社会1

 人々は、集団を形成して生活をします。そして、その集団は次第に大きくなり、国家になっていきます。それは、あたかも人間が年齢によって発達していくのに似ています。しかし、ジャレド氏は4歳児が3歳児に戻ることは絶対にないのに対して、社会形態は逆行することがあると言います。たとえば、干ばつが続けば、農村の住民が小集団に分かれて狩猟採集を行うことがあるというのです。そうはいっても社会形態体を考察するうえで、いくつかのカテゴリーに分ける必要があるということで、ジャレド氏は、50年くらい前、エルマン・サービスが定義した四つのカテゴリーに分けています。

 人々の集団は、人口規模の拡大、政治の中央集権化、社会成層の進度によって分類できます。それはすなわち、「小規模血縁集団」「部族社会」「首長制社会」「国家」です。サービスが「小規模血縁集団」という用語を定義した最も小規模で単純な社会は、数十人だけで構成され、ほとんどの成員はひとつあるいは複数の拡大家族に属します。例えば、成人した夫婦とその子どもたち、夫婦の両親や兄弟やいとこの一部などとしています。移動型の狩猟採集民の大半と畑を持つ農耕民の一部は、伝統的にこのような人口が疎密な小集団のなかで暮らしてきました。このような小集団血縁集団は人口が少ないため、成員の誰もが互いをよく知り、一堂に会しての議論で集団の合意ができ、政治的指導者は存在せず、経済活動の専門家もみられません。このような集団について、社会科学者は、比較的平等主義で民主的な集団であると述べているそうです。成員の「富」や政治的権力にはほとんど差がなく、たまに、もし個人の能力や性格によって差が生じることがあれば、小規模血縁集団の成員全体に資源を広く分配して差を調整することもあるといいます。

 考古学的証拠から判断すると、少なくとも数万年前までは人類はみなこのような小規模血縁集団で生活し、さらに大半は1万1000年前という最近まで、以前として小規模血縁集団で暮らしていたと思われています。それは、コロンブスがアメリカ大陸を発見したと言われた時代、ヨーロッパ人が世界に進出し、非国家社会で暮らす非ヨーロッパ人と出会ったころ、オーストラリアの全土、もしくは大部分、北極圏、それに南北アメリカとアフリカ大陸のサハラ以南など生物的生産性(環境の生産性)が低い砂漠や森林地帯は、いぜんとして小規模血縁集団で占められていたと言います。たしかに、世界のなかで先住民と言われている人々は、それほど大きくない社会の中で、民主的、平和的に生きていたのかもしれません。それを、発見したヨーロッパの人々は彼らを野蛮と決めつけ、私たちが子どもの頃に習った歴史でも、若干そういったニュアンスのことを教わった気がします。そこで、土人とかインディアンとかエスキモーなどという差別用語で表現していたのでしょう。しかし、私たちは、ここから多くのことを学ぶことができるのです。

 この小規模血縁集団が次に移行する社会は、サービスが「部族社会」と定義した社会で、より規模が大きく、形態もより複雑な、数百人の局地的な集団で構成される社会のことです。しかし、部族社会も依然として成員はだれもが顔見知りで、見知らぬ他人はいない程度に集団規模が限定されます。そして、そのような規模の集団では、数十の家族がいて、それがときに氏族という血縁集団に分かれます。氏族間では交換婚が行われていたかもしれないと言います。そのほかに、どんな特徴があるのでしょうか。