日本人

保育というものを考えるうえで、私は、その国の生き方を考えることになり、また、どのようにその国民が生きてきたかが影響すると思っています。それは、保育そのものはヒトとしての生き方であるからです。それは、人類の生きてきた道であり、人類が世界に拡散していって、日本にたどり着き、日本の風土の中でその国ながらの生き方を見つけてきたのでしょう。国立科学博物館で行われたグレートジャーニー展では、砂漠や高地やジャングルというある意味で非常に過酷な環境の中で人類はどのような知恵を持って生きてきて、生活してきたということを展示していました。そこほど特徴は顕著ではないでしょうが、日本にも特徴があります。

 そこで、そこでの保育という営みは、その国民の生活を反映しているはずで、単に海外で構築された保育内容を持ってきても違和感があるはずです。しかし、日本が長い鎖国から解かれ、海外の文化が入ってくる中で、日本独特の生き方は、ある部分、嘲笑の対象になったことがありました。例えば、「日本人はいつも笑っていて気持ちが悪い」と言われたことがありました。また、「日本人は、成熟していないで、なんだか赤ちゃんっぽい」ということも言われました。しかしこんなことがわかってきました。私たちホモ・サピエンスは、その昔からアフリカから世界に拡散していく中で、様々な生存戦略をとってきました。その戦略をとることで、他のヒト族が全滅する中で生き残っていきます。

 生存戦略の中で「幼形成熟」ということがあります。それは、他の霊長類に比べて、ホモ・サピエンスは成熟度が一番少ないと言われています。、赤ちゃんぽさを残すことで生存してきたと言われているのです。その赤ちゃんぽさは、特に黄色人種が残していると言われています。ですから、日本人が見せる赤ちゃんぽさは、人類の生き残る知恵だったのです。

 また、世界中に拡散したホモ・サピエンスは、世界中のどの地でも同じ行為を示すことがあります。その一つが「笑顔」だと言われています。笑顔によって、生き延びてきたのです。それを色濃く残しているのが、日本人かもしれません。

 また、「日本人はすぐに物まねをする」と言われました。しかし、「真似る」という行為は、人間だけに見られる特徴です。真似ることで、学習して、進化してきたのです。ブログにも書きましたが、鉄砲が、種子島に打ち上げられたイギリス船で見つかって、数年たっただけで国産化に成功し、世界での早い時期に戦いに使用することになるのです。これは、赤ちゃんが持っている「真似る」という行為と同じで、コピーではなく、真似ることで学習し、進化させていくという能力です。決して、日本のその特徴は恥じることなく、人類が進化してきた能力を受け継いでいることになるのです。

 そのように日本人が持っている特性は、鎖国という海外の文化にあまり浸食されずに継承してきたものなのです。その中で、最近私が注目している日本人の特性の一つに、社会のあり方がある気がします。子どもを中心に、他人との程度な距離感を持った社会のあり方、家族のあり方は、今の時代に求められているものかもしれません。

 現在、ANAの機内放送で、日本に惚れたイギリスの建築構造家の話を特集しています。彼は、日本は、とても居心地のいい国だと評しています。それは、「生活の中で態度や習慣が色濃く残っている。」「家族というシステムを残している。」「師弟という人間関係がある。」「義理、人情と言われるような人との関係性を保っている。」などを挙げています。

 そして、「その伝統が進歩を妨げているかもしれないが、それらの中で居心地の良さを保っている。」と言います。
 そんな良さは、日本人にはなかなかわかりにくいかもしれません。日本にいると、気がつかないかもしれません。今年は、今日からドイツ研修に行きます。

日本人” への7件のコメント

  1. 「真似る」という言葉から私がいつも連想するのは何故か「モノマネ」をする人です。何故かモノマネを生業にされている方には惹かれます。私自身も学生の頃からよく誰かのモノマネをしては友達の前で披露していたりしました。私のモノマネは誰かに自慢できるようなものではありませんが、テレビでモノマネをしている人の中には本当に上手にモノマネをされる方がいます。「おもしろい」というより「すごい」という感情が湧いてきます。誰かのモノマネをする際にはその対象をしっかり観察することが大切だと思います。私も誰かのモノマネをする前には対象者の観察をしたり、モノマネをしている際にはその人が言いそうなことを想像しながらしているように思います。真似るにはその人の気持ちを考える力も必要になるんですかね。そう思うとモノマネが盛んな日本というのにも納得ができそうです。私は何を言っているのでしょうか…ドイツでの研修の報告を楽しみにしております。

  2. ドイツ研修スタートですね。今年もドイツからのレポートを楽しませてもらうことにします。ドイツに行かれて日本とドイツの違いに注目されるのではなく共通点を見出され、そして日本のよさを再確認される藤森先生のドイツからのレポートは、毎年驚かされることの連続です。本当であれば、日本にいながら日本のよさに気づくべきなんでしょうが、外にばかり、そしてよくないことばかりに目が向いてしまうため、大切にすべき点をおろそかにしてしまいます。ドイツにはいけませんが、ドイツから刺激をもらえる機会を生かして新たな視点をつかんでいこうと思っています。

  3. 以前、日本人であるという誇りをもってこそ、本当の意味で外国に目が向きお互いの共通点や、良さを感じることができるという話を聞きました。今、「日本に生まれてよかったですか?」という質問をしたら、どのくらいの人が「イエス」と答えるでしょうか。藤森先生のブログには、「日本の良さ」がたくさんのっていますね。まずは、「あかちゃんっぽさ」「幼形成熟」を誇りにしたいと思います。そして、真似ることは、学習だけでなく、進化させていくという能力があるのですね。日々、進化していきたいと思っている自分には、まず真似ることを課題にしていきたいと思います。「らしさ」や「オリジナル」は、そのあとです。

  4.  日本人の良さと聞かれた時に自分だと何て答えるか考えてみました。色々と思いつくのですが、やはり真似ることのように思います。ブログにも書かれていますが真似る事で自分たちが学習し、進歩しオリジナル以上の物を作り出す事が特徴ですね。それはモノづくりに関しては世界でもトップクラスですが、教育に関してはそうでもないように思います。シュタイナー、フレーベル、モンテソリーなどの教育があり、今も海外のメソッドが日本で実践されていますが、そもそも保育は人の生きる道だと藤森先生が言われるように、日本人としての生きる道を説いた保育が必要で、私はそれが「見守る保育」だと思います。保育に限らず社会でも他人との適度な距離を保ち、いざとなればすぐに駆け助ける、このような関係が日本特有であるならば、まさにお互いを見守っていることになるのではないでしょうか。
    さて、いよいよドイツ研修ですね!報告を楽しみにしていますが、体調にはお気を付けてドイツでお過ごしください。

  5. 日本という国に住んでいても、その日本の良さを確認することはあまりないですね。出てくるニュースはどれも課題や問題ばかりだからかもしれません。昔は短所としていたところが実は長所だった。今、世界で日本の文化や人との間において賞賛されることが多いのはとても誇らしいことです。島国という環境・鎖国という歴史的な要因そのすべてが”日本”を作ったんだと思います。「幼形成熟」という言葉はあまり勤勉といわれている日本の人にとっては合わないのかなと個人的に思いっていましたが、「真似る」技術や「笑顔を通してのコミュニケーション」はやはり「幼形成熟」なんだと思い納得しました。特に人間関係の成熟度は日本人はとても高いことは今回のブログでもでており、その内容を考えてみてもとても実感として感じました。しかし、その文化の根本は江戸時代やいわゆる”昔”においてがほとんどで、今の日本ではどうなのかということが多いように感じます。その上で、今後子どもたちにとってどういった日本的な環境や文化、人との関係、モラルを伝えていけばいいのかをブログを見るたびに考えます。

  6. 日本人が見せる赤ちゃんぽさは、人類の生き残る知恵となるとなんだか嬉しく思いますし、勝手に自信が湧いてきますね。日本で笑顔と言われるとお笑いを連想します。世界でも笑いをこんなに重要視している国はないのではないかというくらいです。笑いから来る笑顔も大切にしていきたいものです。
    そして真似るという行為は進化に繋がるというのは驚きです。確かに真似ることをしなければ学ぶことはできませんし、やってみなければわからないこともあります。真似ることを馬鹿にする人もいるかもしれませんが私は積極的に真似てみて自分のものにしていきたいと思っています。日本人である限り日本の良さを存分に活かしていきたいですね。

  7. 本来、保育や教育を考える時、まずは、私たちが寄って立つ風土ということを客観化した上で、歴史を振り返り、また横との関係、すなわち他国との関係における我が国構成員の資質、というものを明確にして、考えなければならないと思うのです。さらに、今回のブログで紹介されていたように、幼形成熟や笑顔、物真似、といったホモサピエンスの生存戦略という人類学において見出されていることを保育や教育の中に折り込む、ということが大切なのでしょう。私たちは自己卑下の習慣を持っているような気がします。その結果、他国の方法を導入して事足れりという風潮があります。他国の方法は参考にできても、それをそのまま取り入れるということは基本的に無理なのではないでしょうか。他国の考え方や方法の良し悪しを決めるには私たちの側での考え方や方法を明確にしなければできないことだと思うのですが、如何でしょう。私もさまざまな国を訪れて思うことは、日本は居心地の良い国である、ということです。この居心地の良さを変えないためにも、我が国の保育や教育を変えていかなければならないと思うのです。

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