昔話考1

 今、私の園の3,4,5歳児の保育室に飾られている一つの額の中には、昔話の絵葉書があります。この絵は、「講談社の絵本」から10作品の原画から採られているものです。子の「講談社の絵本」は、昭和20年代・30年代に出版されたもので、色鮮やかな絵物語が繰り広げられています。絵葉書になっている挿絵は、近藤紫雲による「牛若丸」、織田観潮による「かぐや姫」、鰭崎英朋による「花咲爺」、斉藤五百枝による「桃太郎」、本田庄太郎による「孫悟空」、鴨下晁湖による「舌切雀」、米内穂豊による「金太郎」と「鼠の嫁入り」、笠松紫浪による「一寸法師」と「浦島太郎」です。

 これらの挿絵を見てもなんだか懐かしいのですが、どの話もとても懐かしい気がします。今の子たちは、これらの話の内容を知っているでしょうか?子どもではなく、若い保育者は知っているのか聞いてみると、細かい内容までは分からないようですが、その挿絵からどの話かはかろうじて分かるようです。私の園で掲示したのは、昨年のおたのしみ会で、桃太郎をアレンジした話を園児が演じたために、子どもたちが興味を持ったからです。そこで、絵本棚には、このような話の絵本を置き、その挿絵を額に入れて飾っておいたのです。

 以前、ブログで、「子守唄」について書いたことがありましたが、このような子守唄を聞きながら育ってきた子どもたちが、「もののききわけもつくようになると、こんどは昔話が子供たちのために語られた。」と宮本さんは「子供の世界」という著作の中で書いています。そして、これらの昔話は、語られる時と場所があったようだと言います。子守唄の多くは、おんぶされた背中で聞くことが多かったのに対して、昔話は夜に語られたようです。例えば、「昼むかしは鼠が笑う」などと言われるように、昼間はしなかったと宮本さんは言います。また、場所も、「ある地方では酒宴などのある時、語り手がその席へ招かれて語ったともいい、ある地方では昔話を聞く日があってその日子供たちが老人の家へ集まって着物をかぶって聞いたともいう。あるいは、話は庚申塚様の晩にするものだと言われている。いずれも夜に語られているようです。ただ、聞き手は必ずしも子供ではなかったようです。

 それが、次第に私たちが持っているイメージである年寄りが炉辺で子どもたちに語って聞かせるものに普遍化していき、語り方も崩れてきたであろうと宮本さんは書いています。しかし、「子どもたちはそれによって言葉を覚え、また村里生活におけるものの見方や、考え方を学んだのである。」と言います。そして、「これらの昔話が明治の中ごろまで広く日本全体の農村で語り継がれていたものであったことは、今日おびただしく出版せられている各地の昔話州からも推察せられる。しかも、それはほんのわずかのものが記録せられているにすぎないのであって、今日のベストセラー1本のように、話が民衆の間に行き渡っていたと思われる。」

 明治中ごろまでは、昔話は、絵本ではなく、お年寄りからの口承であったようです。しかし、そのお年寄りは語りの専門家ではないのに、どうしてそんなにたくさんの話を知っていたのでしょうか?しかも、全国各地のお年寄りたちは、子どもたちにその話を面白おかしく、迫力を込めて話すことができたのでしょうか?それには、昔話独特の特徴があったようです。