社会2

 部族社会は、小規模血縁集団より人口が多いため、狭い地域でより多くの人間を養うためにはさらに多くの食物が必要になります。そのために、部族社会ではふつう農耕民または牧畜民、もしくはその両方を兼ね備えていることが多いのですが、とくに生物生産性が高い環境では狩猟採集民も多少はいるようです。ジャレド氏は、このような例として、日本のアイヌ民族や、北アメリカの太平洋北西部沿岸の先住民などを挙げています。

 彼らは、定住する傾向があり、畑や牧草地や漁場の近くにつくった村でほぼ1年中生活します。しかし、中央アジアの牧畜民やその他の部族民の中には、季節移動する集団もあります。夏にかけて草の生育を追って高地に移動し、季節ごとに標高が異なる土地に家畜を移動させるのです。

 その他の点では、小規模血縁集団によく似ていて、彼らは比較的、平等主義であり、経済活動の専門化が進んではいず、政治的指導者の存在が希薄であり、官僚がいず、一堂に会して意思決定するのです。

 この次の段階として、数千人の人口を抱える、複雑に組織された「首長制社会」へと移行すると言います。その社会では、人口が増えるうえに経済活動が専門化しはじめることから、食糧生産にたずさわらない首長とその親族や、官僚などの専門職を養えるよう、食糧の生産性をあげて余剰作物を生み出し、それを貯蔵する能力が欠かせなくなってきます。そのため、首長制社会では貯蔵施設を備え、人が定住できる村や集落をつくり、その大半で農耕や牧畜により食糧を生産していました。

 人口数千人の社会では、成員全員と顔見知りになったり、全員が一堂に会して議論をしたりすることは不可能です。その結果、首長制社会は、小規模血縁集団や部族社会にはなかった二つの新たな問題に直面します。ひとつは、首長制社会内の見知らぬ他人同士が互いに顔を合わせたとき、相手は個人的には知らないけれど同じ首長制社会内で暮らす同胞だと認識でき、なおかつ占有地を侵したかどうかで緊張が高まって争いに発展することがないようにしなければならない点であると言います。そのために首長制社会では、共通のイデオロギーと、首長の神権的地位から派生した共通の政治的・宗教的アイデンティティを保持することが多くなります。

 このあたりの社会の考え方は、それぞれの家族から、保育園、幼稚園という社会、保育団体という社会のあり方について考えるところがあります。それに照らし合わせて、首長制社会のふたつの問題を見てみると面白いです。ジャレド氏は、ふたつめとして、首長制社会には首長という誰もが認める指導者がいて、その首長が意思決定をし、みなが認める権威を有し、必要であれば社会の成員に武力を行使する独占的権利を持つ点であるとしています。首長はこれにより、同じ首長制社会に住む見知らぬ者同士で争いが起きないようにしているというのです。首長を補佐するのは様々な業務を遂行する専門化していない官僚の原型ともいえる役人で、貢物を集めたかと思えば、争いを仲裁し、その他の管理業務もこなしていきます。国家のように、徴収官や裁判官や飲食店の衛生管理検査官が個別に存在するわけではありません。

 このような社会は、多くの一般書では、単に「部族」と記されていることが多いために、混乱することがありますが、首長が存在する伝統的社会のことで、首長制社会のことのようです。それを踏まえて、もう少し、これらの社会の特徴をジャレド氏は述べています。