組織のEQ

 組織において、その組織の能力を高めるのは、個人の能力を高めるより難しいのは分かるのですが、逆に個人をどうにかするために組織の力を借りるという考え方もあります。それは、子どもについても同様なことが言えます。子ども個人にいろいろなことを教えようとするよりは、集団の中で学びあうことでいろいろなことを学習する方が効率的ということと同じです。世界の中で、日本の教育が評価されたことがありました。今、世界で注目され、世界的に影響を与えている幼児教育として、イタリアの「レッジョ・エミリア・アプローチ」があります。1991年、ニューズウィーク誌の「世界で最も優れた100の学校」としてレッジョ・エミリアの幼稚園が紹介されたことから、世界中の幼児教育関係者から一躍脚光を浴びる事となりました。

しかし、このほかにも99の学校が紹介されているのですが、その資料を私は見ていないのでわかりませんが、最近、その中の一つに新宿の公立小学校が紹介されているという話を聞きました。「日本の学校が?」と思ったのですが、どうも日本ではよく行われている「班活動」についてのようです。そうであれば、納得いきます。以前から、日本の班活動についての評価が海外では高いことはよく聞くからです。ただ、この「学びあい」も「班活動」も危険をはらんでいます。それは、学びあいをしているクラスの子が、「先生は、学びあいだといって何も教えてくれない」というのを聞いたことがあったからです。また、「班活動」でも、連帯責任といって、一人の子のミスをみんなが責任をとるというような罰として使われることがあるからです。

組織の能力の高さは、その組織におけるリーダーシップが重要なのです。「学びあい」も「班活動」も、そのクラスの教師の力量によるところが大きいのです。そこには、真実、透明性、誠実性、共感、健全な人間関係などを大切にする合意が組織内になければならないのです。真実を隠さないリーダー、組織の感情的現実を探り出せるリーダー、将来のビジョンを掲げて仲間を率いていけるリーダーが必要だと言います。

その第1ステップである「真実と組織の現実を明らかにすること」は、リーダーの基本的な仕事です。明らかにできないのは、部下たちと腹を割って話ができない、部下たちの話を聞こうとしないため、現実に対して的外れの認識を持ち、自分では何もかも順調に運んでいると思っていたり、現実を否定しようとする。ただ、誰も本当のことを教えてくれないだけであるのに。ゴールマンは、こんな例を出しています。どこかの園を見ているようです。

その会社は社会奉仕と教育を社訓としていたにもかかわらず、社長は目先の利益にしか関心がなかった。ライバル社がほとんどなかったので、社長は多少質を下げても顧客を失い心配はないと考えていた。さらに、この社長は社員の福利厚生を軽視する態度を隠そうともしなかった。「どんどん雇って使い捨てればいい」というのが決まり文句だった。もっと悪いことに、この社長は他者を尊重する気持ちのかけらもない男だった。ある日、若い社員が社長を含む数人に、「今日は私のバースデーなの」と言ってケーキを配った。みんなは笑顔で「おめでとう」と声をかけたのに、この社長は近くにいたマネージャーに向かって大声で、「何だ、このバカ騒ぎは。君は部下をまともに働かせることもできないのか」と言った。そして、ケーキを配った社員の方へ向き直り、彼女を頭のてっぺんから足の先まで眺めて、「おまえも、こんなカロリーの高いケーキを食べてる場合じゃないだろう」と言ったのだ。

こんな組織はどうなっていくのでしょうか?