泣いたとき

 赤ちゃんが泣いたらすぐに抱き上げてはいけないという考え方は、どのような理論に基づいているのでしょうか。

 すぐに抱き上げていては、赤ん坊が甘やかされるだけである、赤ん坊はできるだけ早い時期に一人で遊べるように育てなければならない、赤ん坊には我慢を覚えさせなくてはならない、という考え方が、専門家たちが唱えたことでした。ジャレド氏は、その中でこんな例を挙げています。「人類学者のサラ・プラファー・ハーディは、20世紀半ばのアメリカで主流だった考え方を記している。“私の母の世代が子育てをしていたころ、教育を受けていた女性たちは、赤ん坊が泣いたからといって、母親があわてて抱かげてしまうと、泣けば来てもらえるという条件学習が成立し、赤ん坊がわがままに育ってしまうと思っていました。”このような考え方は、私が妻のマリーと一緒に、双子の息子を育てた1980年代になっても根強く残っていた。私たちもまた、他の親御さんと同様、赤ん坊におやすみのキスをし、ベビールームからそっと抜け出し、親が離れていくことに気づいて泣きじゃくられても部屋に戻らず、10分経ったところにベビールームをのぞき、赤ん坊が落ち着くのを持って、もう一度、ベビールームからそっと部屋を抜け出し、その途中ですすり泣かれても部屋には戻らないという、寝かしつけの時間を毎晩のように経験しながら子育てをしていたのである。それはもちろん、そのように寝付かせるべきだとの助言にしたがっていたのだが、それは本当につらい経験だった。そして、いま現在にあっても、多くの親御さんが、依然として、われわれと同じ試練を味わっているのである。」

 こんな対応は、読むだけでも辛くなります。赤ちゃんに辛い思いをさせて、辛さを乗り越える力が付くのでしょうか?そんな誰でもわかることを当時はまことしやかに説かれていたのですね。そんな例は、今でも育児においていくつもあります。それをジャレド氏は、狩猟採集社会や伝統的社会においての育児の観察から考察しているのです。この赤ちゃんが泣いたときの対応は、全く対照的だったそうです。

 狩猟採集社会では、赤ん坊の泣き声にただちに対応します。こんな例を挙げています。「エフェ・ピグミー族の社会では、ぐずる赤ん坊への対応は迅速であり、ぐずりはじめてから10秒以内に母親が赤ん坊をなだめるか、誰か他の人間がなだめようとするのである。クン族の場合は、赤ん坊の体にそっと触れたり、授乳したりするといった、何らかの対応が3秒以内になされる割合が88%にのぼり、10秒以内になされる割合はほぼ100%である。対応者が母親の場合はぼにゅが与えられたりするが、多くの場合において、対応者は母親以外の成人女性であり、その場合は、赤ん坊にそっと触ったり、そっと抱き上げたりする行為がみられた。結果的に、クン族の赤ん坊は多くても1時間あたり延べ1分ほどしか泣いておらず、しかも1回あたりの泣き時間は10秒にも満たないのである。」

この素早い対応のおかげで、クン族の赤ん坊の1時間あたりの延べ泣き時間は、オランダ人の赤ん坊の半分だそうです。最近のいろいろな研究で、泣いても無視される1歳児は、泣いたらすぐに対応してもらえる1歳児より、多くの時間泣いて過ごすという結果が報告されているようです。この結果は、当たり前のように聞こえます。当然、泣くという行為は、何かを訴えようとするわけですから、すぐに対応してもらえると泣き止むということは分かります。しかし、では、その素早い対応は、赤ちゃんが大人になった時に、どのような違いが生まれるのでしょうか?