ドイツ報告2013-17

 現在、旧石器時代の洞窟に書かれた壁画が発見されていますが、そこには、いつ、どんなものを描いているかということは分かりますが、一番重要な「何のため」に描いたかがわからないことです。それが、実用品であったり、生活に直接関係のある物であったならば、推測は容易かもしれませんが、芸術となると、現在でも「何のため?」と言われても答えられないものがあります。しかし、昔は、基本的には意味がなく描いているはずはないのです。しかも、様々なところから発見されているので、「趣味のため」とか、「芸術心が心の中から湧き上がってきたから」というような理由であるわけはないのです。

 それでも、現在では、研究者の間では意見が一致している点が一つあるようです。100年前に壁画の古さが確認されて以来、研究者たちは長い間、壁画が描かれた唯一で普遍的な理由を探してきました。しかし実際には、そういうものは存在しないということで意見が一致しています。壁画を描いた理由は決して一つではなく、個々のケースによって、様々な背景があったと考えられています。

 最近の研究は、洞窟内の空間や壁面の形状、光、そして音響などが、描く対象、技法、使う色などの選択にどう関係したのかといった、新しいテーマのもとで進められています。壁画は、土地の自然環境や文化を背景にもつ多面的なものとして捉えなくてはならないというのが、現在の専門家たちの認識です。

 壁画を描く動機に、洞窟内の空間や壁面の形状、光、音響などが影響しているとは面白いですね。空間が、行動を左右しているのです。ドイツの陶冶プログラム「バイエルン」には、「学びの環境」として、「園の建築、内装などすべてが子どもの感覚養成に関係してくる。」としています。以前のブログでも、ドイツでは「第二の教師は建物である」と言われていることを紹介しましたが、その建物の形状、建物内の空間、建物の内装、すべてが子どもの感覚に訴え、子どもにとっての学びとなっているというのです。日本では、どの園でも方形の何の工夫もない空間の中で、子どもの感覚に訴えるどころか、感性を壊してしまうような装飾、または、全く味もそっけもない空間のなかで、子どもたちに生き生きと活動するように促しても無理なのです。

 バイエルンには、「美学的な陶冶は子どもの全人格に働きかける。頭(知識)心(感情)手(運動)」としているものの、「型紙や作り方の例などは、創造的な活動の邪魔をする。」とし、あるものを見てその通りに描くとか、例えば、七夕の飾りを作るからと言って、作り方を示し、その通りに作らせるような活動は、創造的な活動の邪魔をするといって排除されています。また、「上手にかけた絵が目的なのではなく、その絵にたどりつく創造的な活動にこそ意味がある。」としています。私の園でも、出来上がった絵や作品を展示するような作品展をやめて、子どもがどのように成長したかを絵を通して保護者に伝えるというような趣旨の成長展を開催することにしています。

保育というものは、デジタルなものではなく、過程が大切であるアナログの世界です。どうしても、保護者は、例えば泣いているという子どものある瞬間の姿を見て判断することがあるのですが、どうして泣いたか、どうやってそこから立ち直ったかが大切なのです。

ドイツ報告2013-17” への9件のコメント

  1. 壁画の研究はそういった方向で進められているのですね。個々のケースから背景を想像し、解明していくというプロセスは子どもとの関わりとも通じます。「園の建築、内装などすべてが子どもの感覚養成に関係してくる。」これはしっかりと意識して、常に頭に入れておきたいことです。これについて工夫をしている保育者や大人はこの言葉の重要さが理解できると思います。池田清彦先生は「人の性格、行動は遺伝的要因と環境的要因の相互依存的な共同作用によって生じる」ということが生物学の定説だと仰られています。となる、その環境的要因に私たち保育者が関わっているという事実はとても責任のあることだと思います。

  2. 建物のすべてが子どもの感覚に訴え、学びとなっているということは、子どもには直接的に関わりがないように見えても、影響を受けているのだと思います。そう考えると、職員が意図していないところからも、何らかの影響を受けてしまうということで、子どものすごさを感じる一方、怖さも感じてしまします。現在関わっている子どもたちには、今の環境がどう影響して、何を思い、将来どうなっていくのか、考えてしまうことはたくさんありますが、建物の重要性や、子どもに真心をもって接していくことを忘れてはいけないと感じました。

  3. 空間が行動に左右されるというのは分かる気がします。以前の園舎と今の園舎では、園舎自体は同じですが、空間として考えたときにはずいぶん違ったものになっています。それによって子どもたちの行動が変わったように感じています。変化の過程をずっと見てきた上でのことなので、それがより実感できているんだと思います。空間の大切さについては、あまりにもそれを軽く捉えているような発言に出会うことがありますが、その現状を少しでも変えることができるように働きかけることもやっていかなければいけません。何が子どもに影響を与えているのか、子どもの何に注目すべきなのか。私たちはそれを明らかにして発信していくことも求められているんでしょうね。

  4. 保育園で子ども達が過ごす部屋の環境はとても重要です。とくに装飾に関しては子どもの創造力を沸き立てる物でないといけません。よく日本の部屋にあるかと装飾と言うとに誕生表だと思います。自分や友達のを知ることはできますが、誕生表を見ても、何も感じないかもしれません。また芸術的な感性を引き出そうとしても、ウサギやくま、犬、猫のような可愛いマスコットを飾っても創造力を引き出すには難しいように思います。そう考えると装飾は奥が深いと思います。以前藤森先生の話の中で「自宅を装飾する気持ちで、お部屋を装飾する」という話しを聞きました。そう考えると、とても分かりやすいですね。また子どもの作品も単純に上手く書けたという評価でなく、作品を通して保護者に発達を伝える。また保育士は一年間でどういう保育をしていたのか?など保育士の専門性をしっかりと保護者に伝える事も重要です。少し話しがずれてしまいましたが、やはり装飾ひとつにしても環境というのは、それだけ子どもに影響しますし、子ども自身も環境に働きかけます。環境の大切さを改めて学んだブログです。

  5.  我が子が描いた絵を見ていると、瞬間をとらえるというよりは、物語を描いているような気がします。だから、絵そのものが上手い下手とは別の次元の世界がその中にあるように思えます。
     例えばこんなエピソードがあります。子ども達が通っている保育園で、家族の絵を描いた時のこと、5歳の姉はわりと上手に家族全員の姿を描き、私にどれが誰かを説明してくれました。次に3歳の弟も同じように私に絵を見せてくれましたが、出来ばえは明らかに姉の方が上でした。その点で姉は得意げな感じだったのですが、弟の説明を聞いた姉は「はっ!」としたのでした。弟はなんと家族全員の中に、近所の公園の池で捕まえてきた「ザリガニ」も加えていたのです。弟にとって飼っているザリガニはともに暮らしている家族であり、姉はそのザリガニのことを忘れていたことに驚いて「しまった!」と感じていたようです。
     この会話後、姉、弟の間では、弟の絵の方が優れている(?)という認識になっていました。

  6. 保育が「結果」ではなく、「過程」が大切ということは重々理解しているつもりなのですが、「過程」の部分を示す方法まで至らず、結果見える形にばかり意識がいくことがおおいように思います。新宿せいが保育園の行っている、「成長展」のそこに至るプロセスを示す展示というものを一度見せていjただきましたが、それを保護者が見ると思うと、保育に対して、保護者の理解も深まるであろうし、それこそが保育園として行うべきことなのだとつくづく感じました。本来の子ども像の捉え方が太古の昔や江戸時代の保育にあるということを以前からこのブログで学んできました。そのどちらにも「保育者や大人が教え込む」という要素はない、もしくは少なく、あくまで子どもの自主性や自己責任の比重が多かったように思います。どこかで保育者の意識は変えていかなければいけないでしょうし、そのためにも保育環境というものの考え方をもっと深めていかなければいけないですね。

  7. 全ては「意味」をもって。我が国では一般的に行われていることですが、子どもが集う施設、学校の建物という空間環境については、整備指針があったり、子どもの空間環境コンセプトから生まれていない、前例踏襲主義によって出来上がったものがあちこちに存在します。廊下があって、ある一定の面積をもつ教室型保育室があって。何かのきっかけがない限り、こうした空間環境の真実に現場の保育者の先生たちは気づくことがありません。そして、廊下を走る子たちに「ろうかは、はしならい!!!」と言ってみたり、「はい、食事をするから、おもちゃを片付けて!」「お布団を敷きますから、早く食べて!」みたいなことが行われます。「園の建築、内装などすべてが子どもの感覚養成に関係してくる。」とする「バイエルン」は建物を設計する人も建築する人もそして、その建物を利用する子どもたちも先生も、そして保護者も巻き込んで全人的建物環境の大切さを訴えている、そんな気がしました。

  8.  ボンコバラさんが読んだらたまらない内容ですね。以前は考古学を勉強されていたと聞きました。〝空間が行動を左右している〟〝「第二の教師は建物である」〟など、素晴らしい言葉の数々に、大変勉強になります。
     「どうしてうちの保育園の子ども達は落ち着かないんだろ」と、つい先日、保育者仲間が漏らしていました。子どもが落ち着かないのではなく、〝落ち着けない〟環境なんだろうということを思ったのですが、〝日本では、どの園でも方形の何の工夫もない空間の中で、子どもの感覚に訴えるどころか、感性を壊してしまうような装飾、または、全く味もそっけもない空間のなかで、子どもたちに生き生きと活動するように促しても無理なのです。〟という文章を読んで納得すると共に、落ち着くとか、静かにするとか、座っていられるとかそういうことばかりに視点を向けすぎていて、〝生き生きと活動する〟といったことにまで辿り着けない保育園が多いのかもしれないと感じました。空間が行動を左右する、第二の教師は建物である、という言葉の視点から見れば、まずは環境、保育園のつくりなど抜本的な見直しが必要なのかもしれません。現場の人がどれだけ頑張っても改善できない部分があるのかもしれません。

  9. ゛壁画は、土地の自然環境や文化を背景にもつ多面的なものとして捉えなくてはならない゛という思考で見ることにより、その時代から受け継がれてほしい、この地域、土地における文化は、絶やすべきものではなく、継承されるべきものだということが推測されます。テレビ番組などで、遺跡の壁画について、新たな発見があったりすると、放送され、不思議と見ていることがあり、研究者の見解を話、それに至った理由には、周りにある地域や土地の形も関係しているという内容もあり、私自身も壁画がなんのために、描かれ、残されてきたのかをそのように考えていました。考えるだけで、好奇心と探求心が高まります。
    ゛デジタルなものではなく、過程が大切であるアナログの世界゛とても、保育のあり方を分かりやすくした言葉として捉えられます。できた、ではなく、このような過程があった、常に頭にいれておかなければならない考え方だと思います。

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