長い棒

「こども風土記」は朝日新聞に連載され、昭和十七年に朝日新聞社より単行本として出版されたものです。この単行本の小序に「子どもとそのお母さんたちとに、ともどもに読めるものをという、朝日の企てに動かされたのであったが、私にはもうそういう註文に合うような文章を書くことができなくなっているらしい。」と書かれているような依頼をされて書いたのですが、実際は年配者に読まれている内容になってしまったと書いています。しかし、この時代に書かれたものですが、その内容から子どもの原点見ることができます。

例えば、よく園から相談される内容に、「子どもが剣を作って戦いごっこをして困る」というものがあります。ブロックにしても、どうしても長くつなげて棒のようにしたり、新聞紙を丸めて棒のようにしたりします。
「こども風土記」のなかに「祝い棒の力」という章があります。ここには、「小児は全体に木切れを持って遊ぶを好み、それを持つとかならず少しばかり昂奮する。なんでもないことのように我々は考えがちだが、実は隠れたる由来のあったことかも知れぬのである。」とあります。柳田氏は、子どもが長い棒を持つと昂奮するのは、きっと、何か文化や風土に由来があるのではないかと考えるのです。

どうも、昔から棒には何か力があると思われていたようです。それを「祝い棒」と呼んだようです。例えば、「正月の十五日前で、これを子どもが持つと、ちょうど神主さんの笏や扇子と同じく、彼らの言葉と行ないに或る威力がある、という風に昔者は今も感じている。単に目に見えぬ害鳥虫をあらかじめ駆逐し、または果樹を叩いてその木を豊産になしえたのみならず、若い女性の腰を打てば、みごとな児を生むとさえ信じていた時代があった。」と書いています。それは、日本各地に同じようなことがあるようです。

この祝い棒をダイノコと呼ぶ土地もあり、東部日本ではヨメツツキまたは嫁叩き棒、九州の各地でハラメン棒、対馬でコッパラなどといったのも、すべてこの正月の祝い棒の名前です。『枕草子』にも、宮中の人たちが、隠れて女を打とうとしたことが面白く書いてあるのですが、柳田氏は、このような行事は戯れになりやすく、小児はまた決していたずらが嫌いではないため、しだいに今日の公認せられた悪戯となったのであるとしています。今の子は、棒を振り回す行事を見ることは少なくなりましたが、棒を振り回して戦う姿をテレビなどで見ることは多くなったため、いたずらとして棒を振り回すのは当然かもしれません。

また、「神としての木の棒があって、あるいは神が憑依するものとしての木の棒があって、その告げるものを聞くと言う原初的なもとの形があり、時にはそれが巫女による代弁という姿をとり、巫女が口の前で舞わせながら代弁する姿が童戯となって、ベロベロなめるベロベロの神を経てオシャブリになり、やがて人形のこけしとなる」とも言っています。古代の昔から、人類は長い棒に意味を持たせていました。それが、いろいろな文化に分かれていきます。そんな遺伝子が、子どもたちが長い棒を持つとテンションが上がるようになっているのかもしれません。しかし、地域に流れている長い棒の用途には、決して人を傷つけたり、人を攻撃するためには使われていません。

「こども風土記」の中で、柳田國男が棒にまつわる童戯のなかに、様々に発展する始原的な「もとの形」を的確に見ている視点は、子どもを考えるうえで、とても参考になります。

長い棒” への6件のコメント

  1. 私も棒には魅力を感じていました。いや、部屋の片隅にある模擬刀から察するに現在進行形であるようにも思います。私の場合は幼い頃から好きだった時代劇の影響だと思っています。そして、それがそのまま部活へと繋がっていきました。子どもたちの姿を見ていてもそんなテレビからの影響というのは感じます。テレビの影響ということを考え、自分と重ね合わせてみると、そのような遊びがよかったとはあまり思えません。棒の使い方が誰かに向いてしまうというのはやはり、気持ちのいいものではありませんね。そのような違和感みたいなものをただ、自分の頭で考えるのではなく、様々な視点から眺め、考えていくという姿勢は大切にしたいです。元を辿るというのは人類の歴史から保育を考えておられる藤森先生の視点とも通じますね。突き詰めていくと起源にまでいってしまうのかもしれませんが、そこまでいってしまう凄さも感じています。

  2. 棒を振り回す行事は思い当たりませんが、鬼棒を振り回して舞う石見神楽の真似は盛んに行われています。争いではなく演目上の役割なので、それが他者と戦うという意味合いとは少し違った使われ方をしているケースがほとんどかもしれません。それでもテレビの影響は大きいので、棒を使って争いが起きることのないような提案を私たちは考えていかなければいけないことは変わりません。棒を持つとなぜかテンションが上がる体験は、私自身も今でもあります。山にでかけるとつい棒を拾ってしまいますし、しっくりくる重さや太さ、手触りなどがあるのも事実です。その感覚がずっと続いて来た遺伝子によるものだとすると不思議な気がします。

  3. 物事が起きた時、「きっと、何か文化や風土に由来があるのではないか」と思考することは、とても大切にしたいことです。子どもの行動に対して、「なぜ、こんなことをするのかな?」と思う事は、子どもと生活する上で頻繁に起きている事だと思いますが、そのまま時間が経過し、「子どもって〇〇するんだよね。」という結論で止まってしまう気がします。しかし、そこから事象の言われや背景を知ることによって、それらの対応は感情的にならずに、より冷静に多面的視野で見つめることができると感じます。物事を多面的に見るとよいという事は理解していても、どう多面的に見ればよいかを知りませんでしたが、その一つが、「背景を知る」ということになるのだと学びました。

  4. 棒というものに元来そういった神秘的なものとして風土や文化が昔からあったということは驚きです。しかし、考えてみると棒ではなくとも刀や剣など、「御神刀」としてそこに神が宿るものとして、まつられていることは多いですね。それだけ昔から「棒」というものに神秘的なものが宿っているように感じているのかもしれません。子どもたちにおいても広告や新聞紙で棒を作ることが好きですね。棒を一つとってもこれだけの歴史。文化が詰まっているというのはとても面白いことです。これらの背景を知ることでどこか子どもたちの普段からする遊びの中にも我々のDNAにある神秘的なものを感じます。

  5. 確かに子どもは長い棒を見るとテンションが上がっているように見えます。と言うのも私自身も幼稚園の頃に新聞紙や広告を丸めて長い棒を作って遊んでいましたが、やはり剣にして遊んでいました。テレビをつけると戦隊ヒーローが剣を使って戦っている姿を見ているのが、大きな要因でしょうね。子ども達を見ていても「○○レッド」と言っている姿を見ます。その度に違う使い方を提案するのですが、私の提案がつまらないのか、なかなか浸透しません。昔も子ども達は長い棒を見ると気分が上がるのは同じようですが、決して人を傷つけるためには使用しなかったようですね。おそらく全国の保育園、幼稚園の先生方が長い棒に対しての悩みを抱えていると思いますが、ここで保育者としての専門性が試されると思います。藤森先生の講演の中でも「長い棒を使っている姿をたくさん見ていない」と言われたように、よく考えれば長い棒を使っている姿は多くあると思います。それを子ども達に見せることが重要ですね。当時もそういう姿をたくさん見てきたから戦いごっこには発展しなかったのかもしれません。

  6. 私たちの代も今の子どもたちもテレビのおかげで、「長い棒」を新聞紙等で丸めて細くして作ると、チャンバラごっこまたは戦隊系の闘いごっこに発展してしまいます。テレビの連続ものの威力は凄いですね。家庭や子ども同士の遊びに任せておくと「長い棒」は闘いごっこになってしまいますが、保育園や子どもの集う場所で大人がその使い方のモデルを示す、しかも繰り返し示すとおそらくテレビと同じインパクトを子どもたちに与えることになるでしょうね。例えば、長い棒を作って、魚釣りの釣竿にして楽しむ、あるいは棒の長さを均等にしてその棒で模造紙を支え、天蓋のある行列遊びにする、などなど工夫次第でテレビの影響を脱することができるでしょう。柳田国男さんの風土記研究から確かに得ることはたくさんありますね。昔の風習を見直すと意外に目新しい現代の遊びが展開できるような気がします。殊に柳田氏の『子どもの風土記』からは様々に得るところがあるような、そんな予感がします。当ブログにおいてもいろいろと紹介されるでしょうから楽しみにしたいと思います。

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