人に向かって、次のような選択肢に納得するかを考えてみるように言っています。「求められるたびに授乳する(現実的対応であれば)」「離乳を遅くする」「乳児に複数の成人とスキンシップさせる」「添い寝をする(堅めのマットレスかゆりかごを寝室に置き、小児科医と相談することが必要)」「乳児を抱きかかえ、正面を向かせる」「グループ育児を増やす」「子どもの泣き声にすぐに反応する」「体罰を避ける」「子どもに自由に探検させる(子どもから目を離さないように)」「異年齢の子どもと遊ばせる(小さな子どもにも、大きくなった子どもにも効果がある)」「できあいの“教育玩具”やテレビゲーム、その他のお仕着せの娯楽ではなく、自分たちで楽しむ方法を学ぶようにしてやる」

このような育児は、個人レベルではなかなか難しいと言います。近所や地域全体が変わらなければならないのです。評価すべき伝統的社会の特徴を実践するには、個人と社会の取り組みが必要です。しかし、こうした選択肢を真剣に考慮する価値はあると言います。伝統的社会を訪れて子どもたちに接した人々は、その独立心や情緒的安定性、社会的成熟度に感心するからです。

ジャレド・ダイヤモンド氏は、「昨日までの世界―文明の源流と人類の未来」という書籍の最後に「読者個人と現代社会全体が、私と同じように、広範囲におよぶ伝統的社会の人類の経験から、お互いに享受できるものを見つけ、取り入れることを願っている。」と締めくくっています。