気持ちや信条を尊重する

 よく、変えるべきことと変えてはいけないものをよく見極めることが必要であると言いますが、それは、分野ごとにあります。例えば、乳幼児教育の中で、時代や世の中の変化があっても、決して変えてはいけないもの、例えば、子どもの育ちとか、発達の保障ということは変えてはいけないのです。しかし、それをゆがめてしまっている環境や時代によって、その方法は変えていかなければなりません。この変えてはいけないものは、個人の中にも持っています。これだけは譲れないというもの、これを頼りに行動してきた個人レベルでの思いもあります。リーダーは、組織を変えようとして、この個人の思いを踏みにじってはならないのです。それは、それを変えてはいけないということではなく、その思いを尊重してあげるということです。ゴールマンは、EQの高い組織を育てるために、「集団の価値観と組織の信頼性を尊重せよ」と助言しています。

 例えば、ビジョンというものは変わるものですが、ビジョンが発展していく際に、リーダーは「神聖不可侵な中核」すなわち全員が何よりも大切だと思ている部分に不用意に手を付けてはならないと言います。そこで、第1の課題は、神聖不可侵な中核がなんであるかを把握することが大切です。変化しようとするときに、皆が変化を拒む原因は何かをまず見つけることが必要だと言っているのです。その際に、自分の視点からだけだと見つけにくいものです。他者の視点から見ることが大切になります。

 第2の課題は、たとえ人々が大切に思っていることであっても、変えなければならない部分があるならば、それをはっきり見極めることです。そして、その認識を他者にも理解してもらうことです。中核的な信条、考え方、文化などをどうしても変革しなければならない場合には、人々に自主的に変革の努力をさせることが大切だと言います。上から強制することはできないのです。そのような変革プロセスに着手するには、当事者たちが個人的に強いモチベーション、できれば恐怖でなく希望や夢によるモチベーションを抱いていることが必要です。

 私は、リーダーによる職員への対応は、保育者が子どもに対して譲渡を安定させることと近い気がしています。保育所保育指針の中で「情緒の安定」の「内容」に、まず、「一人一人の子どもの置かれている状態や発達過程などを的確に把握し、」とあります。まず、状態の把握です。何が情緒を不安定にしているのか、子どもは何を求めているのかということを的確に把握して、その欲求を満たしてあげなければなりません。しかし、その欲求を適切に満たすことをかなえられないときがあります。その時には、「一人一人の子どもの気持ちを受容し、共感しながら、子どもとの継続的な信頼関係を築いていく。」とあります。子どもが何かすることを拒否しようとしているときに無理矢理にそれをやらせるのではなく、まず、拒否しようとしている気持ちを理解し、その気持ちに共感してあげることです。そして、次の段階として、「信頼関係を基盤に、一人一人の子どもが主体的に活動し、自発性や探索意欲などを高めるとともに、自分への自信を持つことができるよう成長の過程を見守り、適切に働きかける。」とあります。保育者から強制するのではなく、子どもに自主的に活動する努力をしようとすることを見守ることが必要だと書かれてあります。

 もう少しで、リーダー論は終わりに近づいてきていますが、何度も言うように、リーダー論は、保育者論に近いものです。

気持ちや信条を尊重する” への8件のコメント

  1. 私は保育中、よく考え込んでしまう時があります。そういう時は、たいてい悩んでいる時です。「片づけをさせたい。どうすれば自分たちで片付けられるか」「そういう遊び方はしてほしくない。どうすればやめてくれるか。」「こういう想いをもってもらいたい。そのためにはどうすればいいか。」など、様々な自問自答が頭を巡っています。そんな時こそ、「保育者から強制するのではなく、子どもに自主的に活動する努力をしようとすることを見守ることが必要だ」ということですね。この文を読んだら、ふと、片づけも忘れて楽しそうに遊び込んでいる子どもの姿・ほんのちょっとだけ片づけをした子どもの姿・こうやって遊ぶんだよと友だちに教えている子どもの姿・昨日友だちの玩具をとってしまった子どもが、今日は“どうぞ”をしている姿などが思い浮かびました。子どもの“ちょっとした行動”や“小さな動き”には、答えではない、希望のモチベーションが存在します。問題事体は解決していないにもかかわらず、保育者の視点や考え方を柔軟にしてくれる文であると感じました。大人同様、子どもも、個人の思いを踏みにじってはならないのですね。

  2. 最近私自身、長年慣れ親しんだ生活スタイルを大きく変化させました。これが世間的に常識というスタイルをあらため、我が家の価値観と家族の信頼関係を重視したためです。ちょっとしたきっかけで始めたことですが、この変化を阻んでいた原因は自分の心にあったことに気づきました。不安はありましたが、家族の夢や希望を実現するにはこれしかないと確信しています。家族の中のリーダーとしての私に今必要なのは、世間体で物事を判断するのではなく、家族の気持ちを受容し、共感し、家族としての絆を深める努力を忘れないことだと思っています。リーダー論は家族論にも通じるものがあります。

  3. みんなが大切に思っていることを簡単に変えてはいけなくて、でも変えないといけないときもあるというのが、そのバランスのとり方に難しさを感じるところでもあります。そんなときに自分の見方を押し付けるのではなく、他者の視点というのがポイントになるんでしょう。自分の視点だけになってしまうと、他者がなぜそのような気持ちになっているかを想像することが難しくなります。なぜそのような思いをもっているのか、そこに共感するためにも自分から少し離れてみる意識は大変なときこそ持つべきものなのかもしれません。リーダー論を特別なものと思わず、保育者にも通じること、人の生き方にも通じることとして、丁寧に受け止めていきたいと思います。

  4. いくら物的な環境が豊富でも、そこに関わる大人の対応が適切でなければ意味がありませんね。とても当たり前のことなのですが、絶対に忘れてはいけない部分だと思っています。強制ではなく、主体的に子どもが活動できるようにいかに関わるのかということはいつも考えておかなければならないことですね。そして、それは職員への対応にもつながっていくのですね。大人だから多少強引にやっても大丈夫でしょ…といった感覚、どこかにあるのかもしれません。そういう感覚ではなく、職員同士でも丁寧に一人ひとりの気持ちを尊重して、関わっていかなければいけませんね。相手への配慮がまだまだ足りないと最近とても感じるので、意識していきたいと思っています。リーダー論は本当に保育者論に通じますね。そして、同時に人としてのあり方も示してくれるようです。

  5.  何か新しいを提案する時、提案者はもちろん悪くしようと思って提案するわけがなく、今よりも良くする為に新しい事を提案するのだと思います。しかしその提案に対して100%全員が賛成するというのも難しいです。なぜ変える必要があるのか?それぞれの思いがあるはずです。それをしっかりと聞き、議論していく必要があります。その中で人によってとても大切にしている思いまでも変えてしまうのは、正直心苦しい部分があります。第二の課題で「変えなければならない部分があるならば、はっきり見極めること」と書いてあります。多くの職場で職員間での議論で上手くいかない場合は、この第二の課題が難しいように思います。ここでは最終的には個人の強いモチベーションや努力が必要と書いてありますが、もしかしたら上から強制、またはそういう空気が流れているのかもしれません。

  6. 人に物事を伝えることというのはとても難しいことです。しかし、時に人と思っていることと逆なことを伝えなければいけない時があります。できるだけ「思いを尊重する」姿勢を心がけることは必要なことなのだと思います。そのためには変えるべき部分をしっかりと見極めること、相手の大切に思っていることをしっかりと考えたうえで話すことは考えてみれば当然のことですが、そこに至るためにはやはりコミュニケーションや信頼関係をつくることが必要だと思います。その関係があるからこそ、腹を割って話ができるということを最近実感しています。関係がない人に頑張って伝えようとしても伝わらないということをわかっていながらも、納得していない自分がいました。改めて「信頼関係」ということを考える機会になりました。

  7. 「リーダー」と言われると、あぁ、自分はまだ「リーダー」じゃないから、と他人事みたいに捉えますが、今回のブログの最後には「リーダー論は、保育者論に近いもの」と規定しています。むしろ「リーダー」の部分を「保育者」と置き換えてこれまでのリーダーブログを読み込むなら余程自分たちの働き方生き方が違ってくるかもしれません。「神聖不可侵な中核がなんであるかを把握すること」「変えなければならない部分があるならば、それをはっきり見極めること」そして「その認識を他者にも理解してもらうこと」とあります。これは子どもをみる保育者の視点ですね。最初の二つは子どもを主語にすると身近なものになりますね。そして三つ目は保育者を主語にするとわかりやすくなります。「情緒の安定」、これは子どもに限ったことではありません。大の大人にも必要です。情緒が安定していないからつまらないことで大人は喧嘩してしまうのです。「情緒の安定」は大人にとっても必要ですし、共感共鳴も大人にとって必要ですね。互いの信頼関係は、情緒の安定や共感共鳴が必要であることがよくわかります。

  8.  〝変えるべきことと変えてはいけないものをよく見極めることが必要である〟〝リーダーは、組織を変えようとして、この個人の思いを踏みにじってはならないのです。それは、それを変えてはいけないということではなく、その思いを尊重してあげるということです。〟何を変えるべきか、その見極めが本当に重要で、それが見えてこない時に素直に人に聞ける寛容さ、誰かに何かを教えようとするのと同じように自分を見つめる客観性など、つまりは往々にしてリーダー自身の中にあるのではないか、と思えてきます。もちろん組織にある問題を見つけるのでその問題は組織の中にあるのですが、そ
    れを見つけ、探し出す作業をしてこなかったが故にその問題があることを思うと、その問題を探そうとするリーダー自身にやはり問題の種があり、今までとは違ったやり方でその問題を見つけるのも自分、こうしてリーダー論に触れ、コメントを書きながら自分の足りない部分を知って行動しようとするのも自分。変わるべきは自分の中にあり、もしそれが本当にそうであるか、自分が変わることで実感してみたいと思っています。もうすぐこの連載が終わってしまうということを最後の段落で知り、少し寂しい気持ちになりますが、折々でこの連載に触れ、また、別のブログにもたくさん触れ、探求していきたいと思います。

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