どこから10

 人の顔つき、姿形、身長、それらは環境によって変わっていきます。その環境は、自然環境だけでなく、生活環境も影響していきます。例えば、たくさんカロリーの高いものを食べていると太ってくることがあります。もし、後世の人が、他の人間のすべての骨が何かの関係で消滅してしまった、太った人の骨だけが残ってそれを見つけると、平成人は、太っていたという研究がされるかもしれません。しかし、多くの骨が見つかると、それは個人的な特徴で、大体の人はこのくらいの体重であったと解明するでしょう。それは、身長も同じで、バスケット選手の骨だけが見つかったとしたら、この時代の人はかなり背が高かったと言われるかもしれません。

 このことは、私たちは気を付けなければなりません。ある特殊な例だけを取り上げてそれがいかにも普遍的な事柄のように語ることがあるからです。しかし、その時代における傾向はあります。身長も、最近の人は大きくなったというのは確かです。そして、その原因は、いろいろと考えられますが、明治以降、日本人の身長が高くなったのは、栄養状態がよくなったためであると考えられます。では、弥生人が、縄文人に比べて身長が高いのは、弥生時代は、農耕社会であったために栄養状態がよくなったからだと長い間考えられていました。しかし、そうではないということがわかります。それを、溝口氏は解説しています。

 「先史時代のアメリカ先住民では、狩猟・採集生活からトウモロコシの栽培を取り入れた定住生活への移行に伴って、身長が高くなっていたことがわかったのです。農耕によって労働が過重になり、骨に負担がかかったためだと考えられ、とすれば、弥生時代に身長が高くなっているのはおかしいわけです。では、なぜ身長が高くなったのか?ここにも北方起源が登場します。寒冷地適応の一つに、体が大きい方が熱を逃がしにくく有利だということがありました。寒冷地適応した北方の人々は体が大きい、すなわち背も高い人が多いのです。このように、弥生人の特徴を見ると、すべてが北方起源であることを示唆しています。」

 しかし、ここでまた疑問が生まれます。縄文人が南方起源の特徴を持ち、弥生人が北方起源の特徴を持っているということは、それぞれ違う集団が、南からと北からと違うルートで日本列島に渡ってきて、日本列島の中で彼らが出会い、交わっていったのでしょうか?しかし、彼らが混ざった特徴を、日本人が持つようになるわけではなく、古墳時代以降は、本土日本人は、弥生人の特徴を多く受け継ぐことになるのです。どうしてでしょう。そこのところを溝口氏は調べています。

 最初は、渡来民は朝鮮半島経由でアジア大陸からやってきただろうということが言われていました。その後、いろいろと調べた結果、東日本の古墳時代は男女とも、東日本の縄文人と、西日本の縄文人よりも、はるかに西日本の弥生人に同程度似ていたことがわかりました。しかし、西日本の古墳時代人は男女とも、西日本の縄文人よりも、はるかに西日本の弥生人に似ていたのです。つまり、古墳時代になっても、東日本では、縄文人の特徴と弥生人の特徴が半々に残っていたのです。それに対して、西日本では、縄文人の特徴は失われ、ほとんどが弥生人の特徴になっていたのです。

 そして、その西日本の男性は、縄文人ではなく、シベリア、あるいはバイカル湖起源説を支持する結果になったそうです。ややこしいですが、面白い結果です。研究は、もっともっと面白いことがわかりはじめます。