変化

 世界には、いろいろな種族といわれる人々が生活しています。彼らは、長く受け継がれた文化を持っています。そして、独自の生活をしています。それは、国内のおいても、各地に残る文化や風習があります。それは、伝統社会と呼ばれるものかもしれません。私の子どもの頃は、世界の珍しい種族の風習を取り上げたテレビ番組がありました。それは、自分の周りしか知らない子どもたちにとって、全く未知の世界でもあり、驚きの風習でした。例えば、その中には、全く何も身につけず、素裸で生活している人々も紹介されました。もちろん、私たちが決して口にすることのない物を食べたり、子どもたちが成人になるために試練であったり、テレビは、その姿をそのまま伝えてくれました。

 「昨日までの世界」を書いたジャレド・ダイアモンド氏は、1931年に初めてニューギニア高地人を「発見」した最初のオーストラリア人が撮影した彼らの写真を見ます。そこに写っていたのは、腰蓑を申し訳程度に身につけ、編み袋を肩にぶらさげ、頭には鳥の羽でつくった飾りをつけているニューギニア高地人でした。当時のニューギニア高地には、以前として石器を使用する村人が100万人も暮らしていたのです。彼らは、何千年ものあいだ外界に関して限られた知識しか持たず、比較的孤立した生活を送っていました。

 そのニューギニアに2006年、ジャレド氏は訪れるのです。すると、彼らは、シャツ、ズボン、スカート、短パン、それに野球帽といった、世界標準ともいえる服装をしていました。彼らは、1、2世代のうちに、読み書きやコンピューターの使い方を覚え、飛行機まで運航できるようになったのです。ここには、彼らが西洋の衣服をまとっていること以上に大きな違いがあるのです。1931年当時のニューギニア高地人社会には、大量生産された衣服がなかったばかりでなく、空港を見渡してみると当たり前かのようにある、時計や電話、クレジットカード、コンピューター、エスカレーター、航空機など、現代のありとあらゆる技術が全く存在しなかったのです。ということは、文字も、金属も、貨幣も、学校も、中央政府もなかったのです。

 もし、最近の歴史を学んでその後の展開を知らなければ、文字を持たなかった社会がほんとうにわずか1世代で読み書きを習得できるのだろうかと、疑問に思ったに違いないとジャレド氏は言います。人類史を眺めてみたときに、人類は長い年月を経て進化していきます。人類が文字を獲得するまでにどのくらいの年数がかかったことでしょう。

ここで、ジャレド氏は、現代世界では当たり前のことと思われていることで、当時との大きな違いに気がつきます。それは、ニューギニアの空港で気がついたのですが、そこで働いている人々、利用する人々がほとんどそれまで会ったこともない他人同士だというのに、その場で何の争いも起きていないことです。1931年当時では、そのような状況は想像もできなかったと言います。見知らぬ他人に出会う機会は稀であり、ひとたび会えばそれは危険を意味し、いつ暴力沙汰に発展してもおかしくなかったのです。しかも、当時ニューギニアには、警察も政府も存在していなかったのです。現代では、国内のどこだろうが、許可を求めず飛行機その他の交通手段で移動する権利があります。そのような移動の自由を当たり前の権利として受け止めていますが、当時は、それは稀なことだったのです。当時の移動距離も、わずか10マイル(約16キロ)と行かないうちに見ず知らずの不審者として殺されるのが普通で、その先に勧めることなど想像もできなかったと言います。

このように、人類が数千年かけてたどった変化の過程を、ニューギニア高地人たちが直近の75年で経てしまったということはどういうことなのでしょうか?