人口減少

 私たちが学校で習ってきた歴史の多くは、為政者の歴史であり、時代を知るのは政治的な動きであるので、当時の生活を知るのもどうしてもその階層のものであることが多かったようです。一方、民俗学は、庶民というか、多くの人々の暮らしが中心になります。すると、いかにいろいろなものの刷り込みが多かったかを知ることができます。「昔からこうだった」「最近の傾向は困ったものだ」とう言葉を聞くと、「昔からっていつからのはなしなの?」「昔はそういうことはなかったの?」と突っ込みたくなります。

 既婚率が増し、人口が急増したのは、江戸時代前期からです。しかし、人口増加も18 世紀半ば以降、停滞期に入ります。 この背景として、人口の推移を研究している縄目さんは、まず、「工業化以前の時代、農業生産の拡大には限度があったこと」であると考えています。彼は、全国の石高の推移からそう判断しています。それから見ると、耕地拡大の頭打ちがおこり、農業中心の社会においては、人口の抑制が必要となったのです。基本的には、人口増加の必要性の一面には、子どもを含めて労働力の必要性だったのです。

 次の要因は、「18 世紀を中心として世界的な寒冷期が襲い、日本でも飢饉が相次いだこと」であるとしています。江戸時代を言えば、何度も襲う飢饉があります。農耕を中心とした生活では、気候が大きく作用します。それは、人口動向にも影響します。それは、作り手としてだけでなく、消費者としての数に関係してきます。その気候の変化は、定期的に起きるのですが、18 世紀の世界は小氷期とも言われるほどの世界的な寒冷期でした。江戸三大飢饉といわれた享保の大飢饉(1732年)、天明の大飢饉(1782年∼1787年)、天保の大飢饉(1833年∼天保1839年)もほぼこの時期に当たっており、多数の餓死・病死を招き、また出産制限をも引き起こしたと考えられています。

次の要因は、「生活水準を維持するため、産児制限が行われていた」と推測しています。 飢饉において、まず犠牲になるのが子どもであるように、大人の生活を維持するためにも子どもが犠牲になったようです。そのために、いわゆる「間引き」が行われていたのではないかとの指摘があります。問題の性質上、間引きは記録に残っていませんが、地域によって、女子100 に対し男子120 を上回る異常な性比を示しているのは、有効な避妊や中絶の手段に乏しかったこの時代、間引きが行われていた可能性をうかがわせると縄目さんは推測しています。また、間引きは飢餓に伴う緊急避難的なものと考えられがちですが、 近年では土地の分割や生活水準の低下を避けるためにも行われていたとの指摘もされています。

今の時代、少子化になってきた原因として、「生活水準維持のため子供の数を減らす」 という行動が大きく占めます。まだ、日本では、少人数の子どもにかける費用を減らしたくないというのが中心ですが、隣の韓国での少子化の原因として大きなものに、「大人が、自分たちの生活水準を下げたくないから子どもを作らない」というものがあると何かの番組で聞いたことがありました。このような考え方が、既に江戸時代中期にもあったことに、びっくりします。

どうも、人口の推移は、右肩上がり、右肩下がりというような単純なものではないようです。

人口減少” への6件のコメント

  1. 5〜6年もの間、食料が不足するというのはかなり過酷な状況だったんだろうと思います。自然と付き合いながら生活していた人達にとっては、この自然の振る舞いにどうすることも出来なかったのかもしれませんね。大人の生活を維持するための間引きという考え方があったのですね。間引きというのは確かに飢饉や貧しさに結びつくものだと思っていましたが、土地の分割や生活水準の低下を避けるためという指摘は聞いたことがありませんでした。江戸時代においてこれらの行為が珍しいものではなかったのだとしたら、それをどのように解釈していいものなのでしょうか。

  2. 私は歴史というものにとても疎いですが、確かに学校では、一般の日常生活文化の学びは少なかったように思います。人口の推移について、労働者は必要だが、生活水準は下げたくないという状況下で、人々は何かを決断しなければいけなかったのでしょうね。生活水準を重視するということは、目的が生きることから、生きること+αへと、違った価値観に変化してきたということでしょうか。また、豊かな暮らしがしたいと強く思っていたのでしょうか。様々な要因のもとで産児制限や間引きが行われていたと推測されているということは、大人が子ども一人に対して目が行き届くことを望む傾向が始まったのかもしれないと感じました。

  3. 江戸時代後半に起こった3大飢饉による生活の困窮は私が育った地方にも民話の形で語り継がれてきました。そして江戸幕末期においては藩政をも揺るがす大一揆として人々は藩に窮状を訴えていったという歴史を私たちは持っています。しかし、飢饉等による生活の困窮は経済恐慌という新たな災難を加えて昭和初期にも再び訪れます。皆さん御存知の宮澤賢治さんの作品には当時の惨状が前提となって物語が展開されているものが数多くあります。さて、翻って現在の日本の少子化は確かに「子育てには金がかかる」ということから子どもの数を控えるということがあるようです。私も子どもは1人なので我が国の少子化に貢献しているのですが、原因は晩婚かつ高齢出産ということです。晩婚になったのは確かに仕事が互いにあったからですね。高齢出産については、Who knows ?の世界です。まぁ、理由は様々に考えられるのでしょうが・・・。少子化という人類がかつて経験したことがない事態に私たちは直面していますが、やはり問われるのは、子どもたちの力を1人ひとりそして集団としてどうやって培っていくのか、ということのような気がします。人口減少の先にある未来をみながら今現在をよりよく考えていきたいと思います。過去から学ぶことはもちろんです。

  4. 人口がどのように推移していくか、そこには様々な要素が関係しているんですね。当たり前のことではありますが、大人がどう考えるかによるところは大きいです。生活水準のために…と考えるのも、過去の例からすると今起きていてもおかしくない出来事と捉える方がいいんでしょう。問題はそれにどう対応するか、ですね。その事実を責めても仕方ありません。やはり私たちが見るべきなのは子どもであって、その子どもたちに今の社会を生きていくために必要な力を確実につけていけるような環境を用意することでしょう。保育園のあり方が問われている、ほんとうに大事な時期だと思います。

  5. 確かに人口の増加、減少というのは単純なことではないようですね。ただ飢饉などの大きく人口が変化する度に、どうしても子どもが犠牲になってしまうのは悲しい事実です。当時の文明ではどうすることも出来なかったのかもしれませんが、胸が苦しくなります。
    韓国では大人の生活水準を下げたくないために子どもを作らないとテレビで言っていたそうですが、確かに江戸時代と同じかもしれません。しかし江戸時代の場合は自分の為と言うよりも子どもを犠牲にしたくないという思いが強いように思います。だからと言って今の時代の人たちが子どものことを全く思っていないというわけではありませんが、生活水準を下げたくない、と聞くとどうもそういう風に捉えてしまいます。

  6. 「間引き」という表現はどこか嫌な表現に感じます。しかし、実際、飢饉が起こった時など、はじめに犠牲になるのは子どもでありますし、有効な中絶や避妊の方法も乏しかったとなると自然とこういった状況になるのかもしれません。韓国ではこういったことで少子化が進んでいるということが起こっているんですね。どの時代も、状況の差はあれど、「生活水準維持のため子供の数を減らす」 という直接の原因はとても大きいということがわかります。ただ、「大きい」というだけでそれがすべてでもないように感じます。保育園や幼稚園はそれ以外の部分に対応できる部分も多いようにおもいます。この時代だからこそ、どういった保育がもとめられるのか、なかなか真意を見つけることは困難ですが、現在の情勢も含めて保育を見ていくことはとても必要な時期なのだと思います。

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