民俗学から見た子供

柳田国男の「こども風土記」には、当時の子どもの姿が生き生きと描かれています。「風土記」とは、諸国の風土・風俗・産物・伝説などを記した本のことですが、柳田の「こども風土記」は、諸国に伝わる子どもの文化を記したものです。その研究は、民間伝承の調査を通して、主として一般庶民の生活・文化の発展の歴史を研究する学問である「民俗学」と呼ばれるものですが、この学問は、イギリスで起こり、日本では柳田国男らにより体系づけられました。師範学校を出たのですが、渋沢敬三に見込まれて民俗学の道に入り、戦前から高度成長期まで日本各地をフィールドワークし続け、膨大な記録を残した人が、宮本常一です。彼は、昭和62年に「日本の子供たち」という本を出版しました。

彼は、この本の「はしがき」で日本の素晴らしさをこのように書いています。「古い時代から日本の国民は貧しかった。中世の終わり頃、日本を訪れたキリシタンのパードレたちもそのことを書いている。しかし人びとはそのまずしさによごれまいとして、心だけは高く清いものにしようと努力した。戦国争乱の世の中でありつつ庶民はうそをつかず、物をぬすまないと異邦人たちは感嘆して書いている。」海外の人から見た日本人の印象は、ほとんどこのようなものでした。そういう意味では、日本人は、ホモ・サピエンスの生存戦略の多くを残していたと言えるでしょう。それは、日本人が、生存戦略の一つである「幼形成熟」をより持っていると言われていることからもわかります。

そして、このような日本人だからこそ、「子供たちのしつけの中で重要視されたのは、この清潔にして貧乏に負けない意欲であった。だから貧乏さえが美徳であった。」そして、日本人の子ども感をこう書いています。「日本人にとっての未来は子供であった。自らの志がおこなえなければ、子供にこれを具現してもらおうとする意欲があった。子供たちにも、またけなげな心構えと努力があった。」子を思う親の心は、今でも変わりません。しかし、未来を見る力、何が子どもにとって必要なのかを見る力が衰えてきた気がします。

「子供たちも過去から現在へ一貫して模倣―工夫―創造を、そのあそびやまつりや、仕事の中にくりかえしつつ成長しているのであって、しかしそれが親と子のつながり、大人と子供のつながり、子供同士のつながり、学校と子供のつながりなどによって、子供自身が人格として形成されていく。このような関連を環境と名づけるならば、日本における子供の環境は、決して悪いものとはいえなかった。ただ、組織的でなかったために、不幸な者が周囲にはみ出し勝ちだったし、学校と一般社会の融合に長い年月を要した。」

子供の成長、人格形成は、様々な人との関係の中ではぐくまれてくると言います。その関係において、日本では恵まれた環境であると言い、その様々な人とつながりを持つことができる恵まれた環境の中で、子供たちは世界の人々が感心するような高く清い心を持ってきたのだと言います。

宮本が言っているように、模倣―工夫―創造という時に、最初は、「模倣すること」から始まるとしたら、まず、「模倣すること」が、他人との関係の中で行われなければならないのです。それは、人類の遺伝子でもあるのです。そのかかわりの学びは、かつては「神のまつり」に参加させたり、仕事を手伝う中で、そして、もちろん遊びの中で子どもたちは学習していったのです。

民俗学から見た子供” への7件のコメント

  1. 他国と日本の大きな違いに宗教が挙げられることがありますね。他国の一神教のような原理のようなものは日本にはなく、無宗教とも言われますね。しかし、日本ははっきりとした宗教がない中でも、立派な社会を築いてきました。はっきりとした形がないからこそ柔軟であり、また目指す理想が決まっていないからこそ、より現実的な対応がなされていたのかもしれませんね。それが他者と関わる、思うだったのかなと想像してみました。なんだか、まとまっていませんね。宮本さんの言葉からは、他者との関わりが日本の子どもたちを育ててきたということが伝わってきます。丁寧に日本各地を歩き回った宮本さんや藤森先生のように現場を見てきた方の言葉は説得力があります。私たちもこの子ども同士の関係ということをもっと多くの人に感じてもらったり、また自分自身もしっかりと考えて、現場で保育をしていかなければいけないなと思っています。

  2. ずっと国内にいると、その国の素晴らしさが見えにくくなってしまいます。違う文化や国柄に触れることで、そのような点に気づくことができると思います。日本人の「庶民はうそをつかず、物をぬすまない」といった姿に異邦人たちが感嘆したり、「貧しさに汚れまいとして、心だけは高く清いものにしようと努力した」ことで、それが誇りとなって現代の日本を心を支えたりしている気がします。東日本大震災後、海外メディアは日本人の「厳しい状況でも、パニックに陥らず、社会秩序を守り、辛抱強く、整然と、助け合い行動する国民」「被災地へ支援の手を差しのべる全国的な連帯」「被爆や余震リスクを承知で支援・復旧活動にあたる関係者や市民」といった行動を讃え、世界に発信したようです。日本の美徳は他に何があるでしょうか。ままごとや各地の伝承行事では、大人の動きだけでなく、その間に見え隠れする誇りや美徳も模倣していたのかもしれませんね。

  3. 日本人にとっての未来は子どもであったはずなのに、今は未来を見ているようで実は今が良ければという発想になってしまっているように思います。インディアンのように7代先の子孫のことを考えて今の行動を決定するというところまではいかないにしても、せめて孫の代、いや子どもの代くらいは考えるべきだと思います。それが例えばシステムで言うと、広い意味では教育なんかも入ってくるでしょう。未来を見る力は大事です。
    それから模倣―工夫―創造ですが、その始まりである模倣は当然関わりの中で生まれるものですね。子どもについて議論する際、決して忘れてはいけない視点だと、先日改めて確認することができました。模倣の場、模倣につながっていく刺激を十分に受ける場が保育園であるようにしなければ、という思いです。

  4. 昔の人たちは今のように物が充実しているわけでもなく、不便が多いなかだったのでしょうが、今よりもずっと心は豊かだったんでしょうね。その貧乏でも心は気高くいようとする崇高さは海外の人にとってはとても感嘆したことだと思います。そして、その大人たちの試みや姿勢はきっと子どもたちにとっても大きな影響を残したであろうことは予想できます。どの時代でも子どもたちは大人の影響を受けます。当然、今の社会でも大人の影響は出ていることだと思います。「子を思う親の心は、今でも変わりません。しかし、未来を見る力、何が子どもにとって必要なのかを見る力が衰えてきた気がします」それは大人の生きることへの価値観の変化も多いのかもしれませんね。私たちが子どもたちに残すものはもちろん「豊かな社会」であると思いますが、その「豊かな社会」は法体制や年金などの形あるものではなく、「人間観」や「日本という伝統や文化」のほうが割合は大切なのかもしれませんね。そのなかには本来の子どもが必要とされることや大人こそ改めて見直すべき「考え」や「思想」が盛り込まれているように感じます。

  5.  戦国の世で庶民の心は高く清いものにしたと努力したという精神は私たちも学ばなければいけません。また戦後でも日本各地は空襲によって街が焼け野原になってしまい何もかも失った状況から今まで急激に発展してきました。おそらく、この結果も同じような精神を持っているからのように感じます。そんな世の中でも子ども達は当時の大人たちの姿を見て育ってきたと思います。日本人が持つ精神を受け継ぐ子ども達は、当時は様々な多くの事を学んでいたと思います。大人の姿を見て模倣し、そして工夫、創造というように時代を作ってきたのでしょうね。そう考えると今の時代が悪いと言うわけではありませんが、当時の日本と比べるとブログにも書いてありますが、未来を見据える力、子どもにとって何が必要な力なのか多くの大人が見えていないのかもしれません。過去から学ぶことはとても多くありますね。

  6. 「日本人にとっての未来は子供であった。自らの志がおこなえなければ、子供にこれを具現してもらおうとする意欲があった。子供たちにも、またけなげな心構えと努力があった。」この一文を見ると、かつての日本は貧しい世の中で子どもたちのために未来を変えていこうという大人がいて、その大人の気持ちをしっかりと受け止めて未来を変える!という子どもたちの強い決意が見えます。今の日本を見ると、子ども達の未来より子ども達の目先の今を変えていっているように思えます。園庭に石ころがあればそれを取り除き、少しでも危なさそうなところがあるとそれを子どもたちの力ではなく、大人の力で取り除こうとしています。確かに危険があれば取り除くことも必要ですが、以前藤森先生からのお話もあったように、ドイツのようなあえて危険を体験させることも必要なのではと感じます。危険の回避の仕方もおそらく集団生活の中で模倣―工夫―創造があり自分自身の力になっていくように思います。

  7. 「貧しくてもいい、逞しく育ってほしい」、というようなコマーシャルがあったな、と思って調べたら「腕白でもいい、たくましく育ってほしい」でした。「武士は食わねど高楊枝」という、貧しくても高潔な生き方を武士というものはおくるものだ、という言い回しもありましたね。それから「清貧の思想」というのもあって、「高く清い心」が私たちの国民性なのでしょうね。そして、私たちの未来は今の子どもたちにかかっています。それゆえ、公私共に、子どもたちの育ちについて、自らの役割を全うしなければならないと思います。確かに子どもの遊びは宮本氏が言うように「模倣―工夫―創造」ですね。そしてこのプロセスは赤ちゃんの頃から行われていることでしょう。うまい具合に手足が動かなくても、おそらく脳内においてこのプロセスを経ているものと思われます。その意味で、赤ちゃんたちは立派な学習者であり、それゆえ、赤ちゃんは生まれた時から教育される権利があるのだ、ということが重要になってくるのです。

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