体罰

 泣いた赤ちゃんに素早く対応する方が泣いている時間が少ないというのは、ただ泣くと抱っこするからだけでなく、泣いている延べ時間が少なくなるということなので、すぐに対応される赤ちゃんは、いつでも抱っこされるという確信から、本当に訴える時にだけ泣くということなのでしょう。

 また、泣いたらすぐに対応すれば、泣けば来てもらえるという条件学習が成立し、赤ん坊がわがままに育ってしまうと言われていることは本当でしょうか?これに答えるために、対照実験を行いました。ひとつの社会を二つの実験群(集団)にわけて、一方の集団では、赤ん坊が「不必要」に泣いても無視し、もう一方の集団では、泣いたら3秒以内に対応するという子育て実験を行ってみたのです。この条件の差による結果は、実験開始から20年を経た時点で、ふたつの実験集団の20歳の成人に見られる自律度、人間関係の安定度、自制心、わがまま度、そして、現代の教育者や小児科医たちが美徳と称賛する性質や性格の度合いを評価し、二つの集団のあいだに有意差があるかどうかを判断することで明らかにしようとしたのです。

 しかし、このような実験を実際に人間社会に行うことはできません。これは、ジャレド氏が最初に行ったことですが、子育ての比較調査を実験的にすることはできません。そこで、それぞれの方法を慣習としている社会を比較することから考察するのです。その方法では、それほど厳密な結果は期待できませんし、一定の期間を経ないと結果がわからない長期アウトカムの問題です。それを踏まえて比較してみると、少なくとも、狩猟採集民の親たちが行っているように、泣くとすぐに対応する子育てを実践したとしても、自立心や自信、その他の美徳にかける人間に育つとは限らないという結果は出ているそうです。

 これと同じような課題として、「体罰なしの子育ては子どもを甘やかす子育てなのか」というテーマがあります。この体罰への考え方も社会的に多様なようですし、同じ社会でも世代によっても考え方が違います。日本でも、「愛のむち」を心から信じているのは、60歳以上の人であるということが言われたことがありました。根性論のスポコンと言われたアニメに人気があったころからかもしれません。

それは、海外でもあるようです。アメリカにおいても、年配の世代の方が体罰を容認する風潮があるようです。また、ドイツ帝国の宰相だったビスマルクは、同じ一家でも体罰を受けた世代の次には、体罰を受けたことのない世代が現れるというように、被体罰経験の有無が世代ごとに入れ替わると言っているそうです。彼の指摘に対してジャレド氏は納得がいくと言っています。それは、ジャレド氏の友人が、子どもの頃に体罰を受けた場合、自分の子どもにはそんな野蛮で残酷なことは絶対しないと言っているといい、逆に子どもの頃に体罰を受けなかった友人たちは、罪悪感を利用したり、精神的に支配したりして、わが子を思い通りにコントロールするよりは、あるいは、わが子を全く甘やかし放題の子にしてしまうよりは、少しぐらい体罰を与える子育ての方が健全であり、しないよりましだと言っているからです。

それ以上に、社会、国、地域によって、その是非が違う場合の方が多いようです。それは、環境が影響しているようです。