離乳時期

 狩猟採集社会では離乳はいつごろ行われているのでしょうか。離乳というのは、次の子を産む準備でもありますし、上の子の自立を認めることでもあるからです。最近は、少し見直されていますが、20世紀のアメリカの全般的傾向として、母乳育児の割合は減少傾向にあり、離乳時期も早くなってきていました。1970年代には、生後6か月で母乳を飲んでいる乳幼児の割合は、同月齢児のわずか5%にまで低下しました。

 しかし、狩猟採集民は、母乳に変わる牛乳もなく、粉ミルクもない。離乳食になるような材料である農作物の入手が困難である社会で暮らしています。そこでは、乳幼児に与えることができる栄養価の高い食べ物は母親の母乳以外にはないのです。その結果、授乳期間ははるかに長期庭絶えいます。7つの狩猟採集社会の平均では、離乳時期は約3歳だったそうです。この年齢は、幼児がどうにかこうにか堅い食べ物を咀嚼できるようになり、自分で必要な栄養を摂取できるようになる年齢なのです。

 移動性の狩猟社会であれば、出産の間隔が長いのだろうかという問いが、進化論的な観点から、生理的メカニズムの観点から議論されているようです。その一つの考え方は、簿ぬう量が不足するという問題です。牛乳や穀物の粥がない狩猟採集民の社会では3歳ごろまで授乳が続くので、その間に妊娠しても、両方の子どもを満足させるだけの母乳が出ない、つまり、出産の間隔を短くしたところで、母乳不足でひとりは餓死する可能性が高いのです。もうひとつの考え方は、移動に関わる制約の問題です。狩猟採集民の母親は、野営地から野営地へ移動しなければならないのですが、子どもは4歳前後になるまで大人たちについて行ける速さで歩けません。そのため、母親が抱いていくことになるのですが、野草類と、飲料水、その他身の回りの物を運びながら赤ちゃんを抱っこするということは、移動を考えると、幼児はひとりしか抱けず、調子が大人の足手まといにならずに一人で歩けるようになるまでの期間は妊娠できないのです。

 しかし、定住性の農耕社会や、農耕民と取引をする狩猟採集社会では、離乳の平均が2年にまで短縮されます。農耕民では、幼児に離乳食として家畜の乳や穀物の粥を与えられるからです。また、子連れで移動する負荷もなくなるからです。ここで、離乳期間が短くなることについて考察しています。

 授乳の期間が長く、乳幼児の離乳年齢が高いと、母親が物理的にも心理的にも、より多くのエネルギーをひとりの子どもに傾注でき、子育てができます。実際、このような報告があります。「出産の間隔が長いクン族の子どもは数年間にわたり母親の愛情を独占することができ、幼少期に母親と近しい関係が築けるため、幼少期における情緒が安定しており、結果として政治んふぉの情緒面での安定に良い影響を及ぼしています。」しかし、この報告は、小さいうちは母親が一番という考え方が強い西洋人の報告で、実際は問題が多いようです。

 狩猟採集民の子どものなかには、離乳後にトラウマに襲われる子どもが存在すると言います。一度、離乳してしまうと、母親がたちまちのうちに面倒を見てくれなくなるからです。母乳をもらえず、空腹になるからです。母親の横という寝床の特等席を新しく生まれた幼子に譲らなければならないからです。大人の世界にだんだんなじんでいくことを求められるからです。師乳したばかりのクン族の子どものなかには、このような現実に直面し、みじめな気持ちになって、かんしゃくを起こす子どももいるそうです。そのため、クン族の人々のなかには、離乳の際の辛かった思い出を、70歳過ぎの老人になってからも、はっきり思い出せる人もいるくらいだそうです。

 離乳の適切な時期は、どのくらいなのでしょうか?

離乳時期” への6件のコメント

  1. 離乳の際の辛かった思い出を70歳を過ぎても、思い出せるというのは相当な感情の動きがあったのでしょうね。母親の独占が奪われるという気持ちの辛さもなんだか想像できそうです。狩猟採取民、農耕民と離乳、授乳の時期は違いますね。また、アメリカの離乳時期の早さも驚きました。それぞれ、社会や生活スタイルが子どもの離乳に影響しているように思えます。1970年代のアメリカの離乳時期は女性の社会進出のようなものも関係してくるのかなと想像しています。社会や生活スタイルに影響されながら離乳時期を調整していくことがいいのか、それとも子どもの生理的な離乳時期が決まるのか、いつ頃が適切なのか、とても気になります。

  2. 離乳は長くても短くても問題はあるとのことですが、その中間をといってもそれはそれで違ったことのように思います。家庭環境、そして社会環境によって離乳時期というのは異なるわけですが、「離乳」を悪いイメージで受け取ってしまうのではなく、あくまで子どもの成長の通過点であり、離乳をしても、新しい母子関係が再構築されるといった感覚が大切であると思います。家庭や社会の環境を統一することは難しいですが、離乳後の母子関係の大切さを伝えていくことが必要であるということでしょうか。

  3. 「 離乳の適切な時期は、どのくらいなのでしょうか?」・・・この問いについては、乳児保育を行う保育園で勤め始めてから初めて意識するようになりました。もっとも、その問いについて、いつ、という明確な答えを言え、と言われたら、う~ん、母乳・ミルクに代わる食べ物を食べられるようになったら、としか答えられないのが私の現状です。私も1人の子どもを育ててきましたから子の「離乳」時期も経験しているはずなのですが、正直、いつ断乳とか離乳とかあまり意識せずに、粥状の食事をとれるようになったらまぁ「離乳」し始めたか、それでもわが子は結構おそくまで母乳を求めたりミルクをほしがったりしました。我が家にはいわゆる育児書らしきもなくあるとすれば藤森先生の『見守る育児』で、その中の「ファジィ」という語が私たちの子育てにぴったりだということがわかり、来年中学になろうとする今日この頃も基本は「ファジィ」ですね。それにしても「離乳」の歴史、なかなか興味深いものがありますね。そして欧米の影響、などなど。こうしてみてくると、離乳期については殊の外難しい側面がありますね。人類の歴史から「離乳期」を探る。これまで知らなかった視点を提供してもらいました。

  4. 離乳についてはいろんな面から考えなければいけないですね。ここの内容とは少し違っていますが、例えば離乳にも卒乳や断乳という言葉があり、赤ちゃんが自分から離れていく離乳と親が主導で行う断乳というものがあります。このことについてもまだまだ議論の余地があると思っていますが、社会的に見て離乳をどう捉えるかも含めて考えていくとなると、やはり広い視野が必要になると思います。なので尚更部分的に捉えた子どもの育ちに関する意見には疑問を感じてしまいます。乳幼児期に必要なことを考える上で今必要とされているのは広い視野なのかもしれませんね。

  5.  基本的に離乳時期というのは離乳食が始り後期になると離乳すると思います。自分の保育園では、それが普通なので長いのか?短いのか?分かりませんが、時々2歳になってもお母さんの母乳を飲んでいると聞きます。さすがに長いと思いますが、クン族のように離乳期間が長い民族がいるのですね。確かに離乳期間が長いと母親との愛着関係も深くなりますし、幼少期における情緒も安定すると思います。ブログにも書かれているように、ここまで長いと急に離乳が終わり、次の子どもに母親が同じように関係を作ると、離乳期間が終わった子どもは反動が大きいような気がします。しかし愛着関係というの常に一緒にいることでなく、子どもの安心基地としていつでも受容してもらえるという安心感があれば、離れても子どもの情緒は安定すると思いますが、実際にクン族で70歳になっても、その頃の辛い思い出が忘れられないということは、愛着関係が結ばれていなかったということでしょうか。かと言って短いとそれは赤ちゃんに対する体に与える負担も大きいですし、どのくらいの時期が適切なんでしょうね・・・。

  6. 「離乳」といはいえ、その時代によって考え方が違うものですね。それが早過ぎるのにも問題はあるのでしょうが、逆に遅過ぎても弊害が出てくるというのは難しい問題です。愛着が以前ブログのなかでも取り上げられていましたが、クン族のこの事例もある意味で愛着障害といえる状況なのだと思います。クン族の例では離乳が行われていくとたちまち面倒を見られなくなり、大人の社会への順応を求められる、と急激な状況の変化に子どもがおかれているように感じます。そこには大人の状況に子どもが合わせているからこういったことが起こるのでしょうか。それにしても70歳になってもその頃のことを覚えているというのは相当な感情ですね。その中で人間の正確な離乳の時期というものは一体どのあたりと考えられていくのでしょうか、また、それには環境も一つの要因になっているように感じるのですが気になるところです。

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