茶と禅と不易

 「不易流行」は、それぞれの世界では様々な捉え方をしています。茶道裏千家の千玄室氏は、「利休が現れる室町以前のお茶は、茶道ではなく、茶の湯といいました。そこに修行的な要素が入っていてから、茶道という一つの道ができました。」と言います。そのように哲学、理念が入ることで「道」となるのですが、その継承は、本来、形ではなく、その哲学でなければなりません。それは、精神でもあり、それを受け継いでいく方法はいくつかに分かれていきます。それについて千氏は、「富士山の登り口があちらこちらにあるように、茶の道を求めようとする方々が入りやすいように、入り口を設けたわけです。それが今日までずっと続いてきているのですが、利休はいつでも、どんな時にでも茶の信念を持って、その時代時代を乗り切っていくことが大事だと申しております。」

 このような精神の中での不易流行を、「自然体であれ」ということとして説明しています。誰かにおもねることも、時代に迎合することもなく、自然と歩みを共にせよということが教えだというのです。それは、柔軟性にも通じます。それは、大切にするものがわかっているからです。不易流行を貫くには、「不易の確信により流行に沿うことができる」ということが大切な気がしています。そして、その不易の中に「温故知新」という古き姿を正しく理解していくことが大切になるのです。それを千氏は、「時代の変化に合わせて、新しいことにばかりチャレンジを重ねていると本来の姿を見失うことを危惧します。」と語っています。この言葉は、千氏が、茶道を海外に広めようとしたときに、外国に迎合することなく、そのままの姿で広めてきたことが評価されたことからの実感でしょう。そこで、「古き姿を正しく理解して、その上に時代錯誤にならないようなものを積み重ねていくということではないでしょうか。」ということになるのです。

 茶道という日本の文化そのものの場合は特にそうでしょうが、私は、保育というものは、人類共通なものがあり、そこで培われてきた営みは、国や人種をこえて理解されるのではないかと思っています。それは、保育とは、心が相手に伝わることが大切だからです。そんな千氏が、戦後アメリカに渡ろうとした時、禅の後藤瑞厳老師から、「主人公」という言葉を教わったそうです。禅の公案にある「自分自身をよく見つめ直せ」という教えです。この教えとは、松尾芭蕉が読むのが困難であったであろうと言われている『無門関』第十二則にある話です。

「瑞厳の彦和尚、毎日自ら主人公と喚(よ)び、復(ま)た自ら応諾す。乃ち云く、惺惺著(せいせいじゃく)、〓(だく)。他時異日、人の瞞を受くること莫かれ、〓〓」とあります。師彦和尚はいつも庭前の石上に坐り、大声をあげて自問自答します。「惺」とは悟るとか、心が落ちついて静かな様子で「著」とは意を強くする助辞なので、「惺惺著」とは「おい、しっかり目覚めているか?」で、「〓」とは「ハイ」と返事をする事で、「はい、しっかり目覚めています。」と自問自答します。「他時異日人の瞞を受くること莫かれ――他人のうわさ話を気にするな!主人公を見失うなよ!」、「〓〓――ハイハイ」とさらに自問自答します。

このように来る日も来る日も自問自答し、自己を錬磨したのです。後藤瑞厳老師は、アメリカに行く千氏に、「他国に行けばいろいろな人からいろいろなことを言われる。お前は居眠りをせず、目と心をはっきりあけておけ。己に与えられた大きな使命を自覚し、それを全うせよ。」と助言したのです。

 常に自分自身に問いかけること、それは、家元という茶道のリーダーたるものの心得とも言えるでしょう。