学ぶ機会

 皆さんは、プライベートの時間に仕事のことを考えますか?または、プライベートの時間では仕事のことは一切忘れますか?買い物をしているとき、映画を見ているとき、旅行に行っているとき、どうしても、仕事のことを思い出してしまっていやですか?もちろん、それは仕事のないようにもよりますが、仕事のことを忘れるために余暇があるということもあります。しかし、私は、仕事のことを忘れようとしないタイプです。以前、ブログに書いたと思いますが、頭がどうもふらつくということで脳外科へ診察に行った時に、医者から「あなたは、24時間同じことを考えています。しかし、あなたに少しは違うことを考える時間を作りなさい!といっても、それがストレスになるタイプです。ですから、助言できるのは、脳は大丈夫だから、安心して24時間同じことを考えなさい!」と助言されました。この時の医者が、先日テレビで世界に進出している医院として紹介されていた北原先生です。確かに、名医ですね。

 いつも同じことを考えると言っても、必ずしも仕事そのもののことではありません。仕事につながることです。仕事を厚くすることです。先日、園のお別れ遠足に国立科学博物館に行った時も、人類の起源の展示が非常に面白く、書かれている内容について、帰ってきてからすぐにパソコンに打ち込みました。また、このブログを書いているときには、仕事と離れている時間ですが、どうしても仕事に関係のある内容になってしまいます。というよりも、自分が仕事上で立てている目標に関する内容に対して、あらゆるところからヒントを得ているという感じです。その意味では、毎日が、どこにいても学習の場になっているのです。

 習慣というものは、何年もかかってほとんど無意識の行動パターンになっているため、いつも意識の上において努力することが、変化を達成するうえで非常に大切なことであるとゴールマンは言います。意識をしていれば、ショッピングしていても、旅行に行っても、ボランティアをしていても、すべてが古い習慣を打破して新しい対応を身につけるための機会になるのです。

 習慣を変える手がかりは、神経と知覚の両方に関係していると言います。ピッツバーグ大学とカーネギー・メロン大学の共同研究では、人間が頭の中で課題に立ち向かう準備をするとき、前頭葉前部が活発化することがわかりました。この準備段階がない限り、前頭葉前部が前もって活動を始めることはないそうです。したがって、事前の準備がしっかりしているほど、課題がうまく達成できるのです。習慣化した反応を克服しようと準備するとき、前頭葉前部が特に活発に働くと言います。前頭葉前部の興奮は、これから展開する事態に脳が焦点を合わせていることを示します。これがないと、従来通りの反応が出てしまうというのです。

いつも狭い視野の中だけでいると、時代の変化、環境の変化に気がつきません。変化しようとするためには、大きなエネルギーが必要です。そのエネルギーを出すためには、強い動機がなければなりません。日々、何となく過ごしている決まった日常だけからでは、どうしても変化することから目を背けたくなります。そして、いよいよ変化せざるを得なくなると、大きな改革が必要になってしまうのです。日々、あらゆるところから学ぶ姿勢を持ち続けることが必要でしょう。

学ぶ機会” への11件のコメント

  1. 私の場合はプライベートと仕事を全く別のモノと捉えるのではなく、それぞれが全く別の視点で保育のことを考えられる時間という捉え方をしています。どちらか一方だけが必要なのではなく、両方が同じように重要で必要な時間です。これを人と話すとなると、いろんな捉え方があって難しいもんだなあと感じることもよくあります。厳密に分けようとすることにそんなに意味はないように思うのですが。でもそれを強要しようとも思っていません。行動で示していければいいことかなあと思っています。今日のブログを読んでいて創造性について思い浮かべたんですが、創造性は「定番性とサプライズをいかに組み合わせるか」が重要だと教わりました。仕事が定番だとすると、プライベートはサプライズ(予測のつかないこと)に出くわすチャンスは明らかに多くあります。それらをうまく組み合わせることで保育をより楽しめることが創造できるとしたら…なんだか楽しくなってきますよね。そんな風に捉えていたいものです。

  2. 『事前の準備』とい言葉が印象に残っています。数年前、プライベートでデパート内を歩いていると「蟻飼育セット」という物に目が止まりました。「こんなものもあるんだぁ。子どもたちとやったらたのしそう。」と呟き、その場は終わりましたが、数日後、子どもたち(1歳児)が「ありさーん、ありさーん」と蟻を指差して捕まえようとしていたのです。これだ!と思い、すぐに「蟻飼育セット」を購入し、子どもたちと蟻の生態を観察し、蟻と親しんだ経験があります。子どもたちが現在進行形の状況で、蟻への興味や関心が増すであろう環境を用意できたのは、何気なく寄ったデパート観察コーナーで思い描いたイメージのおかげだと感じています。臨機応変や柔軟性は、その場の状況や思考のみで対応するだけでなく、事前の何気ないあらゆる事象や物事からヒントや道筋をたくさん得ていることで習得していくものだということでしょうか。自分だけではなく、他者の興味の中に宝の山が転がっているのかも知れません。

  3. たしか、以前、「四六時中保育のことを考えているので、気分転換も兼ねてこのブログを書いている」とお聞きしたことがあります。昔の臥龍塾では、講演で訪れた旅先の名所旧跡や星空や映画など興味のおもむくままに綴っていました。それが今年に入ってインド報告の後、1月27日から連日ゴールマンのEQです。コメントを入れる私の脳もかなり鍛えられます。脳は使えば使うほどよくなる。シナプス結合の増加により脳内ネットワークが活発になるとか。最近は、コメントネタを事前に収集するために、本や新聞、雑誌など目に触れるもの、先生の興味を持ちそうなものには敏感になりました。これはいい習慣です。でも、そろそろ春の花の話題とか、B級グルメの話とか、脳に優しいお題が出ないかと・・・。

  4. 転職と仕事が重なったとき、プライベートと仕事との境目がないかもしれませんね。心がうきうきとすることが転職であれば、四六時中うきうきすることを求めていることが楽しいことです。前頭葉の話がありましたが、これからしたいなあと思っていることを考えていると、スイッチが入ったようにいろいろなものが芋づる式につながって浮き上がってくることがあります。昨年度は9時間かけて大阪から群馬まで車を走らせていたのですが、なんと9時間の短かったことか。自分が伝えたいことをいろいろ考えているうちに、いろいろなアイディアが湧いてきて忘れないように車を運転しながら録音していました。また、いろんな人の口を通して、メッセージが飛び込んでくることもあります。神経と知覚とが大きく関係しているように感じます。

  5. 私も仕事とプライベートをはっきりと分けて過ごしている方ではありません。よく「ON、OF」の区別はしないと、みたいなことが言われますが、そうなると私は常に「ON」の状態に近いのかもしれません。そして、それは苦痛ではなく、むしろ楽しく、幸せなことです。
    働いている環境が良いということも一つの要因だろうと思います。日々、考えていることを実践できる場があることで、いつも仕事のことを考えながら、楽しく過ごせるのかもしれませんね。

  6.  学ぶ機会を考えた時に、どんな時が学ぶ機会なのか?やはり保育園の中と考えてしまいますが、藤森先生のように色々な場面で学ぶ機会というのは転がっているのですね。ずっとブログを読みながら思う事は藤森先生のようにアンテナを張って学ぶ機会を見つけようと思っているのですが、まだまだ足りないようです。そういう習慣を身につけるには神経と知覚の両方で脳の前頭葉前部が活発する必要があります。その為にも強い動機という大きなエネルギーが必要です。まだまだ私にはエネルギーが足りないようです・・・。

  7. 私はどちらかというと仕事と余暇とは切り離して過ごすことが多かったです。最近でも基本的にあまり変わらなかったのですが、やはりふとしたときに保育のことについて考えることが少なからず出てきました。そういった時はたいがい外に出て、博物館やイベントなどにいったときが多いですね。とはいえ、まだまだ保育について深く考えていくというよりはもっと目先のことのほうが多く、足りないことは多いのですが、なにか自分の中に「保育」であったり、テーマがあることで学ぶことが多くなりました。こういった機会を増やすことでもっと視野は広がっていくでしょうから、これからはもっと意識していこうと思います。しかし、なによりも私にはこの「臥竜塾」が一番学びが多いように感じます。(笑)

  8. 保育をしている時、事前の準備をしておけばよかっと後悔することが多くあり反省することを思い出します。普段からアイディアを思い浮かぶことが少ない私は藤森先生がおっしゃっていたように散歩に行く時にも色々なアイディアのヒントが転がっているということを思い出し、休みを過ごすこともあります。ただ、まだ視野が狭いのか見方が浅いのか、自分なりのアイディアを見つけることは難しいことだと感じています。藤森先生と同じ物を見ていても発想が全く違うことに驚くこともあります。そういったところから少しづつ自分の脳に刺激を与えていきたいです。日々あらゆることから学ぶ姿勢を忘れず過ごしていくことを目標にしていけば何か見えてくるのではないかと自分を信じやっていきたいと思っています。

  9. 「これは仕事だ」と割り切って働いている時の虚しさ。耐えられません。私は根っからの興味関心好奇心探求心の塊のようです。極端かもしれませんが、そのことのためだけに働き遊び寝て食べて暮らしている、といった感じです。一般的に「趣味」といわれることが私にとっては「生きていることそのもの」で、仕事と一般的に言われていることも、基本は自分の興味関心好奇心探求心がベースにあるようです。ですから、これら興味関心好奇心探求心がなくなった「仕事」は続けません。私にとって、全ての時間はプライベートと言っていいかもしれません。そのプライベートの時間の中から「お給料」と言われるものを頂いて生活しているわけですから、これは何とも虫のいい話というか、雇い主の方はどう思われるのでしょうか・・・?「学び」、私の場合学んでいない時はありません。よく「読書人」という表現が用いられますが、私の場合は「学習人」です。これは死ぬまで変わらないと思います。それゆえ、「暇」や「余暇」「息抜き」ということの意味が基本的にわかりません。「ひまだなぁ」という人の気持ちが理解できないといってもいいかもしれません。私は24時間学んでいます。いわゆる「疲れたなぁ」と感じるのは学びを阻害された時ですね。自発性を損なう状況に至った時疲労を感じるのですね。こうして自分を振り返ると、何だか変な人ですね。

  10. 前半の文章を読んで考えたとき、自分自身の趣味や好きなことを仕事の上で活かそうとしていることが私自身の浮かびました。そして、様々な場所へ行ったとき、飾りや雰囲気作りなど目を引くものがあると、あ、これいいなと保育室を思い出します。これは、意図してというより、無意識に考えることが多くあります。
    学ぶ機会のきっかけには自分自身の好奇心への呼び掛けを受け入れることのできること、これも生きる力なのではないでしょうか。゛事前の準備がしっかりしているほど、課題がうまく達成できる゛とあり、やはり、事前の準備があること、仕掛けがあることでより、頭のなかで課題へと準備したことへの意欲の深さがあるようにも感じました。

  11.  〝「あなたは、24時間同じことを考えています。しかし、あなたに少しは違うことを考える時間を作りなさい!といっても、それがストレスになるタイプです。ですから、助言できるのは、脳は大丈夫だから、安心して24時間同じことを考えなさい!」〟藤森先生にまつわる大好きなお話の一つです。〝日々、あらゆるところから学ぶ姿勢を持ち続けることが必要でしょう。〟藤森先生が保育を〝保育道〟と名付けて下さり、それにより保育は人間を、人格を向上させていく仕事へと昇華されました。それは例えば出勤して、退勤するその間の時間だけのものでなく、家庭においても、また通勤時間においても、人と人の間で生きる以上、人格者たろうという姿勢は保つべきであると思います。その日々学ぼうとする姿勢がそのまま仕事、保育に反映されるものなのだということを改めて感じたように思いました。

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