ドイツ報告2013-20

 一昨年、ドイツで「森の幼稚園」を視察しました。ドイツに行くと言えば、「森の幼稚園に行きますか?」と聞かれるほど有名です。2001年時点では、その数はドイツ全土で300以上にものぼり、バイエルン州だけでも30の森の幼稚園があるそうです。しかし、視察してみてわかったのは、日本が持っているイメージと大きく違うことでした。まず、森の幼稚園は、園舎がなく、森が園舎だということですが、そのような園は日本にもあるのですが、日本では認可されません。ドイツでは、認可されています。それは、どうしてかというと、ドイツでは、森の中で、バイエルン州の陶冶プログラムである「バイエルン」に沿って、きちんと保育しているからです。領域である、数も、科学も、メディアもやるのです。日本では、森の中で身体を使ってアスレティクのようなことをすることが中心ですが、そんなに崖をよじ登ったり、高いところから飛び降りたり、丸太を渡ったりするようなことはしません。そして、園舎がないと言っても、全くないのではなく、一昨年訪れた「森の幼稚園」では、トレーラーハウスを園舎代わりに使って、室内活動もしていました。もちろん、素材は自然物が多くを占め、五感を使っての森の中での自由遊びが中心ではあるのですが。

 今回のドイツ視察では、「森の学童クラブ」を訪問しました。ここは、小学校1年生から4年生まで16名を、3名のスタッフでみています。長期休みになると、子どもたちは25名になるので、スタッフはあと2名増員されるそうです。設立はとても新しく、昨年の2012年2月に作られました。「森の幼稚園」を卒園した子どもたちの保護者の要望で、設立されたそうです。ここでは、基本的に、雨の日も雪の日も森の中で過ごします。ただし、宿題をやるときと雷雨の時だけ建物内で活動します。
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 日課は、学校(地域の4校)が終わると、スクールバス(利用料2ユーロ)かタクシーでこの森に来ます。そこは、きちんとした建物でした。そして、宿題をやり、ケータリングの昼食(スープ、サラダ、メイン料理で1食3.5ユーロ)です。食器を自分で棚から出して、食べ終わると、食器を食器洗浄機の中に入れます。そして、森に行く服装(長袖・長ズボン)に着替えます。次に森の中の様々なポイントである写真を見て、自分が行きたい場所の写真の上に石を置きます。そして、17時?17時30分に帰宅します。

 ここにおける子どものイメージは、「子どもは、独自開発の俳優です。」ということで、「それは創造的な演技をする人で、活動的な人です。」そして、「すべての児童は、ユニークで、個人的な責任を負います。」「子どもたちは本質的に興味津々です!」などが書かれてあります。 そして、基礎として「安定した自己のアイデンティティを開発する 」「正の自己概念、自尊心と自己認識の獲得 」「自信、自己愛と喜び 」「自分の倫理観と信念を開発する 」「好奇心、開放性、想像力、創造性と創意 」「自信を持って、自分の感情や自分の体を使う」「性別特定の役割行動への対処」「フラストレーションへの抵抗と寛容」「メディアにより、有意義な余暇時間を開発するためのスキル」「シェーピングおよび社会的変化との積極的な参加 」が揚げられています。そのほかにも、「社会的スキル」や「財産や自然スキル 」も身につけることが目的とされています。

 日本でも、これから学童クラブがいろいろと課題を抱えてきます。託児ではなくある教育機関としての役割を考えていかなくてはならないでしょう。

ドイツ報告2013-20” への6件のコメント

  1. 「バイエルン」が森の中でも行えるのは、しっかりとした「何を学ばせるか」が明確であるということ、そして、領域に書かれてあることを自然物を用いても実践できる確証があるということが重点項目のような気がします。日本でまだ認可がおりないのがそういった理由であるなら、森で遊ばせる根拠を、国の方針に沿うようなプログラムである必要がありますね。私たちは、まだ身の回りの環境を活かしきれていない気がします。目的や内容に沿ったいくつもの方法のうちの一つに出会った時、初めてその環境が活かされます。環境がないと嘆くよりも、目的や内容を理解し、「その領域は、この分野でも目的が達成されるのでは」という感覚を持ち合わせていきたいです。

  2. 教育機関ということを考えた時には、やはり無責任なことをしてはいけないのだろうと思います。子ども達が自由に好き勝手に活動するということではなく、大人が明確な目的を持ちながら、子ども達の活動を生み出していくというこが大切で、バイエルンという軸があるからこそ、様々な活動が生まれていき、本当の意味での独自性というものが生まれていくんだろうと思います。それは独自性を求めることが目的ではなく、結果として独自性ということになったという感覚なんだろうと思います。初めて「森の幼稚園」という存在を知った時と比べると自分の中で随分とその捉え方が変わってきました。教育機関としての責任をどのように考えているかということは大切な視点ですね。

  3. 去年の森の幼稚園の活動を聞いて、とても感動したのを覚えています。やはり森の幼稚園と聞くと、森の中でアスレチックで遊び、少し危険な場所にも行けるなどの印象がありました。それが森の中でたあだ思いっきり遊ぶのでなく、葉っぱや木の実を使って数の指導をしていました。今回の学童もやはり同じように、小学生の育ちをしっかりと目的を持っています。確かに日本の学童はただ預かって、好きに遊んでいるイメージで、学校の休み時間の延長線上みたいなイメージです。藤森先生が言われるように、教育機関としての責任をしっかりと考える必要があります。とくに8歳までが脳の臨界期と言われたように、それまでに必要な能力をギリギリまで引き出すということが重要と考えた時に、学童の役割はとても重要だと思います。小学校では培うことができない育ちを、学童で学べるような環境や活動を提案していく必要がありますね。

  4. 学童クラブのあり方について考えることが増えているのですが、今多く見られる託児のようなあり方とは違う形を作り上げていきたいという思いは強くなっています。どのような体験を通して学びを深めていくかを明確にし、それを実践するために施設にこだわることなく地域を活用して…といったイメージをもっています。今まで学んできたことを生かしていい提案ができればいいのですが。

  5. 森の幼稚園を一度見せていただいたことがありますが、思い描いていたものとは一味違ったものでした。そこではアスレチックのような遊びをすることは少なく、自然物を使って子ども同士協力して何かをつくったり、先生が数を教えたりするような活動をしていたりと思っていたよりも「静」的なものもあったのを覚えています。しかし決して、ただ遊んでいるだけというわけではなく、そこにはしっかりとした「意図」や「学び」が感じられました。学童であっても、その考え方は変わらないんですね。「森」の捉え方が日本とは違いますね。日本では基本的に「外は体を動かすところ」、「屋内は静かに遊ぶところ」といった凝り固まった考え方があるように思います。ですが、ドイツでは「バイエルン」というものがしっかりとしていて、そのうえ具体的に目的・ねらいがあるからこそ、そこに「学び」という考え方が付加されていると思います。はたして、日本でここまで子どもの遊びに意味や意図を入れているのかと考えたときにやはり学童とはいえ、教育機関としての考えはもっと深めていかなければいけないように思います。

  6. 政府が「学童クラブの充実」としてある基準を示しています。従来の学童のありようを振り返ると、この基準もなかなか意味あることかな、と思うのですが、ではその学童クラブで行われる内容は?・・・「託児ではなくある教育機関としての役割を考えていかなくてはならない」という藤森先生の見解の通りだと思います。ミュンヘンの森の幼稚園の理念、すなわち「子どもは、独自開発の俳優です」とか「安定した自己のアイデンティティを開発する 」「正の自己概念、自尊心と自己認識の獲得 」等々、に匹敵する学童クラブ理念をわが国でも策定し、単なる託児とか詰め込み保育、にならないようにしたいものです。「森の中の様々なポイントである写真を見て、自分が行きたい場所の写真の上に石を置」いて出かける。子どもたちの自発性や自主性が尊重されていることがよくわかりますね。「森の幼稚園」については幾ばくか認識がありますが、「森の学童クラブ」の存在を今回のブログによって改めて知ることができ、とても勉強になりました。

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