なつかしい銀座

 最近、東京駅周辺、銀座が盛況です。一時、新宿、渋谷、池袋に押されていましたが、かつての丸の内、八重洲、日本橋、銀座がにぎわっています。ただ、多くは私たちの世代が中心ですが。この賑わいは、丸の内側でいえば、数年前から、東京駅周辺のブランド通り、新丸ビルをはじめとした新ビルの建設、東京駅のリニューアル、

KITTEから見た東京駅

KITTEから見た東京駅

そして、最近は中央郵便局が「KITTE」というあたらしいショッピングビルに変わりました。kitteまた、八重洲側でいえば、エキナカのリニューアル、大丸のリニューアルがあります。また、少し足を伸ばして有楽町の方へ行くと、各地のご当地ショップがあります。

 そんなわけで、私は、最近は妻と買い物に行くときはもっぱら東京駅周辺とか銀座へ行くことが多くなりました。そんな時に、ちょっとお茶するとか、食事をするときには、どの店に行っても混んでいます。そこで、少し前に銀座に行った時に、なつかしい風月堂に行ってみました。思った通り、あまり混んではいず、多くの客は年配層が多かったです。

 風月堂は、1753年(宝暦3年)に、初代大住喜右衛門が“大阪屋”を屋号として菓子屋を営んだことが最初です。ここの菓子はよほどおいしかったのでしょう、1789年(寛政初年)には、老中松平定信より「御定用・御菓子調進」を命じられています。定信はよほど気に入ったのでしょうか、1812年(文化9年)に、格別な知遇を以て商号に“風月堂清白”の5字を選授し、その後、屋号を風月堂としました。

もう一店、私が子どもの頃、親によく連れて行ってもらったレストランが銀座「不二家」でした。先日は、久しぶりに銀座不二家に行ってみました。私の子どもの頃、日曜日になると外食をしていました。大体は、浅草の釜めし、焼き肉、両国の桜鍋(馬肉のすきやき)、銀座の不二家でマカロニグラタンでした。どうしてそんなに外食したかというと、家に南京虫(今は、トコジラミといいます)が多く、それを駆除するのに、家の窓に目張りをし、バルサンをたいたのです。バルサンは、火をつけると家じゅうに煙が充満し、その効果が表れるまで家を留守にしなければならなかったからです。各部屋に置かれたバルサンに煙にまかれないように父親が火をつけて回るのをドキドキしながら待っていました。

 不二家で食べたマカロニグラタンは、今のようにチーズがとろけているのではなく、ゆでたマカロニと玉ねぎ、海老、マッシュルームなどを炒めて、色付かない様に炒めた小麦粉のルーを牛乳やブイヨン等の出し汁で溶き延ばして煮詰めた白いソースであえたものでした。それと同時に頼んだのがメロンソーダでした。この「天然ソーダ水」は、不二家から生まれたものです。

もう一つ、不二家というとパフェ、フルーツポンチ類がありますが、アイスクリーム・サンデー、アイスクリーム・ソーダなどのメニューを不二家が取り入れたのは、創業間もない大正時代からだそうです。その中でも、アイスクリーム・サンデー、アイスクリーム・ソーダは不二家が元祖といわれています。そして、ソーダ・ファウンテンで天然ソーダ水を売り出した不二家は、アイスクリームを合わせたアイスクリーム・ソーダを作り出しました。

あたらしい町に生まれ変わった銀座にも、私の子どもの頃に行った店も残っています。

なつかしい銀座” への7件のコメント

  1. 銀座というのは私にとってほとんど未知の世界です。響きに重みというか高級さというか、そんなものが感じられます。ですが、思い返せばその銀座の不二家の前を今年の2月に走ったようなんです。雷門で折り返し、銀座の町を走れるというのを楽しみにしていました。しかし、実際にはこの辺りではそんな余裕はほとんど残されていませんでした。それでも、高揚感を感じることができました(歌舞伎座の前で白塗りの方が応援してくださっていたのをよく覚えています。元気をいただきました)。歴史があり、そして新しいことも生まれる東京はおもしろいですね。藤森先生のブログからその東京のおもしろさが伝わってきます。

  2. 私はあまり、アイスクリームソーダを食べたことがなく、先日、知人が食べている様子を見て、アイスクリームをソーダの中に埋もれさせると、一気に泡まみれになる現象を目撃しました。なんだか、それを見ただけでも楽しくなりますよね。アイスクリームソーダを提案した人物は、きっと素敵な遊び心の持ち主であったんだろうなぁと思ったりもしました。不二家や風月堂のように、歴史ある、いわゆる老舗にも積極的に足を運び、食べ物と一緒に歴史も味わってみたいと感じました。

  3. 今回のブログで紹介されている写真の建物は、私にとってはまさにメッカのそれです。東京駅は鉄道大好き人間にとっては拠り所中の拠り所、そして東京中央郵便局の新ビルKITTEはまさに私の趣味そのもの。うれしいのは、東京中央郵便局の外観を残すようにして郵便事業会社の建物が建っていることです。まぁ、私的にはやはり「東京中央郵便局」に用があり、新ビルにはそれほど、という感じですね。銀座、とてもおしゃれな街、大人の街、という感じです。時々、家内と出かけるところです。若いころは、おいしいコーヒーを求めて彷徨って、結局一杯1500円のコーヒーに途轍もないおいしさを感じました。そのお店がどこにあるのか、今は全く思い出せない有様です。銀座は鳩居堂さんや松坂屋さん、プランタンなどなど・・・東銀座まで足をのばすと私の故郷のアンテナショップがあって、やはり時々家内に連れられてお買いものをします。バルサン焚くために外出して銀座でお食事とは。凄いですね。銀座は私の好きな街のひとつです。時々、無性に行きたくなりますね。

  4. 銀座という地名からは近寄りがたいイメージしか湧いてこないのですが、何度か足を運んでいるうちにそのイメージは少しずつなくなってきています。とはいっても懐かしいという気持ちにはもちろんなりませんが。どうしても高級な感じがしてしまうためどこか構えてしまう街ですが、古くから続いているお店には一度立ち寄って歴史を感じてみたいものです。この銀座の街が東京マラソンのコースにも含まれているので、来年は走れるだろうかと少し期待をしていたんですが、残念ながら落選してしまったので再来年以降に持ち越しです。

  5. 藤森先生のブログに登場する「子どもの頃の東京」の時代の雰囲気は、浅田次郎の小説で描かれた東京、「霞町物語」や「地下鉄に乗って」でも感ずることが出来ます。その雰囲気が大きく変化してしまった東京オリンピックが、再びもうすぐやって来て、大きく良い方向に時代が流れてゆくことに期待します。大人は今の時代の子どもたちが希望を持てるような社会に変えてゆかなければなりません。歴史の中で良いものは困難を乗り越え残る、残してゆく、でしょうか。

  6. 銀座と聞くと、高級なブランド用品店が並び、縁のない場所と思っていました。もちろん何度か行った事がありますが、新宿や池袋、渋谷と比べると、雰囲気が全く違いますね。なんだか時間の流れがゆっくり流れて、落ち着いた時間を過ごせそうなイメージです。藤森先生が子どもの頃に行かれていたお店が、まだ残っているのは驚きますが、もしかしたらそういう老舗が銀座の雰囲気や伝統を守り続けてきたのかもしれません。

  7. 東京駅は私にとっては通過点の駅でした。最近ではリニューアルしたということで、初めて外から東京駅を見ましたが、とてもきれいですね。新しい中にあるノスタルジックな雰囲気はとても落ち着きます。今回話に出てきた銀座や東京駅周辺、有楽町などはあまり行ったことがないのですが、ブログにあるような老舗といわれるお店があるんですね。風月堂や不二家のお菓子はとても有名ですね。それがこういった歴史とともにいまだに残っているということはとても素晴らしいことですね。また、どの時代でも愛されるお菓子の味というものもすごいものです。こういったお店に関しては「残る」ということは並大抵の努力ではなかったことでしょう。また、それだけ人々にも愛されてきた味というものはできないと思います。

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