ドイツ報告2013-15

 日本と領域の考え方で大きく違うところがいくつかありますが、その一つに対象年齢があります。日本では、保育所保育指針の中では特に対象年齢は書かれてありませんが、3歳児以上を対象とする幼稚園教育要領と全く同じ文言であるところを見ると、領域の対象は3歳以上であることがわかります。それは、以前の保育指針でははっきりしていました。それに対して。ドイツの陶冶プログラム「バイエルン」にはこう書かれてあります。

 「新生児は『能力のある乳児』としてこの世に生まれてくる」とし、「子どもは誕生の瞬間から自分の陶冶と発達について積極的に働きかけている」とあります。ここには、子どもは生まれながらにして教育される権利を持っているという精神が貫かれています。それは、生まれながら「能力ある存在」として尊重されます。それは、決して情緒的なことではありません。この「バイエルン」の背景には、「脳科学、発達心理学の間では、乳幼児期の学びの大切さが自明の理である。乳幼児期は、発見の喜びや、興味、新しい経験に対して一番敏感である。そして、その敏感期は、大人が適切な学びの機会を与えないと、その扉は閉じてしまう。」と書かれてあるように、きちんと科学的根拠も考察しています。

 また、この「バイエルン」は、「モンテッソーリやシュタイナー、レッジオ、世界の様々な、いいところを取り入れ、自分の国にあったものを作りました。」というように、いろ位ソロ参考にしています。こんな、孔子の言葉も引用しています。「説明してもらったら、わたしは忘れるであろう。見せてくれたならばわたしは思い出すであろう。わたしに実際にやらせてください。そうすればわたしは理解するであろう」そして、この言葉は、脳科学の新しい事実である「実際の体験がシナプスをつなぐ」ということであるとしています。その意味から0歳児からいろいろな体験をすることができるような環境を用意しています。それは、コープなど0歳児から6歳児までの異年齢で過ごしていれば当然0歳児でもいろいろなものに触ることができますし、体験できます。また、キンダークリッペという0歳児から3歳児までの園でも、全く同様な環境、ゾーンが用意されています。

 ドイツでのこのような事情が分からなかった昨年は、乳児保育園でも難しい科学教材が置かれていたことにびっくりしました。というのも、領域の中で、「言語領域」や「音楽教育の領域」「身体表現、スポーツの領域」などは、乳児からその発達に合わせた課題があるのは分かるのですが、「数学の領域」や「科学技術の領域」や「メディア教育の領域」では、乳児に対してどのような環境を用意すればよいかのイメージがわきにくい領域です。それは、ドイツでも同じような事情があるようです。ですから、これらの領域についての具体的な取り組み方や、その教材が開発されていました。

 例えば、「数学の領域」では、「“人形は椅子の上に寝ている”とか“ドアの向こうにかくれて”“まずズボンをはいてそれから靴をはいて”などという日常の言葉の中にも数学の秩序という概念が入っている。」というような例が書かれてあります。そこには、「最近の数学の学習プロセスで重視されるのは、数や形の概念というよりも、むしろ数学的考え方の獲得、発展であり、問題を解決しようという能力である。」とあります。また、「乳児がはじめて数学に出会うのは、形である。」ということで、きちんと乳児からの教育を研究されています。

 日本でも、もっと乳児からの数、科学、メディアなどの領域の研究もされていかなければならない気がします。

ドイツ報告2013-15” への6件のコメント

  1. 科学的根拠というのは大切ですね。教育について研究され、考察され、実践されてきたものの信頼度は高いですね。誰しもが教育論というものを持っているような気がします。自らの経験から得た持論がそれらに繋がっているのかもしれません。しかし、そこには根拠というものがありません。その根拠を研究し、実践している専門家の話はやはり信頼の高いものなんだろうと思います。乳児の数学、科学、メディアは確かになかなか想像ができません。日常の言葉の中に数学の要素が入っているというのも言われなければなかなか想像できませんでした。そういった分野の研究というのも研究者だけではなく、保育者にも大切な視点なのかもしれません。保育所保育指針を読み込むことも忘れてはいけませんが、バイエルンという考え方にもますます興味が湧いてきます。

  2. やはりドイツでは乳児期からどのように数学に触れていくのかが研究されていたんですね。日本ではまだ受け入れられにくいのかもしれませんが、「新生児は『能力のある乳児』としてこの世に生まれてくる」「子どもは誕生の瞬間から自分の陶冶と発達について積極的に働きかけている」の基礎理解があれば絶対に受け入れられることだと思います。今日はちょうど数をどのように環境に取り入れていくかを話していたのですが、数に拘らず、数学的考え方の獲得や問題解決能力に注目していけばいいんですね。特別なものを用意しなくても、人形や積木などを使うことでも数学に触れることができそうです。子どもは生まれながらにして能力をもっている。ということは、あとは大人次第ですね。

  3. 「乳児がはじめて数学に出会うのは、形である。」ということは、乳児の部屋には様々な形の物があることが、望ましいということですね。このように、科学的に明らかになってきた事柄を柔軟に捉え、実践に移す行動力を意識していきたいと思います。数・科学・メディアと、難しそうな単語が並んでいますが、数の始まりは「形」といったように、科学も「不思議」、メディアも「知りたいという意欲」などが基本にあるような気がします。それらを子どもたちにどう自ら学ばせるか。そこには必ず、体験をもとにした考え方がなければいけないということですね。

  4. 去年のドイツ報告の中で乳児の施設なのに、数や科学の遊びができるゾーンがありました。内容も乳児では難しいであろうと思われる物ばかり置いてあり、これらを使って本当に遊べるのか?と思うくらいでした。今回のドイツ報告を読んでいて、バイエルンに書かれている内容をどの施設もしっかりと実践しているのですね。そのバイエルンも科学的根拠もしっかりと実証されていると聞くと、日本の指針や教育要領も科学的な根拠や、実際の子どもの姿から読み取って作っているのか気になるところです。ただ私が今回のブログで一番感動したのは数の概念です。数と聞くとどうしても数字が頭に浮かびます。そうでなく日常の会話の中にも数の概念が潜んでいるということです。そして「数学的考え方の獲得、発展であり、問題を解決しようという能力」これが数学の学習プロセスであって、日本のように足し算や引き算、数字を繰り返し書く練習ではないのですね。乳児からの数の学習、そして科学、メディアに対しての研究をしなければいけませんし、私たち自身も実践していく必要があります。

  5. 「新生児は『能力のある乳児』としてこの世に生まれてくる」とう考えはまだまだ日本ではなじみのない考え方のように思います。また、それに対して、脳科学や科学的根拠に基づいて、保育を展開していくというのはいかにもドイツらしいですが、実際にそういった中で、保育を見直していくことは必要とされるように思います。一つ一つの所作にまで、意味を考えていくこと、新宿せいが保育園を見ていても、その環境の意味や保育における意味合いを同じように感じたのを思い出しました。日本の場合そこを情緒的に捉えることが多いですが、そうではなく、正確に論理的に子どもを見ていくことは今後もっと意識していかなければいけませんね。

  6. いつでしたか、どなたかが「保育の見える化」ということを仰っていました。今回のドイツ報告では3歳未満児の施設でも「バイエルン」に従って「言語領域」や「音楽教育の領域」「身体表現、スポーツの領域」さらには「数学の領域」や「科学技術の領域」や「メディア教育の領域」までも設置されていることを明確にされています。まさに「保育が見える」、そんなふうに感じました。そしてこうした「領域」設定の根拠が「「新生児は『能力のある乳児』としてこの世に生まれてくる。子どもは誕生の瞬間から自分の陶冶と発達について積極的に働きかけている」なのです。本当にすっきりして赤ちゃんも幼児さんたちも先生たちものびのびおおらかに「今をより善く」生きられるような気がします。私たちもこうした観点で乳幼児施設環境の在り方を積極的に提案していかなければなりませんね。それにしても、今回のブログの最後のほうで紹介された、乳児室の「数学の領域」事例には本当に驚かされますね。

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